麦わらの一味に拾われた概念
新世界にしては、波も風もそこまでない日のことだった。
千の海を越える百獣の王の上では、宴が行われており、食事や酒の香りがあたりに漂っていた。
その香りにつられて、海面が盛り上がるように動いたのを、狙撃手は気のせいであれ、気のせいであれと思いながら、手すりから下を覗き込んだ。
狙撃手は後悔した。黄色い目と目が合ってしまったからだ。
「ル゛フィ!!!!」
狙撃手は、近くにいた船長を盾にするように抱き着いた。海面は盛り上がり続けている。海王類だと直感的に船長は感じた。
「よし!!サンジ!!次はあいつの丸焼きだァ!!」
船長は、給仕をし続けるコックに向かってニカっと笑い、草履をはいた足を縮め、空に飛び上がろうとしたのだが、
「待って!!ルフィ。駄目よ。」
無数の手が、船長の動きを抑えるために、芝から生えた。
考古学者の瞳は、はるか空の上を見つめている。その目は驚愕に満ちていた。
「なぁにすんだ!!ロビン!!おれは…あれをく…」
自分よりも賢い考古学者が何も考えずにやったことではないと思いつつも、船長は動きを止められたことに不満げだった。
しかし、あまりにも考古学者がしゃべらないものだから、船長は上空を見上げた。
「全員!!何かにつかまれェ!!」
船長は、慌てて近くにいた狙撃手を抱え、片手を手すりにひっかけた。
海面に顔をだした海王類も、口を開けたままその場から動けない。
空から。空から。大きな大きな機械が落ちてくる。ゆっくり、ゆっくり。まるで雪のごとく。
サニー号の上空がスコール時のように、黒い影に覆われ、空は見えない。
「ジンベエ、舵を!!」
航海士が叫ぶ。コックが瓦礫から守るために、飛び上がる。
「もう動かしとるわい!!じゃが、完全には避けられんぞ!!」
「ゾロー!!切れ!!」
船長が、自身の体を風船のように膨らませながら、剣士の名前を呼んだ。
「あぁ・・・」
剣士は、閻魔を握りしめ、空に向かって飛ぶ斬撃を繰り出した。
機械の端が切れて、パラパラと落ちる。
その隙間から、わずかに人影のようなものが見えた気がしたが、目を閉じた次の瞬間には消えていた。
「よっしゃ!!吹き飛べ!!ゴムゴムのォォ!!」
船長の大きく大きく膨らんだ腕が、機械の正面を捉えた。
「猿王銃!!!」
機械がゆっくりと空の向こうに押し込まれていく。その勢いのまま、近くの岩礁にぶつかり、ズズズ…と音を立てながら、岩礁にめり込んだ。
その衝撃で波が起こり、船が大きく揺れる。幸いにも船に被害はなかった。
「いやぁ…本当に、今度こそ死んじゃうかと思いました。
私、もう死んでるんですけどね。」
音楽家が、いつものごとくジョークを飛ばす。
「あぁ!!肉食いそこなった!!!」
船長は、逃げた海王類のしっぽを悲しそうに見つめていた。
「アゥ!!どうした。ロビン!!ずいぶんと浮かねェ顔をしてるじゃねェか。」
船大工が考古学者の肩を軽くたたいた。考古学者の手には先ほどの機械から落ちた部品が握られていた。
「ねぇ・・・。ルフィ、ナミ。少し航路を変えてもらうことってできるかしら」
滅多にない考古学者からの申し出に、船長は短くいいぞ。とだけ答えた。
「ロビンがそんなこと言うなんて珍しいわね。どうしたの?」
「あの機械に…。ポーネグリフが刻まれているの…。」
考古学者は、そういって部品を周囲に見せた。
古代兵器の一種ではないかと言わなかったものの。
考古学者はそう考えていたのである。
捜索隊は、珍しいものが何よりも好きな船長と、考古学者、機械を詳細に見たがった船大工、じゃんけんに負けた船医により組まれた。
考古学者は、一つ一つの部品を眺め、それに同様の言語が刻まれていないかどうかを確かめていく。船大工は、今の時代では作れるかも怪しい機械を眺め、構造を確かめていた。
結局得た情報は、この機械の名前だけであった。
”ヘルメス”。それが、この機械の名であった。
考古学者は、自分の頭の中に入った情報を整理するために書斎に戻り、文献を探した。
そろそろ出航しなければ夜を迎えてしまう。太陽が出ている間に次の島にはついておきたい。考古学者には申し訳ないが、船を滞在させるのも限界だと告げようとしたその瞬間…。
男部屋から音が聞こえた。
剣士・コック・狙撃手が身構えた。
扉がゆっくりと開く。
「ヒッ…」
息を飲んだのは、船医だった。
記憶の中に存在している”男”はそんな様子じゃなかった。
ワノ国で医学書を交換したばかりだ。別れ際に次あったときは、殺されても文句をいうなだの。軽口をたたかれたはずの青年だ。
白色に黒の斑点をした帽子は、赤色・茶色のシミで元の色が分からなくなっている。
髭はきれいにそられ、震え、縮こまるその様子から、190㎝近いはずの体のはずなのに、小さく。小さく。見えた。
服には、無数の血痕。
トレードマークであったはずの入れ墨を見せつけるように開いていたシャツは、ぴっちりと首のあたりまで閉められたままであった。
足はフラフラで今にも倒れてしまいそうなほどだ。
明らかに何か。何かあった。そ
れは勘が鋭い方ではない船医でもわかった。
「…わ…る…い。ほうたい…かり…たぞ。」
慌てて駆け寄ろうとする船医を剣士が止めた。
「なにすんだよ!!ゾロ!!あいつ。あいつ!!死んじまうぞ!!」
船医は、短い手足をバタバタと動かして剣士を睨みつけた。
「まて、チョッパー。あいつが、ワノ国を出航するときになんて言ったか思い出せ!!あいつは、他船の船長だぞ!!」
剣士がそういったのも、つかの間…。
ボロボロの青年は、震える両足を無理矢理動かし、正座をしようとする。手で体重を支えることもできず、滑るように倒れこんだ。
航海士が悲鳴を上げた。
「あんた!!腕!!」
長い袖のため、わからなかった。青年に右腕はなかった。
青年は、無理矢理、片腕で体を持ち上げた後、
頭を船に打ち付けんがばかりに下げた。
「お前ら…を…まきこんでわるかった。あやまっても、あやまりたりねェ…。」
青年が何度も頭を下げようとするものだから、
「何も、巻き込まれてねェよ!!トラ男!!お前、これ誰にやられた!!?」
慌てて船長がその頭を止める。傷口が開いたのか・・・
赤い血が甲板を汚した。
「おまえらを…死においやったのは…おれだ…。」
船長は慌てて手を差し出した。体は船長の手の中に落ちる。
小さいものの胸が上下に動くのを見て、麦わらの一味はほっと息をついた。
船長がそっと、体を抱えた。
その体は、以前ドレスローザで抱えたものよりもはるかに軽かった。
「おい!!マリモ!!ただ事じゃねェぞ!!これ!!」
コックは、剣士に叫んだ。船医・狙撃手は、もう泡を吹かんばかりに
慌てふためいている。
そんな船員に向かって船長が、はっきりと言った。
「チョッパー、急いで治療してくれ!!
ゾロ!!トラ男は…友達だ!!」
「船長命令なら仕方ねェ。
それに、ジンベエと船長の恩人だしな。」
「あんた、もともと治療させるつもりだったでしょ。」
「トラ男はそういうところ気にすんだろ。」
航海士に、詰め寄られた剣士はそう呟いて、医務室に消えていく船医を見送った。
「それにしても、ひどい怪我。まるで…細い刃物で何重にも傷つけられたようだったわ。」
考古学者がこっそりと呟く。
「その発想がコエェよ!!!」