魔法にかかった魔法使い

魔法にかかった魔法使い


冴潔ルート1周目

※R-18

※冴のMF性能(魔法)について自己解釈強め



魔法使いのようだと称した記者がいた。

曰く、彼の手にかかればどんなFWもゴールを獲るストライカーへ生まれ変わる、と。

(誰でもってわけじゃねぇよ。節穴が。)

下駄を履かせるにも限度というものがある。

読む価値のない記事は丸めて捨てた。ただ、魔法という表現はしっくり来たのでもらっておいた。

魔法ーーそう、魔法だ。冴にとってMFの役目とは、自らのゴールを夢見るFWに最適のアシストという魔法をかけることだった。


一蹴。数秒前に冴の足元にあったボールがゴールネットに突き刺さり、観客の歓声が空気を震わせる。

雄叫びを上げながらフィールドを駆けるストライカー。

FWとしての仕事を果たした彼を横目で見送り、顎下にうっすらと浮かぶ汗を拭った。

かつてなりたいと夢想した姿。その背に何も思わないわけじゃないが、同時に俺の方がゴールを決められると自惚れるほど愚かでもない。

ゴールを決められるあいつにあって、MFに転向した俺にないもの。その差が何かなんて分かっている。

俺には、魔法をかけてくれる人がいなかった。

自分のゴールが欲しい。ストライカーとしてのエゴは消えていない。風前の灯だが、まだ……俺は諦めてない。

だから、燃え尽きる前に、誰かーー。

『さえおにいちゃん』

脳裏に過ったのは、幼い頃に一度だけ会った母国の少年だった。似た目を持っていた。同じようなプレーが出来た。

(俺に魔法をかけられるのは、あいつしかいない。)

異国のフィールドで空を見上げる。

(この空の続く先で、まだあいつがサッカーをしていたら。あのプレーが出来るなら。)

瞬き始めた一番星に、ガラにもなく祈るように、そんなたらればを夢想した。


・・・


ターミナルの大きな窓から見える、早朝の空。白い月が浮かぶ薄青色の空は、潔の好きな色だ。

冬の朝練、部活のメンバーと繰り出した初詣……同じ風景を見た記憶が脳裏を流れていく。なんだか遠い昔のことのようだった。

U-20日本代表戦を経てU-20W杯で日本を優勝へ導いた自分たちはすっかり時の人となった。テレビでは潔のアシストから繋がる冴の美しいゴールが繰り返し放送される。過去の戦績と経歴を改めて掘り返され、冴は不朽の天才だと、潔は冴に見初められたシンデレラボーイだと賞賛を受けた。冴はともかく自分に対するそれは過大じゃないかと思わなくもなかったが、有難いことに活躍は海外でも評価されたらしい。冴の所属するレ・アールの下部組織から声が掛かり、高校を休学し、潔も年明けから所属する運びになった。

トントン拍子とはこのことだ。少なくとも数ヶ月前、青い監獄に召集される前に夢想していた、プロサッカー選手への道を歩んでいるのは確かだった。

(なのに、……俺は、なんで……。)

すごく嬉しいことなのに、ひどく心が凪いでいる。

現実味がない。まるですべてが夢のようだ。

目紛しく変わった周囲に、身も心もついていけてないのかもしれない。

手慰みにスマートフォンのサイドボタンを押して画面を点灯させる。すると、友人からの『がんばれよ!』という未読メッセージが表示され、再びサイドボタンを押してそれを消した。

U-20W杯優勝後、家族には会った。部活の友人とも会った。退学前提の休学のため、学校に荷物を取りに行かないといけなかったから。

だけど、と数ヶ月苦楽を共にした仲間たちを思い浮かべる。

(……あいつら、何してんのかな。)

U-20日本代表戦で戦ったのを最後に、青い監獄のメンバーとは会っていない。置いてきた荷物は郵送で送られてきたから会う機会がなかったし、スマートフォンを取り上げられていたから連絡先も交換していない。

ない。

どこにも俺が青い監獄いた証拠がない。ストライカーとして自分のゴールを求めていた日々が幻みたいだ。

「潔」

名前を呼ばれると同時に差し出されたペットボトルを受け取る。

じんわりと伝わってくる温かさに、ほっと息を吐いていた。そうして初めて、自分がいつの間にか息を詰めていたことを知る。

「ありがと、冴」

「まだ時間がある。眠ぃなら寝てろ、起こしてやる」

記者を撒くために早く出てきたから、搭乗開始までかなりの時間がある。

「いいよ、大丈夫」と遠慮しようとして、冴の手により最小限の動作と力で体をもたれさせられる。

(こういうとこ、ちょっとお兄ちゃんぽいよな。)

声には出さずに指摘し、そっと笑みを口角に滲ませる。

有無を言わせない態度。再会して初めて知った冴の一面だ。

でも、と力を抜いて体を預ける。そうされるのは、嫌じゃない。

冴に与えられるものなら、冴にされることなら、俺はなんだって受け入れる。

目に浮かぶのは、フィールド上での冴の美しいプレー。美しいシュートフォームから蹴り出されたボールの描く、美しい軌道。

あの一部にしてもらえるなら、俺はーー。

「……っ」

冴の肩に頭を擦り寄せる。間を隔てる衣類の感触が妙にもどかしい。

「寒ぃか?」

「ん……そーかも」

ちら、と上目で顔色を窺うと、見下げる冴の瞳と視線が絡んだ。

頬に手を添えられる。

そっと目を閉じると、唇に柔い感触が降ってきた。触れるだけで離れていくそれを惜しく思いながら、今度は赤い顔を隠すために冴の肩に頭を押し付けた。

周囲の変化は薄膜を一枚隔てたように心があまり動かないのに、冴にされることには過敏なくらい心が動く。嬉しくて恥ずかしくて不安で苦しくて、心臓が早鐘を打つ。冴がいるときだけ俺はちゃんと生きていられる。そんな感覚。

「!」

不意に手を繋がれて、宥めるように親指で手の甲を撫でられる。それだけでざわついた心が鎮まっていく。

冴の一挙手一投足に翻弄され、冴の意のままに俺の気持ちすらも調整され。そうしていつも最後に残るのは、微睡に似たゆるやかな幸福感だ。

(冴。)

声には出さず名前を呼んで、目を閉じる。

繋いだ手と隣にある体温、昔に交わした約束。それが俺にあるすべてで、それでいいと思えた。


・・・


世界一のストライカーになる。あれほど叶えたいと願った夢は、叶えてしまえば思いの外あっけないものだった。

心は躍らない。先日のW杯よりもU-20W杯、U-20W杯よりもU-20日本代表戦。栄光を重ねるにつれて、虚しさが澱のように胸の奥に降り積もっていく。

原因は分かっている。俺のやりたいサッカーが出来ていないから。

『俺と一緒にサッカーをしろ』

思い出すのはU-20日本代表戦後に結び直したそれではなく、幼い日に交わした約束のこと。

あのとき願ったサッカーは、"これ"じゃない。

しかし、かといって今手の中にあるのものを手放す気もさらさらないのだから、救えない。

(ガキの駄々だな。)

ハァと溜息を吐いて思考を切り替えていると、腕の中で体温が身動いだ。

眠そうに瞬きを繰り返しながら、潔が顔を出す。

「おはよ、冴」

もう起きる? と潔はベットから這い出ようとしたが、その肩を捉えて引き戻す。

「まだ早ぇ。寝ろ」

「わぷっ」

W杯後、本拠地であるスペインに戻った翌日の朝だ。来週にはまたサッカー選手として練習と試合を繰り返す日々が始まる。久々のオフくらい欲求に身を任せ、朝寝坊をしてもいいだろう。

二度寝に付き合わせるべく、腕の中に閉じ込める。多少の抵抗は覚悟していたが、予想と違って潔はふふっと笑い声を漏らした。

「なんだ」

「前にもこんなことあったな、って思ってさ」

そう言われても、思い当たる節がない。どこぞの誰かとの思い出話が始まるのかと続きを待っていると、潔は首を傾げてみせた。

「覚えてない?」

「……どうだかな」

覚えてない、とは言いたくなくてシラを切る。

潔は見透かしたようにくすくす笑い、俺の太腿に触れてきた。挑戦的に見上げながら、手を上下させて撫でてくる。

そこに情欲の色はなかったが、煽られているのに相違はない。

売られた喧嘩は買う主義だ。

「ぁ、っぅ」

数時間前まで散々いいようにした臀部を揉み込むと、潔は体を小さく跳ねさせた。

「俺、そ、ぃうつもりじゃ……っ、冴っ」

「ならどういうつもりだ?」

「ぁっ?! 待って、待ーーッは、んぅ! 指、ぃ……っ」

潜り込ませた秘所はまだ柔らかい。二本に増やした指でぐるりと中をかき混ぜれば、潔の呼吸が荒くなる。

「潔」

指を抜いて膝裏に手を掛ければ、意を汲んだ潔は目を伏せて俺の背に腕を回す。抵抗なんて欠片もない。

腰に手を回して正常位で繋がれるよう体勢を変えた。秘所に自らのものを宛てがい、潔の顔を覗き込む。

期待に濡れた瞳。俺が欲しいと、その眼の熱が言っていた。先程の嫌がるそぶりはもうどこにもない。

潔はいつだって拒まなかった。どんなに渋っていても躊躇っていても、俺の意のままに体どころか心すら形を変える。俺を受け入れるために存在していると言わんばかりに、まるで初めから俺のものだったみたいに。

当然だ。他でもない俺が、こいつを作り替えた。

ストライカーとしてのエゴを壊して、幼い日の約束を歪ませて。俺の隣に縛りつけた。

ーー俺は俺のために、潔世一を俺のものにした。

それを意識する度に確かに自己嫌悪が沸き上がるのに、同時に酷く興奮する。

ふ、と口角を歪めれば、眼下の潔が追従するように微笑む。その笑みに誘われるようにして、俺は自らのものを潔の中へ突き入れた。


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