鳥籠のお姫様

鳥籠のお姫様


「初めまして、だね。トリニティはすごいな〜砂しかないアビドスとは大違いだよ〜」


ある日、私とセイアさん目の前の方…今密かに噂されているサンドシュガーをばら撒いている人物、小鳥遊ホシノに呼び出された。


「何の用事でしょうか?私たちも暇ではないので世間話をしに来たのならお帰りいただきたいのですが」


「それとも連邦生徒会への通報がお望みかい?私たち二人を呼び出すからにはそれなりの理由があると思うが」


私とセイアさんを呼び出す、常識的に考えればティーパーティーに対する交渉と考えるのが妥当だろう。しかし彼女はミカさんをこの場に呼ばないことを条件に出して来た。

今のミカさんの立場と彼女の性格からしてこのような交渉に向いてない事は確実、参加させたくないのは私たちも同意見だったが…もしかして私たち二人を武力制圧するために神秘に長けるミカさんを予め同席させないつもりだろうか?


「ああ、そう緊張しないで欲しいな〜力で解決するつもりはないから」

「それに、ミカちゃんがいても私一人でみんな制圧できるし」


この自信…ハッタリではない。確かな力と戦闘経験に裏打ちされた確信を持って彼女は話している。


「なら、どういうつもりでしょうか?」


「ちょっと提案があってね、たぶん知ってると思うけど。私たち今この砂糖を売っててさ、それを邪魔しないでもらいたいんだよね。代わりに好きなだけこの砂糖をあげる。悪い提案じゃないと思うよ?」


「その砂糖を私たちが使うとでも?」


「全くだ、そのような紛い物の幸せに逃げるほど私たちは弱くない」


「ああ、違う違う。あなたたちじゃなくてミカちゃんに使うための砂糖だよ〜」


その言葉を聞いた瞬間怒りで頭が沸騰した、私の大切な親友に砂糖を使えと?まだ噂でしか聞いていないがアビドスの砂糖は人の心を蕩し、幸せで破滅させる悪魔の砂と聞いている。それをミカさんに……!?


「あ〜ごめんね、ちゃんと説明させて欲しいな。これはミカちゃんを守るためでもあるんだよ?」


「……ッ!」


「……待つんだナギサ、ちゃんと説明してもらおうじゃないか。ミカを砂糖塗れにしてどう守る事に繋がるかを」


「ありがと、今はまだ噂話くらいで燻ってるけど、近いうちにこの砂糖はキヴォトス中に広がる、そしたらもう隠し通せないよ。」

「そうなったら当然大きな戦いが起きるだろうね、正義の連合軍対砂漠のアビドス…って感じかな?私たちはたぶん負けるけど連合軍にもそれなりの被害は出ると思う。」

「それでさ…そんな大きな戦いで、ミカちゃんは大人しくトリニティの中にいてくれるかな?」


図星だった、ミカさんはエデン条約での自らの過ちを悔いている、大きな戦いがあればきっと最前線に飛び出すだろう。誰も死なせないために…

そして、私たちはそれを止められない、どんなに籠の中に閉じ込めても彼女はその檻をぶち壊す。砂糖でその羽根を溶かさない限り


「自慢じゃないけど私たちけっこう強いし、たぶん手加減できないけど…ミカちゃんは誰も死なせないために手加減しちゃうでしょ?中毒患者相手にもさ〜そんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ〜?」


「だから、砂糖漬けにして戦う気力を奪えと?」


「うん。それに砂糖に命の危険がない事は私自身で証明済み、今はまだだけどミレニアムがいづれ特効薬を開発するだろうし、戦いが終わった後でゆっくり治せばいい。双方にもメリットがあると思うよ」


「…………………っ!!」


本来ならふざけるな!と拒否するべきだ、大切な親友を壊すなんてあってはならないと。だけど、私は想像してしまった。

キヴォトスを巻き込む大戦を、そこに飛び込む私たちの大切な親友を、そして……事切れてしまった姿を。ミカさんがいなくなった世界を生きる私たちを。


「要求は何だ?」


「セイアさん!?」


「話が早くて助かるよ〜ただ私たちの動向を放置してくれればそれでいい、トリニティへの輸出もできる限りしない事を約束するよ。自分から求めてくる子には別だけどね?」


「その見返りに、ミカを墜とす分の砂糖を分けてくれる、ということか」


「そういうこと、非売品の高純度だから効かないって事はありえないよ?」


「セイアさん!何を勝手に……」


いや、嘘だ。本当は私もこの取引に乗りたいと思っている。今だってどうやってミカさんにこの砂糖を摂取させるか思考している。


「あ、そうだ!この砂糖の症状に一つ特徴があってね。好きな相手にすっごく甘えるようになるんだよね〜ミカちゃんなら二人にたくさん甘えてくれるんじゃない?」


ダメだ、想像するな。私はミカさんの幼なじみである前にトリニティの生徒会長なのだ、トリニティを守る義務が…


「これはね、親切で言ってるの。大切な人に置いていかれる気持ち、本当に辛いよ。世界を憎んで壊したくなるほどに」


その言葉に、私の最後の砦は壊された。




きっかけはいつものお茶会だった。今日は私のために贈り物があるって言われたナギちゃんとセイアちゃんが待つテーブルで、取り留めもない話をして、ナギちゃんが用意してくれたお菓子と紅茶をいただく。

でもその日はいつもと違って、用意されたお菓子は私が大好きなナギちゃんのマカロンにケーキ、ナギちゃんお手製の紅茶に……いつもより遥かに甘い香りを放つロールケーキ

そして二人はお菓子には一切手をつけずに私が食べようとするのをじっと見ていた。

もしかしてナギちゃんが新作を作ったから毒味係やらされるのかな?とか今日私誕生日だったかな?とかいろいろ思ったけど、それよりも私のために用意してくれたことが嬉しくてお菓子を口に運んだ。

マカロンを一つ食べると頭が妙にふわふわして、ケーキを一切れ食べると自分が座っているのか立っているのかもわからなくなる。何かがおかしいと頭ではわかっても食べることを止められない。だんだんと意識が朦朧としてきて、二人が私を拘束しようとしたから抵抗しようとしたけど、ロールケーキを口に突っ込まれた瞬間頭が砂糖に支配されて力が入らなくなってしまった。

砂糖の甘さでぼやけた視界には、まるで「魔女」みたいな笑顔のナギちゃんとセイアちゃんが映っていて、そのまま私は意識を失った。


「いいのかい?ミカを帰してしまって。部屋に寝かせはしたが…そのまま例の部屋に閉じ込めた方が…」


「いいんですよ、セイアさん。ミカさんには自分から私たちの元に来て欲しいんです。そうすればミカさんは絶対に逃げ出しません…私たちとの約束を『裏切らない』から」




「はっ!?」

砂糖みたいな甘い夢から起きた場所はいつもの私の屋根裏部屋だった。

あれは…ただの悪夢?それにしてはあの甘い味が鮮明に思い出せる。

それにこの倦怠感と謎の不快感…よくわからないけど無性にあのロールケーキが食べたい…いつもナギちゃんに食べさせられたものじゃなくて、あの暴力的な甘さの……

ふと顔を横に向けると、メモが目に入った。

『ロールケーキならまだたくさんありますよ』


気づけば私の足は自然と二人の元に歩き出していた…大好きな二人に会いに行くのに髪は荒れ放題、たくさん寝たのに濃いクマが目元にあるけど何も気にならなかった、ただ早く二人に会いたい…あのロールケーキに会いたい……

最後の理性で知り合いに警告のメッセージを送ったけど、ちゃんと届いたかな?

そんな事はどうでもいい、今はとにかくあれが欲しい。あの暴力的な甘さを、全てを蕩かすシアワセを


「ナギちゃん!お願い!!ロールケーキちょうだい!!」

少しだけ期待していた。ナギちゃんがきょとんとして、ロールケーキ?自分から口に突っ込んで欲しいんですか?って首を傾げることを。でもナギちゃんは甘く笑って、テーブルを指さした。

そこには私が欲しくてたまらない砂糖(幸せ)のカタマリがロールケーキの形で待っていた。

すぐに手に取ろうとしたところで後ろにいたセイアちゃんに止められる。


「おっと、悪いがまだ君にそれを食べさせる事はできないよ、私たちのお願いを聞いてもらわないとね。」


「セイアちゃん?悪いけど私手加減できないよ?また病院送りになりたいの!?」


セイアちゃんは大切な友達だけど、たまに言い方にイライラしちゃうこともある。でもこのイライラはどう考えてもいつものとは違う。私からシアワセを取り上げるなんて許せない!


「おや、それは怖いね。なら私を振り切ってみるといい。できるものならね」


「は?そんなの試すまでもな……んん…むぐぐ…えっ!!?」


セイアちゃんの拘束なんて無いも同然…そんな私の砂糖のように甘い考えはすぐに打ち砕かれた。全身全霊をかけても振り解けず、セイアちゃんは余裕の表情で私の髪を弄ぶ余裕まで見せている。


「ダメですよミカさん、身だしなみを整えないといつもの可愛さが台無しです」

「それにしても…半信半疑でしたがこの砂糖、急に大量摂取させると一時的に脱力させるとか。本当に恐ろしいですね。」


「やれやれ、私はけっこうヒヤヒヤものだったよ。ミカに力で勝つ気分は悪く無いけどね」


二人は何を言ってるんだろう?それよりも早くロールケーキを!!早く私に食べさせて!!!


「私たちの要求は大したものじゃありませんよ、むしろミカさんは喜んでくれるかもしれませんね。」

「ただ『毎日私たちのお菓子を食べてもらう』、それだけです。ミカさんも食べたいんでしょう?」


「まあ、私たちが用意した部屋にいてもらうことになるけどね」


「それでいい!いいから早く食べさせてよ!!イジワルしないで!!!」

そう答えるとナギちゃんは見たこともないほど恐ろしく、そして美しい笑顔を携えて私の口にロールケーキを運んだ。いつものように無理矢理ロールケーキを押し込んでくる食べさせ方じゃなく、一切れ一切れゆっくりと、私のだらしなく開けた口に優しく運ぶ。

そしてそのロールケーキを口にした瞬間多幸感が訪れる。何もかもがどうでも良くなって、現実がほどけていく感覚…

私はそのままへたり込み、ただ口に運ばれるシアワセを咀嚼することに夢中になってしまった。終わることのないシアワセを


こうして、私は聖園ミカではなく二人のオヒメサマに堕ちてしまった



後日談


「先生、突然すまない…頼み事があるんだが…」

そう言って電話をかけてきたのはサオリだった、今の砂糖菓子が蔓延している状態で逃亡生活を送る彼女が心配だったが、声を聞く限り正気そうで安心した

"うん、構わないよ、話してみて"

「その…ミカと連絡が取れないんだ。ある日『砂糖菓子に気をつけて』とメッセージを送られたきり何度連絡しても返事が無い。ミカの事だから無理矢理食べさせられる事はないはずだが…心配なんだ」

「だがいくら今が非常事態とは言え私たちはお尋ね者で、トリニティに無事を確認しに行くのは難しく…頼めないだろうか?私が彼女の無事を願う資格などな…」

"わかった、今すぐにトリニティに行くよ。知らせてくれてありがとう。"

"きっとミカもサオリが心配してたって聞いたら喜ぶよ"


スマホをしまい、すぐにトリニティに向かう。話を聞く限りミカは砂糖の危険性に気づいていたし、彼女の力なら無理矢理食べさせられることもないはず…なのに悪い予感が止まらない。


トリニティ内の彼女の部屋、パテル分派、教室も調べたがミカの姿は無かった。焦りが頭を支配する。

最悪の想像が頭を駆け巡る。

そうして私が辿り着いたのは以前ミカが入れられていた牢屋だった。

考えてみれば当たり前だ。連絡が取れない以上ミカは誰かに囚われていると考えた方が自然、そして力を使わずにミカに砂糖菓子を食べさせられる人物、トリニティ内で砂糖の販売許可が出されていること、私に今までトリニティから一切連絡が無かったこと。


「あら、先生。どうされたんですか?こんなところまでくるなんて」


「えへへぇ〜⭐︎ナギちゃんセイアちゃんだいすき〜あれ〜せんせいだぁ〜」

「せんせいもおちゃかいしにきたのぉ〜?」


そこにいたのは、どうしようもなく砂糖に蕩されたオヒメサマと、それを優しく見守るナギサとセイアだった。





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