鳥籠の外で
一二一目覚めるたびに、夢ではないかと思う。
だって、痛くない。
苦しくない。
そして何より、あの男がいない。
本当の自分はあの鳥籠の中に囚われたまま眠っていて、ただ都合のいい夢を見ているだけなんじゃないかと。
それを言うたびに、この世界のクルー達は泣きそうな顔をしながらローの今は一つしかない手を握ってくれる。大丈夫ですよアナタはここにいますよ、と。その温かい体温を感じるたびに、ここが現実なんだと思い出させてくれる。こんな何もかも失ったローにも良くしてくれる、彼らは本当に優しい。
初めて顔を合わせた時は、あまりのこの世界のローとの違いで泣かせてしまった。
パラレルワールドから来たトラファルガー・ローだと知らされて混乱したのだろうし、包帯だらけの姿を見せるのは忍びなかったからすぐに別室に行こうとしたら縋りつかれてしまった。お前達の船長は隣にいるぞ、と言っても泣きながら首を振って会話が出来なかったのを思い出す。
医務室で傷を処置されて、元いた世界の事を話した時のベポやペンギン、シャチの反応はもっと酷かった。
「ギャブデン゛ン゛ン゛!!!」
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!!」」
枯れてしまうのではないかと心配になるくらいに、大号泣させてしまったのだ。彼らにこんなに泣かれた事はない。対処の方法がわからなかった。
3人の反応に対して、この世界の“ロー”は少々青褪めてはいたがまだ冷静だった。他ならぬ自分自身のことだ、そういう可能性もあったと考えた事があるのかもしれない。
彼らの厚意で船に置いてもらえる事になったと聞かされたのは、この世界に来てから3日後のことだった。
自分の境遇を話して暫くしたら、ローは気絶してしまったらしい。久々の能力発動直後なのもあって体力の限界だったんだろう、とは“あちらのロー“の分析だ。
「鎮痛剤を打ってるから今は痛みないと思うけど……気分は悪くない?」
「あぁ………ひさしぶりだ、こんなにラクなのは」
「うゥ…ッ!」
「ベポ、泣きたいならあっちに座ってろ」
シャチに促されて、ベポは少し離れた場所の椅子へと腰掛けた。
代わりにベポがいた椅子にはペンギンが座り、顔を覗き込んでくる。そして、ローの枕元に帽子を置いてくれた。
「最初会った時は…突然奪ってしまってすみませんでした。汚れてたのでローさんが寝てる間に洗濯しておきましたよ」
「…………ありがとう。おれこそ、あの時は逃げて…悪かったな…。名前で呼んでくれる、のか?」
ペンギンに名前で呼ばれるのは随分と久しぶりだった。
いや正確には彼はローと過ごした”ペンギン“ではないのだから久しぶりという表現は不適切だが、どうしても同じ存在だから同一視してしまいそうになる。
困ったように笑いながら、ペンギンは言葉を続ける。
「……この3日でみんなで話し合って決めたんですよ。こっちのキャプテンは普段通りキャプテンで、違う世界から来たアナタは”ローさん“って呼ぼうって」
「そうか…………“みんな”?」
「他のクルーにも既に説明してる。パラレルワールドの”おれ“がこの船に乗ってるってな。あとで顔合わせはしてもらうが……今はまだ寝てろ」
ローに繋がれた点滴を弄るこちらの世界の”ロー“を見ながら、かつての自分はこんなに堂々としていたのかとローはぼんやりとした頭で思い返していた。
ドフラミンゴによって、全て壊された。失った。自尊心も、プライドも、反抗心も、限界まで擦り潰された。もうかつての”トラファルガー・ロー“とは何もかも変わってしまった自覚がある。
それなのに、ローを見捨てずにここに置いてくれるという。
失望されたっておかしくないのに、優しくしてくれる。魘されたらずっとそばにいてくれるし、リハビリにも文句ひとつ言わずに付き合ってくれる。固形物が食べられるようになった時は、我が事のように喜んでくれた。
彼らがあんまりにも優しいから、ずっとここに居れるような錯覚を覚えてしまう。
そんなわけがないのに。
『忘れるなよ、ロー』
嗚呼、わかってる。
忘れるわけがない。
『必ず迎えに行く』
おれは、お前からは逃げられない。
いつかこの平和な日々は終わる。
鳥籠に連れ戻される。
だけどアイツらが生きてる世界もあると知れたから。
ただそれだけで、あの地獄に戻っても耐えられる気がした。