魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする3
「あー、やっぱり若者との触れ合いって大事だわ」
目尻に涙が滲むほどひとしきり笑った後、着物の袖でそれを拭いながら大きい凛は呟いた。
爺さんのような物言いで、実際に数百歳の爺さんである。彼の適当な時間感覚を思えば千数歳の爺さんの可能性も残されているだろう。
「長年こんな辺鄙な場所に引き篭ってる老人はいつも退屈で死にそうなんだ。かと言ってほら、ご覧の通り抑え込んだって神気の漏れる場所に只人なんぞ連れ込めねぇだろ?」
刻んできた生の長さを思わせる伝統的な舞にも似たゆったりとした動きで、大きい凛は周囲の景色を強調するように片手を伸ばして横に払う。
彼の口にする通り、神域たるこの空間はあまりにも空気が濃い。川の魚のほとんどが海では生きられないように、普通の人間のほとんどはここで息を吸って吐くだけで秒数ごとに体を蝕まれていく筈だ。
平気なのは極小数の例外たちのみ。それは例えば、冴のように力強い魔女を祖先に持ち、その血の影響を濃密に受け継いで産まれた人間だったり。
あるいは最近出会って懐かれたブルーロックの悪魔くんのように、呼び名そのままの存在をルーツに持つ生き物だったり。
「だから冴を遊びに来させられるようになってからは身も心も若返った気分だぜ。いわゆるアンチエイジングってやつだな」
ふふんと胸を張ってそう締めくくる大きい凛に、冴は仏頂面で溜息を吐いた。
ここに呼ばれるのは眠っている時が大半だから構わないが、毎週のように弟と瓜二つの顔とこうして呑気なやり取りをしていると兄弟喧嘩の真っ最中であることをうっかり忘れそうになる。
U-20の面子と組んだあの試合で小さな凛に変なことを口走らなくて良かった。小さいと言っても図体だけはすっかり自分より成長してしまったが。
「……で? そのアンチエイジングのために今日は何をやる予定なんだ? 前みたいにサッカーボールで鞠つきはごめんだぞ。それなら手鞠でサッカーやるほうがマシだ」
跳ねて戻ってこないからお互い仕方なく中腰になって延々とサッカーボールをついていた、我らながら馬鹿みたいなワンシーンを思い返しつつ冴は脚を組み替える。
あれは本当に無駄な時間だった。最後まで鞠つきは上達せず、手慰みにと教えられた手毬唄の歌唱クオリティだけが上がった日だった。