魔女の選択

魔女の選択



運命はその一瞬で分たれた

あと少し、あと少しで全てが終わる…阿慈谷ヒフミの膝の上に乗せられたそれが作動すれば…

ヒフミも、砂漠の魔女…ハナコもヘイローを砕かれて死ぬ"筈だった"


竹槍のように先端が尖ったホースが2本、素早く振り抜かれて時計を貫く

「な…うッ!」

さらに一本のホースが呆然とするヒフミの首に絡みつき、意外な怪力でその体を壁に叩きつけた


「…ヒフミちゃん、私はあなたのことが…補習授業部の皆が大好きなんです」

ホースが緩み、ヒフミの体が床に崩れ落ちる

……立てない

頭から叩きつけられたせいで体は言うことを聞かず、ヒフミはやっとのことで寝返りを打って天井を見上げた

「…大好き、だったんです…!だから…!」

痛みに滲む視界に影が落ちる

見慣れていたピンク色の髪…ハナコは何をするでもなく、ただ倒れたヒフミに覆い被さって顔を覗き込んでいた


「───ありがとうございます…ヒフミちゃんのおかげで、私は選択できました」

雫が一滴、ヒフミの唇に落ちる

それは蕩けるほどに甘かった



「…うへ〜…ハナコちゃん、大丈夫?」

親衛隊の生徒たちがヒフミを担架に載せて運んでいくのを見ながら、ハナコからの連絡に一分で駆けつけてきたホシノが問う

「大丈夫ですよ、むしろ悪くない気分で自分でもびっくりしています

まるで初めて裸で古聖堂に忍び込んだときのような…♡また一皮剥けたということでしょうか♡」


「…一皮剥けたのはいいけどここで服脱がないでね」

ホシノは爽やかな表情でシャツのボタンに手をかけようとしていたハナコを制止した

「それはつまり…後々2人きり、プライベートな空間でならよろしいということですね♡」

「うへ〜⁉︎」

「ふふ…冗談ということにしておきましょう♡それより…本当は、私よりホシノさんの方が無理してるんじゃないですか?」


翠の瞳がホシノを見つめる

嘘や虚勢ではなく真に心配の色を宿した目に、ホシノは僅かにたじろいでしまった

「まだトリニティにいたときに聞いたんです、ヒフミちゃんとアビドス"対策委員会"の皆さんは友達だって…」

「…そうだね。ヒフミちゃんに助けられたこともあるし、おじさんにとっては恩人の1人かもしれないなぁ〜

…でも、いいよ」

一度だけ悲しそうに笑ってから、ホシノはハナコを見返した

橙と蒼の異色瞳は後悔と幻に濁り、それでも奥底に妄執の炎を燃やしている

「全部振り切っちゃっても、これだけはやり切るから…だからせめてトリニティとかヒフミちゃんとかはハナコちゃんの好きなようにしなよ〜?」

"こんなことに巻き込んでごめんね"と、ハナコは言外にそんな本音が滲み出ているような気がした


魔女は困ったように笑って歩き始めた

「…ええ、大丈夫ですよ、結局私は自分でこうするって決めたんですから

…それじゃあ行ってきます、ヒフミちゃんに治療と…"補習授業"をしに♡」

もう迷いはない

どちらを友達として、敵として選ぶかは決めた

魔女になる、魔女であることを選んだ今は…友人への裏切りも、決別も、かつての友人を壊して捻じ曲げることも、等しく有意義で愛するに足る行為だった



「ねえ、ヒフミちゃん…やっぱり貴女もこっちに来ませんか?ずいぶん辛そうじゃないですか…♡」

補習授業室の一角、X字型に交差した柱に拘束されたヒフミに擦り寄りながら、砂糖漬けの花のように甘い香りを漂わせる魔女が囁く

「…言ったじゃないですか、もうあなたとは友達じゃいられないって…あなたみたいな、人のことを簡単に踏み躙れるような人に───!」

「同じじゃないですか♡」


「…は?」

ヒフミの口から間の抜けた声が漏れる

意表を突かれたような…というより心底言葉の意味がわからないというような表情

蛇のように目を細め、魔女が続ける

「私はトリニティを…貴女達補習授業部を裏切り、私とホシノさん達のために皆を踏み躙りました…

でも、ヒフミちゃんだってアズサちゃんとコハルちゃんを裏切ってここに来たじゃないですか…二人に相談してたら心中なんて止められるはずです♡

或いは…止められたのに無視して逃げてきたとか?」

ヒフミの顔色が変わる──瞬間、魔女がその唇を奪う

補習授業の最中です♡私語は許しません♡…そう言うかのように舌を入れて奥深くまで蹂躙する

抵抗するヒフミに舌を噛まれるのも構わず、甘い体液をえずくほどに長く、熱く交換してから口を離した


「ぷはっ…敵なんですから傷つけ合うくらいの方がちょうどいいでしょう?」

ハナコの舌に噛み付いたせいでより砂糖の濃度の高い血液を飲んでしまい、ヒフミは一度のキスで酩酊し蕩けた表情を晒していた

「ふふ…♡あの子達の青春には貴女も、私も必要なんですよ

仮に貴女の目論見が上手くいって、更にホシノさん達も負かしたとして…それでは、アズサちゃんとコハルちゃんの"青春の物語"は続きません♡

…友達だった筈の人に悩みや真意を打ち明けず、一人だけ思い詰めて逃げて…♡

ヒフミちゃんも私と同じ"悪い子"なんですよ♡」

「ふぅ…ぅ…!だからって、ハナコちゃんとは…!」

腰に手を回し、首にも手を回し、脚を絡め…

悪辣な蛇のように諭し続ける


「そうですね♡私はミカさんを初め、たくさんのトリニティの生徒を踏み躙ったかもしれません…でも、私は皆さんには何も仕掛けなかったんですよ?

まだ友達かもしれないと思っていたから…ヒフミちゃんはどうして先に大切な友達から踏み躙ってしまったんですか?

もうヒフミちゃんには選択肢も残っていません…解放してあげても、初めから死ぬ気で来た貴女に帰る場所なんかないんですから♡」

さらに唇を重ね、熱く甘く蕩ける血液を与える

「ふふふ、帰る場所はもうないんです♡私と違って…だけどそれじゃ可哀想です、ヒフミちゃんも、コハルちゃんとアズサちゃんも…♡

ヒフミちゃんがこっちに二人を連れてくれば、三人で居場所を作れるでしょう…♡」

淫蕩な魔女のように囁き、誘惑しながらゆっくりとヒフミの拘束を外していく


手枷、足枷の代わりにホースを巻きつけ、そのままゆっくりと仰向けにベッドに寝かせた…

「伝えるべきことはこれだけなので…♡あとはお楽しみの時間ですね♡

ヒフミちゃんが受け入れてくれるまで付き合うので…好きなだけ気持ちよくなって下さい♡」

魔女が谷間から一本の注射器を取り出す

明らかに今までとは違う"本当にまずい"ものの雰囲気に、ヒフミが弱々しく首を振って懇願する

「それ、は…やめて、やめて下さい…!」


だが手足は非情にもホースが固く巻き付いて動かせない、ただ言葉と表情でしか拒絶の意を示せないヒフミに魔女は容赦しなかった

「ヒフミちゃんが悪いんですよ…♡私のことを友達じゃないなんて言うから…友達にはできないようなことも、できるようになっちゃったんですよ♡」

一般的な生徒がギリギリ耐えられる濃度のサンドシュガー・ソルト混合溶液

効果は劇的だった

「あ゛〜……ぅあ〜…」

魔女は虚な目で小さく痙攣しているヒフミの拘束を解き、その服を一枚一枚脱がしていく

「胸がきゅうっとなるような感じがして、苦しいのに気持ちいいんですよね…♡もっと良くなるように、楽しめるように…手伝ってあげます♡」

細い腰を背後から抱き寄せて、魔女が酷薄に囁いた


そうして決意をへし折り、肌を重ね、敗北を刷り込んで出来上がったのはかつて友達だった"人形"

「ご褒美が欲しいですか?」

「はい…欲しいです、ハナコ様…」

「アズサちゃんとコハルちゃんに、私がヒフミちゃんにしたようにできますか?」

「はい…ハナコ様…」

「それでは…ペロロ様と私、どちらが大事ですか?」

「ペロロ様です」

「そこは譲らないんですね…まあいいです、じゃあ…これからはアビドスの一員として、よろしくお願いしますね♡」



そして来る決戦の日

修復したヘイロー破壊爆弾を用いて

浦和ハナコは補習授業部の三人を

殺害した


「貴女達が悪いんですよ…いいえ、それでも一方的に私が…殺して…!

でも確かに、皆のヘイローを壊したのはヒフミちゃんの罪そのものなんです…♡

うふふ…ふふ、ふふふふふふふふふ……!」

「ハ…ハナコ様…!」

砂丘の上から動かなくなった三人を眺めていると、横からそっとティッシュを差し出される

興奮し過ぎたせいか、魔女はだらだらと鼻血を流していた


「ふふふ…ふう、ありがとうございます…ご褒美が必要ですね♡」

ティッシュを渡してきた生徒の頭を胸元に抱き込み、砂糖漬けの花のような香りを堪能させながら耳元で礼を囁く


彼女達の戦いは酷いものだった

ヒフミは砂糖に酩酊し、その上アズサとコハルに謝罪と勧誘を繰り返しながら銃を乱射していた

当然そんな有様で勝てるわけもなく…二人はヒフミを鎮圧した、だがハナコの行いとヒフミの惨状に混乱したアズサが致命的なミスをした

ヒフミがアビドスに持ち込み、そしてその働きを果たさなかった最悪の武器…それをヒフミが背負っていることに気がつかなかったのだ

結果として、三人は砂丘の底で光に包まれ即死した


「はぁ…♡これ以上ない、素晴らしい気分です…♡」

うっとりとため息を吐き、魔女は己の主の元へ歩き始める

戻る場所は選んだ、あのキヴォトスを灼く瞬きの烈日こそが自分の居場所だ

だからこそ…

「ちゃんと地獄まで連れていってくださいね、ホシノさん…♡」

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