鳥籠-In this Cage(ドレスローザ3)

鳥籠-In this Cage(ドレスローザ3)

Name?

 ドレスローザは“コリーダコロシアム”。

 コロシアム内では何か興行が行われているようで、観客の割れんばかりの歓声や黄色い声援がその建物の外まで聞こえていた。

『これまた強豪ぞろいの“Cブロック”! 選手たちが次々入場──っ!! 開戦は間もなく!!』

 聞こえるのは観客の声だけではない。場内の実況アナウンスも、大々的にコロシアム外まで漏れ出していた。

 おそらく、それらはわざとそう設計されているのだろう。期待を煽るようなアナウンスは、その音声を聞いた通行人を、観客へと変える力を持っている。

 コロシアムの前を通り過ぎようとしたウタも、その歓声と声援に、思わずコロシアムの方へと顔を向けた。

「ちょっと! そっちじゃないれすよ!!」

 ウタの耳を引っ張って、手の平くらいの大きさの小人、ラビが言う。

 わかってるって、とウタは小さく囁いた。

「ちょっと何をやってるのか気になっただけだから! だからそんなに耳を──って」

 ウタは何かに気が付いたように、走っていた歩幅を狭くして、速度を緩めた。

 ラビは急に速度が落ちたことにむっとしたように、帽子の影から顔を出す。

 その目線の先にいたのは、上半身と腕がやけに大きな人間──人間?

「フランキー!!」

 ウタはそのサイボーグに手を振りながら、そちらへと駆け寄った。

 フランキーもウタに気が付いたようで、走っていた足を止めて手を挙げる。

「アウ! ウタじゃねェか! いきなりどこかに行ったからびっくりしたぜ!」

「いやあ、実はね」

 ウタは先ほどの鬼ごっこの原因と、トンタッタ族についてかいつまんで説明する。

 ほォう、とフランキーはその三つに割れた顎を撫でながら、話を聞いていた。

「で、わたしたちが目指している“工場”に繋がる情報が手に入りそうで──」

「そちらの方は?」

 ウタの台詞を遮って、フランキーの肩から、ぬっと顔を出したモノが言った。

 赤を基調としたボディに、黒い帽子が描かれた、ブリキの兵士。

 オモチャである。

「えっ、何、その人? ……オモチャ?」

 ウタが首を傾げると、「人でいい」とブリキの兵隊が言う。

 フランキーがサングラスを少しだけ持ち上げて、そのブリキの兵隊へと視線を向けた。

「安心しろ、ウタはおれたちの仲間だ。目的は同じよ」

「……なら良いが」

 というわけでだ、とフランキーが言う。

「おれも“工場”のアテができたんだ。この兵隊が案内をしてくれるらしい」

「兵隊が?」

「おれたちと、目的が同じらしいのよ。……ちなみにだ、ウタ。お前ェさんのアテってのは──」

「隊長!? 隊長れすか!?」

 帽子の影から出てきたラビが、ブリキの兵隊に声をかける。

 表情の変わらないブリキの体が、驚いたように少し揺れた。

「ラビじゃないか! なぜこんなところに……、と。そうか。君がさっき言っていた、物を盗もうとしたトンタッタ族は君のことか」

 ブリキの兵隊の言葉に、ラビはえへへとバツが悪そうに笑った。

 そんなラビを指で撫でながら、ウタが尋ねる。

「ねえラビ、言っていた隊長さんって、もしかして──」

 そうれすよ、と元気よくラビは頷いた。

 つまり、小人族をオモチャが統率して、七武海が大切にしている“工場”への攻撃をしようとしているわけだ。

 ウタは、小さく顔を顰めた。

 そんなウタの表情を見て、ブリキの兵隊は首を傾げるように少し体を傾けて、しかしすぐに気を取り直したように、フランキーの肩を叩いた。

「話は移動しながらの方がいい。ここではどこに耳があるかわからないからな」

「違ェねェ」

 フランキーが片方の口角を上げて笑って、頷いた。

 行くぞ、と駆け出すフランキーに、ウタも歩調を合わせて走り出す。

「もー、今日は走りっぱなし……」

 ウタは小さくぼやく。

 しかし、そのウタの呟きは、走ることそのものへの不満ではなかった。

 胸の奥に刺さった、小骨のような違和感。

 一見平和で明るく見えるこの国に蔓延る、反乱の芽。

 理由があるはずだ。

 外から来たばかりの自分たちには見えない理由が。

 考えても答えが出ないであろうそのしこりを吐き出すためのぼやきだった。

「私をしつこく追い回さなければ、こんなに疲れることもなかったんれすよ!」

 そんなウタの考えも知らず、耳元でラビが鼻を鳴らして言う。

「なんで撒こうとして隠れた先を、ピンポイントで当てて来るんれすか!?」

 ウタは苦笑した。

「耳が良いからね。……そもそも、ラビが盗まなければ、わたしが走る必要もなかっ──」

「兵隊さんっ!!」

 不意に、コロシアムの方から女性の呼び声が聞こえて、ウタは飛び上がってそちらを見た。

 桃色の髪に、金色の兜をかぶった軽装の女性が、コロシアムの窓の隙間からこちらを──ブリキの兵隊を見て立っていた。

 彼女の鳶色の瞳が、感情を押し殺すように揺れる。そして、言いたい言葉を堪えるように、下唇をきつく噛みしめていた。

 おっ、とフランキーが足を止めて、その格子窓を見上げる。

「レベッカ……」

 小さい声で、ブリキの兵隊が呟いた。

 言葉を探すように一度首を上げて、すぐに下を向いてから、ブリキの兵隊は地面に向かって、言葉を千切るようにして言う。

「──やはり、出場したんだな……。私は……止めたぞ」

 その静かで、しかしどこか優しさを感じさせる声に、彼女は耐え切れなかったように叫んだ。

「私、やるよ!!? 勝つよ!!? 兵隊さん、ねえ!! そしたら……ねェ、また一緒に暮らそうよ!!」

 言葉と共に、ボロボロと涙がこぼれ落ち、声も湿り、震えている。

 ブリキの兵隊は、やはり顔を上げずに、「泣くような戦士に優勝はできん」と言ってから、

「早く行くぞ」

 とフランキーに声をかけた。

「あァ!? いいのか? 泣いてんぞ?」

 フランキーの言葉に、ブリキの兵隊が小さく「だからだ」と呟く。

 そして、走り出したフランキーに向かって、溜め息のような音を立ててから言った。

「だから急ぐんだ。オモチャにだって……守りたいものくらいはある!」

 その言葉に、ウタは首を傾げた。

「……それが、あの子、ってこと……? ねえ、あの子、『また一緒に』って言ってたよね?」

 ウタの質問に、ブリキの兵隊は答えなかった。

 代わりに、首を横に振る。

「……このブリキの体じゃ、体温も感じなければ……涙も出やしない」

 冷え切ったその声に乗るのは、怒りと……哀しみだろうか。

 ウタはそれ以上踏み込めずに、視線を足下へと逃がすことしかできなかった。

────

 

 

 

「ねえフランキー、そういえば、他のみんなはどうしてるの?」

 ドレスローザの街を走りながら、ウタがフランキーに尋ねる。

 その問いに、フランキーはやれやれと言わんばかりに溜め息を吐いて肩を竦めた。

「……なに?」

「“工場破壊チーム”のメンバーが奔放過ぎて呆れただけさ」

 彼は遠い目をしてそう言うと、とりあえず、と話し始めた。

 まず、ゾロはウタと似たような状況らしい。

 刀を盗まれ、その下手人を追って飲食店の窓から飛び出して、そのまま行方知れず。「今生の別れにならねェといいが」とのフランキーの台詞は、本気か冗談か。ウタはパンクハザードでのゾロの行動を振り返り、頭が痛くなった。

 ゾロのことを良く知っているサンジは、ゾロが帰らぬ人となるのを防ぐべく、帰りの案内役としてゾロを追ったそうだ。それに続いて、錦えもんもどうやら盗まれた刀に一家言あるようで、ゾロの後を追って行ったという。

 その話を聞いて、ウタの帽子の陰でヘッドフォンに腰かけたラビが得意げに言う。

「さすがウィッカね!!」

「やっぱりあんたたちの仕業だよね……」

 ウタは呆れたようにため息を吐いた。

 だが、それより気になるのは……

「……じゃあ、ルフィは?」

「あァ……あいつなら、さっきの闘技場のイベントに出場してる」

「えっ、ルフィ何してるの!?」

「理由あってのことだ、責めてやるなよ。……あいつのアニキの形見ともいえる、悪魔の実が景品になっていてな」

「あっ、エースの……」

 ウタは以前、ルフィから彼の兄たちに関する話を聞いていた。二人の兄弟を、亡くしてしまった話を。

 例えば……、“赤髪海賊団”の誰かが死んでしまったとして、その形見がそのような景品として扱われていたら……。

 ウタはそんな想像をして、表情を硬くする。

「ま、そんな顔すんなよ。ルフィはやる男だぜ? ……ドフラミンゴファミリーの息のかかった闘技場の大会だから、一筋縄じゃいかねェかもしれねェがな」

 大丈夫だ、とフランキーがウィンクした。

 そうだね、とウタは少しだけ表情を崩して頷いた。

「……あれ、何れすかね?」

 ふとラビに耳を引っ張られて、ウタはそちらの方に目をやった。

 そこには、号外と言いながらチラシを配るオモチャの姿があった。

 ちらりと映ったピンク色の見える写真に、ウタは胸騒ぎを覚える。

「ちょっともらってきますね!」

「あっ、ラビ!」

 言うが早いか、ラビはウタの肩から飛び出して、文字通り目にもとまらぬ速さでその号外を一枚手にして戻ってきた。

「あ、ありがとう……?」

「いいのれす! 協力してくれるお礼なのれす!」

 ウタのお礼に、明るい声色でラビが答える。

 受け取ったチラシに目を落として、ウタはえっ、と声を上げる。

「アウ! どうした、ウタ?」

 フランキーの声に、ウタは震える声で「ハメられた」と言って、その紙面をフランキーに見せた。

 それを見たフランキーの眉がつり上がる。

「……なるほど。完全に騙された、ってワケだ」

 紙面に書いてある内容は、『ドフラミンゴの七武海脱退、王座返還の記事《ニュース》は誤報!』という文字と、ドフラミンゴの写真。

 つまり、ローの取引は、そもそもドフラミンゴと同じ土俵にすら上がれていないのだ。

「おや、知らなかったのかな?」

 不意に、ブリキの兵隊が首を傾げながら声をかけて来た。

 フランキーが目線を上げて、肩に乗るブリキの兵隊の方を見て言う。

「そりゃお前ェ、脱退を知ったのだって、今日の新聞を読んでからで──」

 それを聞いたブリキの兵隊が、なるほど、と苦々しい声で呟いた。

「何がなるほどなの?」

「……国内では、午前のうちに既に、政府から『この件は誤報』というお達しがあったのだ。しかし国外には誤報の情報が回っていないと言うことはつまり、国外でドフラミンゴと敵対する者──君たちのような者を欺くための一芝居、ということだろう」

「……チッ、趣味が悪いぜ」

 その相手が自分たちだということに、フランキーは舌打ちをした。

 まったくだ、とブリキの兵隊が頷く。

 つまり、サンジがレストランで抱いた違和感は的中していたわけだ。この国の中では、国王の退位が既に、なかったことになっていたのだから。

「作戦の変更とか、あるのかな?」

 ウタがフランキーに尋ねる。

フランキーは「ねェだろ」と即答した。

「作戦を変更するなら、情報共有は必須だ。『向こうがこうするはず』のアテを外しちまうと、仲間を危険に晒すことに繋がるからな。……で、今ウチの船員全員と連絡を取る手段は?」

 フランキーの説明に、ウタは「そうだよね」と頷いた。船長が闘技場へ行ってしまっているのに、一味全員と連絡を取れるはずもない。

「結局、わたしたちがやるべきことは変わらないもんね」

 相手の動きがどうであれ、“工場”を破壊するという所がブレてしまえば、そもそもこの作戦は失敗だ。

 裏を返せば、“工場”さえ壊せれば、こちらの勝ちなのだ。

 シーザーの取引がどうなろうと、そちらはあくまでカモフラージュなのだから。

 そういうことだ、とフランキーが言うと、不意に子電伝虫鳴った。

「アウ! スーパーなおれ様だ!」

『フランキーか! サンジだ!!』

 電話の相手はサンジだった。

 電伝虫越しでも、切羽詰まっている様子がよく分かった。

『今、号外が配られていたんだ。ドフラミンゴが──』

「あァ、それなら見た。ここでシーザーを取られちまうと、完全にウチの作戦は水の泡だな。“工場”を爆破して鼻を明かしてやろう」

 うはは、と好戦的な笑みを浮かべて、フランキーが言う。

「そうだサンジ、ゾロは?」

『はぐれちまった! あのクソマリモ……』

「まあいい、お前も“お花畑”へ来い!」

『なんだ、そのメルヘンな目的地!? ……そうだフランキー、ナミさんと連絡がつかねェんだ。ナミさん、無事だといいが……』

 電伝虫越しに、サンジの心配そうな声がする。

 ウタは浮かない顔ながらも、あっけらかんとした声色で言った。

「大丈夫でしょ。ブルックが一緒なんだし」

 それを聞いたフランキーが、また愉快そうに笑った。

『ウタちゃん!? フランキー、合流してたのか!?』

「うははは! そういうことだ! とりあえず、サニー号は頑丈だし、ブルックもモンスターチョッパーも一緒だし、あいつだってか弱いわけじゃねェ! とりあえず、おれたちはやることをやってるからな!」

 そう言って、フランキーは電伝虫を切った。

 いまだにウタは、浮かない表情のままだ。

「おいウタ、どうかしたか?」

「うーん……」

 ウタはきょろきょろと辺りを見渡す。

 浮かない顔の原因は、ウタの中に燻る違和感。しかし、ウタはそれを上手く言語化することができない。

「なんて言えばいいのかな……。この国、明るい雰囲気なんだけど……、そもそも海賊が支配する島で、トンタッタ族が反乱を起こそうとしていて、生活に溶け込むオモチャの中にも、反乱を考えている人がいて、ちぐはぐしていると言うか……」

「あー、言いたいことはわかる」

 フランキーも顔を顰めて頷いた。

 政治が良いのであれば、明るい雰囲気に流され、人はいたずらに反乱を考えないだろう。

 だが、いまこの瞬間に、ドフラミンゴへの反乱を企てる者たちと、ウタたちは繋がってしまっている。

 そして、パンクハザードでシーザーに研究をさせていたのは、ドフラミンゴに他ならないのだ。

「…………この国に漂う甘い香りが、熟れ過ぎて腐り始めた香りじゃなきゃいいんだけど」

「言い得て妙だな」

 フランキーではなく、その肩に乗るブリキの兵隊が頷いた。

「既に、この国の土台は、あの男のせいで朽ちてしまっていると言っても過言ではないだろう。……あの男が連れて来た女の中に、一人、凶悪な能力者がいたんだ」

 少しだけ空を仰いでから、やがて意を決したように、ブリキの兵隊が言った。

「君たち。もし私が『もともと人間だった』と言ったら、オモチャの戯言と笑うか?」

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