鶯舌は余韻となりて
・何でも許せる人向け
・無駄に長い
アダム・ブレイクは頭を抱えていた。遠く日本にバイトに来たのは良い。着物の美人と遊べたし、治安もよく美食も観光も堪能した。チーム所属国に帰る前に、ルナが面白いものを見つけたとかで、ロキは都合がつかなかったが、集まったのだ。
『コレ、効果は服薬してから24時間の間子供に成れるんだって!』
『名探偵コナンは漫画だぜ?子供のお遊戯会用かジョークグッズだろ』
『いーじゃん面白そう。オイラ見ててあげるから飲んでみてよアダム』
『何で俺なんだよ。ルナ、手前が飲め』
『もうみんな飲んでるよ?』
『は?』
クラっと頭が揺らぎ、気が付くと、小さなおててが視界に入ってきた。行幸だったのは服も子供サイズになった事だろうか。裸は事案である。
(いつのまにコイツ一服盛りやがった…!!!!)
『というか、あの漫画ガチなのかよ?!』
声変わりする前の甲高い声。大人の意識があるから自分の中では違和感が半端ないが、確か昔の自分はこんな感じだったと記憶している。
『おい、ルナ手前!!』
『う…わあああああん!!!』
戦犯のルナの名前を呼んだものの、急にパブロが泣きだし、甲高い声がこだまする。ルナはキョロキョロと不思議そうに周囲や自身を見回しているし、ダダは身を守るように辺りを警戒している。
『どういう状況だ』
「子供の泣き声?」
パブロの泣き声が聞こえたのだろう、ついこの間出会った見覚えのある双葉を頭に咲かせた少年が視界に入った。
「わ!」
『うわああああん!!』
その少年の姿が目に入ったのか、パブロがダッシュで抱き着きに行った。仕方なくダダとルナが何処かに行かないだろうと確認して、戸惑っている彼に状況の説明をしに行いった。
『もうちょっと最低限の英語は身につけとけ』
『返す言葉もないです』
何とか意思疎通を取って、自分がこの前BLで出会ったアダム・ブレイクだと明かし、どうしてこの姿になったのかを説明した。ルナが持っていた小瓶の日本語説明を少年にスマホで翻訳してもらったところ、子供化はランダムで【姿のみ】【記憶が退行】【意識が退行】【記憶も意識も退行】の4パターンと個人差があることを知った。何だその無駄な技術力。
自分は姿のみ、パブロは意識の退行は確実で、記憶がどっちか不明。ルナは恐らく記憶が退行しており、意識は不明。ダダは警戒心が強くてどっちかわからないが、少なくとも自分達を適認定はしていないのは分かったので放置。
『すまんな』
『いえ、急に見知らぬ土地に居たら驚くでしょうし。雨も近かったので、幸いでした』
BLの大人組は忙しいらしく、連絡がつかなかった。少年はまだ個人でホテルを取れる年齢ではないらしく、ホテル案は却下された。パブロが少年と離れることを拒否したのもあり、話し合いの結果仕方なく移動して少年の家に上げてもらうことになった。
「よっちゃんのお友達さん?ゆっくりしていってね~」
いきなり高校生の息子が幼児を4人連れ帰っても、彼の母君はおおらかに受け入れてくれた。流石、平和ボケの日本人。逆に不安になったが、今はこれしかないのでその好意に甘えることにした。
わいちゃわちゃとした食事時にルナがダダの唐揚げを狙おうとしたところ、ダダから背筋が凍るような気配を感じた。だが、それは潔世一がルナをゆったりと制止し、停滞した。
『だめ、これはダダさんのだよ。俺のを分けてあげる』
『え~』
『いい子だから、ね?』
『うん。分かった』
潔世一の唇に指をあてるジェスチャーを見たルナが、頬を赤くして大人しく食事に戻る。しばらくしてダダから気配が霧散した。ダダの殺気に泣きそうになっていたパブロも、場が落ち着いたと感じたのか、食事を再開していた。ダダも潔世一をしばらく眺めていたが、食事を再開した。驚いたのはさっきまでダダは手づかみだったのが、再開してからは周囲を見て、唐揚げにフォークを刺して口元に運んでいる。
「ダダさんも、どうぞ」
『…』
「ありがとう」
この中で、ダダだけが言葉が通じなかった。この年頃のダダは未だ文字も読めず、警戒心も強い。意思疎通を図るのは他よりも労力が必要だろうに、潔世一は一切の負の感情を見せることはなく、ダダとコミュニケーションをとることに尽力し、ダダがコミュニケーションをとると喜んだ。かといって、コミュニケーションを取らないダダも尊重し、場に入らない選択肢を受け入れている。放置しているわけではなく、気に掛けつつも急かさない。場に入り、馴染むことを強要しないし、ルナやパブロの無言の強要を優しく、しかしはっきりと制止した。
食事後は交代で風呂に入った。ルナは潔世一と風呂に入りたがったが、先ほどの赤面を見ているので自分が強引に引き離して風呂に入れた。パブロは潔世一とダダと風呂に入ったが、パジャマが自分で着れたことを潔世一に褒められて喜んでいた。ダダはバスタオルでわしゃわしゃと優しく水分を拭かれて、包み込まれていた。
つい、良い嫁になりそうだなと考える。サッカーに理解があって、家庭を大事にできる理想的な嫁だと。
(疲れてんだろうな…10歳近い年下に母性を感じるって)
風呂から上がった後はまたわちゃわちゃと遊んでいたが、急に色々とあったし、普段はシャワーなので疲れが出たのだろう、しばらくしてパブロがうつらうつらと微睡み、それに誘われたのかルナも眠そうに眼をこする。潔世一に導かれて、2人はジャパンの寝具である布団に入って即寝落ちた。
『アダムさんはオレのベッドで良ければどうぞ』
『いや、布団で大丈夫だ』
とはいえど、潔世一も客間の布団で寝るだろうなと思う。速攻で寝落ちた2人とは異なり、ダダは布団でも落ち着かないのだろうことは雰囲気で伝わってくる。
(ダダを待つつもりだろうな)
言葉が通じなくたって、潔世一に大切にされているのは伝わってくるのだろう。それでも、ダダは居心地が悪そうで、しかしそれすら許容されることに戸惑いを感じているのだろうことは見て取れる。自分がいてはダダも動きにくいだろうとさっさと布団にもぐって寝たふりをすると、背後で動く気配を感じた。
異国の歌だ。何と言っているのかはわからないが、穏やかな口調で、音程で、何よりも絶対に拒絶されないという安心が意識にしみてくる。
(声には感情が乗る)
敵意も、見下しも、憐れみも、主体が認識してない感情だって、受け手にとってはダイレクトに伝わってくる。特に、子供は敏感だと子供の姿になって感覚で理解した。潔世一だって例外ではなく、むしろ声に感情が乗りやすいタイプだろう。しかし、そこには一度も拒絶や排除を感じなかった。
背後が揺れる。静かに、泣き方を知らないような、不規則で断続的な息遣いと嗚咽が宵闇に波紋を描く。
(憐れみを覚えたことはない)
ダダがどういう出身かは知っている。大人のダダがそれを乗り越えてきたのも理解している。同情は、侮辱にあたる。ダダは、恐らく向けられただろう数多の好奇心を、憐れみを、自らの実力で退けてきた強者だ。だが、今のダダは。
(叱られなかったのも、譲られたのも、憐れまれなかったのも。大事にされるという事が)
過去は変わらない。育ちは変えられない。時間は戻らない。そこで培われた価値観は己を否が応でも表現する。
(願わくば)
この折角の夢時が、大事にするもされるも余裕のなかった幼い彼が、それを乗り越えて大人になったのだとしても、この奇跡を覚えてれば良いと、そういう柄でもないのに揺蕩う意識の底で、祈った。
『大丈夫ですか?』
『ああ、むしろ此処にいた方が面倒ごとになる。いい大人が幼児になって高校生に甘えていたんだからな。むしろ墳死ものだ』
『ははは。戻らなかったら連絡くださいね?』
『ああ。戻った時はメールを送る』
パブロよりもめんどくさく喚くルナを抑えつつ、少年と別れた。口止め等はしていないが、他言するような性格ではない。事態が漏れるとしたら、ルナかパブロからだろう。大人に戻った時にこの事象を覚えているかは知らないが、少なくともルナをしばくのは確定だ。
『戻ったな』
『記憶がちょっとあやふやなんだけど、何があったの?』
『まず反省しろテメエ』
説明しても信じなかったので事実証明用に撮っていた写真を見せると、ルナは顔を真っ赤にして蹲った。それはパブロにも被弾し、恥ずかしさのあまりルナをポコポコと叩いている。
『アダムとダダだけ大人で狡い!!』
『自分の運の無さを恨め』
カカと笑うダダがどのパターンの幼児化をしたのかは結局わからないので、嘘は言っていない。予測を口にしたりしない。
『取り敢えず、一介の高校生に迷惑をかけた事実だけは覚えとけよ』
『まあ、小さいオイラは可愛いから良いか。後でなんか贈っとこ』
薬を盛られたことは完全な被害者なので、パブロの切り替えは早かった。ルナを蹴りつつ、予定を立てる。
『個々人で贈るのは多くなるんじゃない?全員で何か贈った方がよくない?』
『個人で良いだろ。お前らのセンスをオレのセンスだと思われたくねえしな』
『え、ダダがそういうのは珍しいね。でもオイラもダダの意見に賛成~』
『オレもそれでいいが、相手は一般人だという事を念頭に置いとけよ』
守銭奴なのにとはパブロも口にしなかった。だが、センスが混ざりたくないというのには賛成なのだろう。贈るもので相手に遠慮を抱かせるのは良くないので釘を刺しつつ、自分の荷物を取る。
(さて、何を贈れば喜んでもらえるか。女じゃないから難題だな)
用事があるからと別れて、彼に無事に戻ったとメールを送った所、彼の母親が撮っていたからと何枚か追加で写真が添付されてきたのでそれぞれに送り付ける。グループラインを作らないのは慈悲だ。
(何処まで伸し上がるか)
ブルーロックは次のフェーズに入るという。何でも、海外の下部組織と合同で練習するのだとか。体格があまりよくないので厳しいことになるだろうが、不思議と、潔世一は伸し上がれると確信がある。
「次にピッチで合うときが楽しみだ」