鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ2)
Name?「おっと、ごめんね!!」
ぴょん、と地面を蹴って飛び上がり、ウタが宙がえりをしながら子供の頭上を通り過ぎる。
場所はドレスローザ。
危なげなく着地したウタは、そのままドレスローザの中心街へと向けて、黒のジャケットをたなびかせて走り出す。
いや、彼女の目指す先は、別にドレスローザの中心街というわけではない。
高速で駆ける、小さな影。
それに盗まれてしまった“指揮杖《ブラノカーナ》”を取り戻すため、必死になって追っているのだ。
あれはTS工房の作品の中でも、かなりモノが良いマイクスタンドらしい。しかも、ブルックが“魂の喪剣”を手長族に砥いでもらった際に、ウタも“指揮杖”に手を入れてもらっている。
つまりオーダーメイドの逸品になっているのだ。
あれを失ってしまえば、この先武器やマイクスタンドに困ってしまう。
それにしても──。
(──なんて足の速さ!!)
ウタは荒れた呼吸のままに、思う。
これだけ追っているというのに、その妖精は未だ、その速度を落とす気配がない。
ウタとてこの二年間、伊達にブルックと修行をしてきたわけではない。速さと技量の剣士であるブルックと何度も手合わせをしているウタにとって、並大抵の速さを見ても“速い”とは思わない。
しかし、その影は本当に素早かった。
ブルックの不可視の斬撃は、本人の速さももちろんあるが、そのキモは虚を突くこと。相手の意識の間隙を縫うことで斬ったことを悟られない、という“間”の取り方にある。
だが、ブルックのそれを彷彿とさせるようなその影の速度は、ただ純粋な速さなのだろう。
音で足音を補足して、自分を撒いたか確認する隙に追いすがるしか、今のウタには術がない。
美しい街並みと、よく手入れされた石畳が、ただの背景のように通り過ぎていく。
何事もなければ、ゆっくり歩いて観光したいと思わせる風景たち。
しかし、今は有事である。
ウタとしては、すぐにでも“指揮杖”を取り返し、一味の仲間と合流して、作戦に戻らなければならない。
「おっ、お嬢さん、何かお探しで?」
「なんだァ? 闘技場のイベントはまだちっと時間があるぞ?」
「危ねェなァ!」
「ん? あの顔、どこかで……?」
人々の間を縫って走っているものだから、そういった通行人や市民の言葉が、雑音となってウタの耳に飛び込んでくる。
ただ、ウタにとって幸いなのは、何故かその妖精が人家に入らないこと。
狭い路地裏に入る事があっても屋内に入ることがない、というのは追跡する方としてはやりやすい。
そして、足が速いにも関わらず、ウタを完全に振り切る程に遠くまで逃げてしまわないのも僥倖だった。
ウタは音楽家であり、確かに耳は良い。しかしそれは、人並外れた聴力という意味ではなく、音を聞き分ける力という意味だ。
つまり、その小さな影の足音が聞こえない程遠くへ行ってしまえば、ウタの行動は追跡から捜索へと変更を余儀なくされてしまう。
そうなっていないのは、相手が妖精だからか、それとも──。
くん、と独特な軽い足音が、また路地裏の方へと逃げる。
ウタもそちらに足を向けて
「えっ、行き止まり!?」
違う。
今なお離れていくこの足音は……。
「……上か!」
ウタはそう判断すると、壁を蹴って屋根まで跳び上がり、屋根伝いに駆けだした。
その後も、追跡は難航する。
屋根から飛び降り、街を駆け、人混みをすり抜け縦横無尽。
なんとか追いすがってはいるが、ウタとて体力には限界がある。振り切られるのも時間の問題だろう。
……どうしよう?
走りながら、ウタは打開策を考える。
──次に、屋根に上ろうとした時が勝負だ。
五分──
十分──
ウタの息が切れかかって来た頃、ようやくそのチャンスは訪れた。
急に進行方向を変えた妖精の影が、路地の方へと向かう。
ウタがその路地に入った頃には、丁度妖精が屋根へと駆けあがる最中だった。
ダン、とウタは地面を思い切り蹴り飛ばして、跳躍する。
妖精との距離は、これで三メートル以内。
すう、と息を吸い、
「La──Ah──♪」
声に力を込めて、歌を歌う。
“うたの広場”の力を使い、タイミングを見計らって、一瞬だけウタはパチンと指を鳴らした。
「ぷべっ!」
ほんの一瞬きの間に出現した音符の壁に、その妖精は激突してしまったようで、情けない悲鳴を上げた。
先に地面に着地したウタが、その落ちて来た妖精を両手でキャッチした。
いや、それは妖精と言うよりも……
「…………小人?」
ウタの手の中には、目を回した小人がすっぽりと納まっていた。
────
「わーん!! 人間に見られちゃったァ! 捕まっちゃったァ! 私のあんぽんたん! すかぽんたん!」
とりあえず“指揮杖《ブラノカーナ》”を取り返したウタは、困惑した顔で、自分の手に握られたまま、大号泣する小人を見ていた。
山高帽のような帽子を被り、首にはスカーフ。体に着ているのは軍服だろうか。鼻は尖っていて、目はくりっと丸くて愛らしい。
「……えーっと、とりあえず返してもらう物は返してもらったから、そんなに泣かなくてもいいんだけど……」
怒らないし、とウタが宥めるように言うと、小人はより一層号泣する。
「食べる気なんれしょォ!!」
「食べないよ!?」
物騒なことを言い出す小人に、ウタは目を見張って大声で反応してしまった。
その声に驚いたのか、小人は一瞬だけびくりと身をすくませて、再び大号泣を始めた。
あー、とウタは路地裏でしゃがんだまま、片手で頭を抱えた。
このまま放り出して一味との合流を図ってもいいが、しかし号泣する者を捨てていくというのは気が引ける。
さらに言えば、縦横無尽に走ってしまったせいで、道をよく覚えていない。方角はわかるから、道を聞きながら歩けば何とかたどり着けるとは思うが……。
「はァ……。ところで、あんたは何? それに、なんで人の物を盗ったのさ?」
少しでもこの小人の気を紛らわせないかと、ウタは小人に話しかけた。
「うう……ぐすっ、私は、トンタッタ族のラビ! この国では、大人間は私たちを“妖精”と呼んで、色々と物をくれるのれす! 盗んだなんて心外な!」
そう言ってから、トンタッタ族のラビは、ハッとしたように目を丸くした。
「キャー! 私、口を滑らせてしまったのれす! 忘れてくらさい!!」
「……忘れるのは良いけどさ、あんまり人の物を盗ったらダメだぞっ。その人にとって大事なものだってあるんだから」
ペシ、と軽くラビの頬を突っついてから、ウタはさてと、と言ってラビを地面にそっと置いた。
「…………あれ? 食べないのれすか??」
首を傾げるラビに、ウタは「だから食べないって」と呆れたように言う。
そもそもウタには、ラビが自分に食べられる心配をする意味が分からない。……昔、トンタッタ族は食料にされていた時代があったのだろうか?
「ほ、ホントれすか??」
「ほんと、ほんと」
ウタが適当に相槌を打つと、ラビは「そうなのれすね!」と笑顔を見せて頷いた。
どうやらラビは、人を信じやすい性質のようだ。
「ならよかったのれす! 危うく、ドンキホーテファミリーの“工場”から仲間を助け出せなくなるところれした!」
にこにこと笑顔で言ってから、再びラビは「あっ」と目を見開く。
「また口が滑ったのれす! こっちも忘れてくれると助かるのれす!!」
慌てて両手をぶんぶんと振るラビに、ウタは呆然と目を見開いた。
このトンタッタ族は、今“ドンキホーテファミリーの工場”と言ったか?
「ねえラビ、その話、詳しく聞かせてくれない?」
もう一度ラビを手に取って顔の前に持ってきて、ウタが真剣な声で言う。
キャー、と悲鳴を上げて、ラビはいやいやと首を振った。
「言えないのれす! 作戦を漏らしちゃダメなのれす!」
それはそうだ。
ウタとラビは今会った他人同士。
仲間でもない、敵か味方かもわからない人間に、七武海の海賊が大事にしている建物をどうこうしようという作戦を、漏らせるわけがない。
「……じゃあ、一つ教えてくれる? ラビにとって、ドフラミンゴは敵? それとも味方?」
「敵なのれす!! あっ」
だが、相手はどうやら嘘のつけないらしい小人だ。
同じ相手と敵対しているのであれば──。
ウタはそう考えて、手札を切った。
「ねえラビ、わたしたちね、この島にドフラミンゴの“工場”を壊しに来たんだ」
「えっ、本当れすか!?」
思わず声が大きくなったラビに、ウタは口の前に指を立てた。
「しーっ」
「あっ」
ラビが自分の口を抑えて、それを見たウタが、ふふ、と笑みを漏らした。
「そ。でね、提案なんだけど、仲間を助け出すのに協力するから、工場の場所を教えてくれないかな?」
ウタの提案に、ラビは下顎に指を当てて、うーんと考えてからほどなく、「いいれすよ!」と答えた。
ただ、とラビが続ける。
「私が隊長なわけじゃないから、きちんと隊長に確認してかられす! きっと隊長も良いと言ってくれるはずれすから!」
なるほど、とウタは頷いた。
その隊長とやらが、この作戦を取りまとめているようだ。
──この子みたいに話の分かる人ならいいけど。
ウタは心の中で呟いてから、ラビを肩の上のヘッドフォンに乗せて言う。
「じゃラビ、その隊長さんの所まで、案内してもらってもいい?」
「もちろんれす!」
元気よく耳元で頷いたラビに、ウタは再び笑みをこぼした。
怪我の功名とでもいうのだろうか。“指揮杖”を盗まれたことによって、無事、“SMILE”の工場を見つけられそうだ。さらに、協力者も取り付けられるかもしれない。
一味の仲間と合流するのは、その後でいいだろう。
ウタは、あの飲食店に戻ったところで、“工場破壊チーム”と合流できる可能性は低いだろうと考えていた。なぜなら、ルフィが一所でじっとしていられるはずがないから。
ウタは、ラビの案内に従って、ドレスローザの“お花畑”へと向かい、街を小走りで駆け抜けて行く──。