魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする4
「ははっ、手鞠でサッカーか。それも良いな。今度やろうぜ。……けど残念ながら、今日の予定は遊びじゃねぇんだ」
発言の前半と後半で温度が違った。
表情は笑顔のままブルーグリーンの目だけが据わっている。
なるほど。今日は『そっち』の要件か。冴は内心嘆息して、組んでいた脚を下ろした。続きを促すべく視線を合わせる。
「人間の世界でも、ジャック・ザ・リッパーって殺人鬼に模倣犯が出たことあるだろ? 人外の世界だってそんなもんでな。有名な奴にゃあモノマネ野郎が付き物だ」
述べながら、大きい凛はおもむろに人差し指と中指で剣印を結んで眼前の虚空を切り裂いた。
出来上がった縦一文字の半透明な裂傷に手を突っ込み、こじ開け、中から古ぼけた一冊の本を取り出す。
次元の切れ目とでも言うべき作られた簡易の出入り口は、今回は物置に繋がっているようだ。
投げて寄越された本を冴は片手で受け取る。タイトルは読めない。筆書きの上に走り書きだ。だが栞が挟まっている。題名は無視してひとまずそのページを開いた。
九本の尻尾を持ち豪勢な和装で着飾った女の白黒の日本画が載っている。右上の字は冴でも読めた。玉藻前。ありとあらゆる創作で使い尽くされた妖狐の代表格だ。
「ソイツに憧れてるのか、自分こそが生まれ変わりだとでも思い込んでんのか。ともかく玉藻前になりたがってる偽物の化けギツネが、この辺で男を誑かして遊び回ってやがる。まあ、俺は慈善事業やってるんじゃねぇ。こっちに迷惑さえかからなきゃどうでもいいと静観してたんだが──」
不意に、大きい凛の表情が険しくなった。
意図せず滲む威圧感。耐性の無い人間ならば、これを浴びただけで膝を折って地面に額を擦り付けるだろう。神の前ではそうするものだと魂に刷り込まれているような信心深い者は特に。
されど冴は至って平静だ。魔女の末裔だから、というのもあるが。冴にとっては人間だろうと人外だろうと、凛が凛である時点で平等に弟でしかないのだ。年齢が自分より遥かに上でも、種族が概念レベルで異なっていても、でも弟なのだから弟として扱うし見るし接する。
先ほどの会話では弟にならしてやってもいい、みたいな態度でいた冴だが。とっくの昔に心の底では大きい凛も弟の枠にぶち込んでいた。
自己中のお兄ちゃんの肩書きは伊達じゃない。