魔王の食事と猫的なアレ

魔王の食事と猫的なアレ



昼食を終えてから少し経ち、麦わらの一味の数人は未だ食堂から出ずある一人の少女を見て話ごとをしていた。

その少女とは、この一味の最古参でありながら人の身を取り戻し、キチンと戦闘を行える様になったのが最近であるウタの事だ。その彼女は食事を終えて、その腕に彼女のウタウタの力において最強であり最恐の存在である筈だが今は何故か以前の彼女の様な人形姿のトットムジカを抱えて椅子に座っている。そこまではいい、食後に少し休むくらいおかしくない。


だが彼女の視線の先が明らかに何もない部屋の隅なのである。人形から戻ってすぐも中々表情を動かす事が難しそうだった彼女だが、今まさにその表情からは感情が抜け落ちてると言っていい。何を考えているのか全く読み取れない。

そんな状態がもう既に10分。もう怖い。

しかもこういう事が一度や二度ではないのだ。ある時は外でも皆で歩いてる時、まるで誰かとすれ違ったかの様に振り返ったりする時もあれば、暗い誰もいない廊下の先をじぃ…っと見つめ続けている時もあるのだから、一部のそういうのに苦手意識を持つ仲間はもう戦々恐々である。


「ねえ…!やっぱりアレ何か視えてるんじゃ…」

「そそそそんな訳ないだろぉ!?」

「いぃいいるわけない…!ウチのサニー号にお化けなんていない!」


そんな彼らに気付かず、ウタは食堂の隅にいるソレを見ていた。

人形として生きてきた時、普通の人としての瞳ではなく安っぽいボタンの目で見てきた世界は時々だが【人が視るべきではないもの】を写した。

最初は驚いたが、今では然程ではない。


勿論、せっかく食べれる様になったご飯が食べれなくなりそうな見た目なのは出来れば勘弁願いたいが…そう思いながら見つめ直すウタは目の前のソレをどうしようか悩んだ。人形として海を旅するうちに、嫌な慣れが生まれてしまったなとウタは内心皮肉った。


「あとでブルックにでも聞こうかな…うん、じゃ部屋に戻ろっかムジカ」

「ムー」


彼もまた、本来の人の瞳を介さず世界を見ているからか似たような経験持ちだ。先程の食事中はよく分からなかったが、もし気付いてるなら一緒に対処した方が安心だ。


そうしてとりあえず放置しておこうかなと思った夜、掌をかえしてウタは待ち伏せでもする様に船の甲板に出ていた。

自身が人形だった時、干されてブラブラと風に揺られていたあの感覚がなんだか懐かしいと零したらフランキーが気を利かせて作ってくれたブランコに、ムジカを抱えながらキィキィと揺られていると、漸く待っていた存在が何処からともなく現れる。

それはまるで泥の様に粘着質な水音と、土砂袋でも引きずる様な音と共に来た。

まぁ、土砂袋というか水袋の方が近いかもなとは思ったが無駄に煽らない方が吉だと知っているので何も言わない。ただ改めて見て、嫌な見た目してるなぁと思う…お化けが苦手な仲間が見たら気絶しそうだ。

まぁお化けとして出てきてるのなんて友好的な見た目なやつ程エグかったりするのは定番だろうから分かりやすくて助かったと思うべきなのだろうか。

そんな風に少し現実逃避してたが、何もしないわけには行かないのでウタは口を開いて語りかけた。

「ねぇ、ダメだよ」


風と波の音のみの場でその声はよく響いたが、どこか冷たい印象があった。


「ただそこにいるだけなら問題ないし、次の島で下ろせばいいやって…そっとしてあげるけど」

「私の大事な仲間に手を出すならダメだよ、それはほっとけない」


そう言えば、ソレは何か反論をしたいのだろうがゴボゴボと溢れる水音で伝えたい事などこれっぽっちも分からない。


「夕方、ロビンの腕、引いたでしょ…海の方に」


本人は不思議がっただけだし、見ていたウタや他の仲間もいたから大事にはならなかったが、事を起こそうとした。それが一番良くないからウタは怒っていた。

証拠に彼女のトレードマークであるリボンの様な髪型先程からずっと下がりっぱなしだった。


「此処の人たち優しそうだもんね。ルフィなんて太陽みたいに眩しいしさ…ロビンやルフィならその腕で自分を引き上げてくれると思った?」


ゴボゴボ、ゴブゴブ、焦る様な、怒ってる様な感情をのせる不快な音にウタはただ声を荒げるでもなく、静かに応対し続ける。


「無理だよ、不思議な力がある能力者でも海に落ちたら力が出ないんだから…それとも道連れにでもする気だったりする?」

「だったら尚のこと、駄目」


明らかな拒絶に苛ついたのか、それとも…

ソレは木の枝に海綿を巻きつけた様にも見える恐らく腕だったろう変色し膨らみ色々ずり落ちちゃっているものを縋る様にウタに伸ばすが


「あ」


それより早く、ソレの視界をとても大きな黒が埋める。

夜のそれではない、海の底とも違う…まるで、絶望そのもの…それを最早ティースプーン程もあったか謎な理性で考えたソレを無慈悲にバクリ、とその場から消してしまったのは先程まで腕の中にいたムジカだった。どうやら負の感情の集合体であるムジカにはああいう存在なんてつまみ食いにもならないらしい…が


「コラ!そんなの食べちゃ駄目でしょ?!ペッてして!!」


それはそれとして身体に良さそうかと聞かれれば10人中10人どころか何処からかやってきた11人目まで「いやそれはない」と答えそうなビジュアルなものを目の前で友達が食べたら怒るものだ。

とはいえ抱え直して叱ってやろうという時にはもう先程あの異形を丸呑みにするほど大きく裂けた口はなかった様にいつものぬいぐるみスマイルに戻っているのでどうしようもないのだろう。大きな溜息をつく。

が、それよりも…とウタはムジカを撫でる


「守ろうとしてくれたのは、ありがとうね」

「ムゥ」


そうして次の日、朝食時に食堂に来たウタの隣にそっとブルックが座る。


「おはようございます。お隣と…あとパンツ、見せてもらっても?」

「駄目に決まってるでしょ!…でも隣はいいよ。おはようブルック」


軽いふざけ合いを交わして食事中をする二人を気にせず周りも食事をとり続ける。ふと、ブルックが小声で話しかけてきた。


「ところでウタさん…昨日までいた【お客様】はご存知ありませんか?」

「あー…昨日ロビンが危なかったから怒ったら……ムジカがパクッと」

「あらぁ…それはそれは」


大人しくしてくれれば、少なくともまた海に沈められる事もなく次の港なんかで下ろしたり、歌や何かで還す事もあっただろうに…そんな彼の台詞の無言の続きを、ウタも察していた。

が、まぁ…自業自得だなとしか言えない。


ただ、もう一人の自分みたいな存在がああいうのパクッとしてて気分は良くないので

サンジくんに今日はパンケーキねだろうかな?なんて朝食を食べながらウタの思考は既に今日のおやつでいっぱいだった。

Report Page