魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする1

魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする1


狐花。彼岸花の別名の1つだ。

 故にこそこの空間にはそれらが咲き乱れており、迎え入れた冴をあやそうとする揺籠のように風に靡いている。

 真っ赤な花道と敷かれた玉砂利の白のコントラストが目に痛い。

 空は己が異空間であることを主張するかのごとき燃え盛った夕焼けで、だというのに、数多の星屑たちが真夜中の輝度でキラキラと光り散りばめられていた。

 現実とは一線を画する。けれど冴にとっては見慣れた空間。来慣れた空間。誘われ慣れた空間。


「……今日もか」


 小さな呟きを合図にして、神域一面に古式ゆかしい雅な音色が流れだす。

 それを気にせず遠くの鳥居に向かって足を動かせば、その動きを追い掛ける形で本格的な演奏が始まった。

 笙。箏。琵琶。太鼓。篳篥。龍笛。どれもこれも昔から日本にある伝統的な楽器だが、冴が一歩一歩と鳥居との距離を詰めていくたび、少しずつ曲調に洋の要素も混じり始める。

 雅楽が段々と和製ロックの様相を呈し、冴が踏み締めた狐花はベラドンナに──魔女の花と渾名される植物に生え変わってゆく。

 何のことは無い。『妖狐』と繋がりを持つ神が『魔女』の血を引いた者を歓迎している証だ。


「よぉ、冴。よく来たな。昨日ぶりくらいか?」

「先週ぶりだ。時間の感覚が適当なのは相変わらずか」

「はは、ワリィな。何百年も昔の爺さんは全員こうなるもんなんだ」


 連なる朱塗りの鳥居をくぐり抜けた先。

 黒漆の髪と天河石の瞳の男はそう微かに笑って、音もなく冴の傍らに降り立った。

 陰陽師のコスプレにしてはあまりにも質が良すぎる狩衣に袖を通した和装の男は、今でこそ狐面を斜めに引っ掛けているが、本気で神性を解放するとそれが消え失せ狐耳と尻尾がおでましすることを冴は知っている。

 顔立ちは弟である凛を大人に成長させたらこうなるだろうというクールかつ怜悧そうなものだが、そもそも凛の顔貌自体が冴の弟になるため冴に似せて作られた代物だ。

 ならばこの容姿をとっているのは、身近な人間に近い姿をしているほうが接しやすいだろうという気遣いか、そうでなければ彼自身が『切り離された自分』のルックスを気に入っているかの2択である。

 ……まあ後者だろうな、と冴は考えている。


「それで? 久々に『小さい俺』と試合したって聞いたが、仲直りは出来たのか?」


指パッチン1つで足元に狐花が咲いたかと思えば、そのまま椅子として使えるサイズまで大きく成長し、座りやすい角度に固定された茎と花弁が腰掛ける男の体を受け止める。

近くにはもう1つ即席のフラワーチェアが出来上がっていて、冴に対してさっさと使いなと言わんばかりに体全体を揺らしてアピールしていた。

無視をしても視界の端っこでこいつが猛アピールを続けるだけだ。冴は無言で腰を下ろして脚を組み、神域にいざなわれた人間とは思えぬふてぶてしい態度で答えた。


「できてねぇ。ちょっと謝ってちょっと褒めたら、よくわかんねぇけどなんかスゲェ顔して黙り込んじまった」


ごめんね兄ちゃんが間違ってたよ日本じゃちゃんとしたストライカーは育たないと思ってたけど潔世一はお前をそうしてくれる存在かもしれないね、みたいな旨を、言い回しこそ違ったが凛には伝えたつもりの冴である。

だが兄の心弟知らず。そして弟の心兄知らず。当の凛はその潔世一に殺意を抱くハメになっているし、なんなら褒められたのは世一だけで自分が褒められたとはまず考えていないだろう。

人の話を聞かないタイプの弟と言い方に毒があるタイプの兄のマイナス方向のコラボレーションの結果だ。


「そうか。冴と『小さい俺』が喧嘩してから早数年。並んでアイスの買い食いをする2人をこっそりここから覗き見る日々に戻るのは、残念ながらまだ先になりそうか」


何見てんだよと端的に文句を付ける冴を尻目に、どこから取り出したのかズズズと湯呑みの茶を啜る男。

冴は『デケェほうの凛』と呼んでいる彼は、彼自身曰く妖狐の母親と人間の父親から産まれて死後は地元で神として祀られた元半人半妖で現神様のおおよそ安倍晴明みたいな存在であると言う。

しかし安倍晴明なんてサッカーしかやっていない冴でも名前を聞いたことのある有名人と比べて、こちらの凛はスマホで調べてもそれっぽい逸話の神様の情報がヒットしない。

だから祀られている場所というのは相当の田舎であった可能性が高い。

あるいは、あまりにも安倍晴明っぽい存在だったために手持ちのエピソードをあちらさんに取られて彼の逸話としては後世に伝わっていないのか……。


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