魔女になるには 2

魔女になるには 2





 転機は向こうからやってくるものだと、スレッタは実感していた。

目の前には焦がれて忘れられない人が、あの頃より成長した姿で立っている。


「急に押しかけてごめん。久しぶり、スレッタ」


 子どもの頃より数段低くなった声は、それでも柔らかくて優しい。

屋根裏の窓ガラスを小さくコツコツコツとノックして、こちらの注意を引いて、まず声をかけてくれる気遣い屋さんなところも変わってない。

 エランがいるーーースレッタが暮らす屋根裏の狭苦しい部屋に・・・あの、エランが。


「エラン君・・・どうして・・・・・・」


 どうしてここに。もしかして探してくれたのか、そんなまさか・・・スレッタの頭の中は大混乱だ。

 聞きたいことだらけで言葉に詰まっていると、エランのほうで汲み取って答えてくれた。


「・・・サバトで会えなかったから、身体を壊したのかもしれないと思ったんだ。

それで、訪ねた」


 サバト・・・成人した魔女や魔法使いが集う夜会。空を飛んでも目立たない新月の夜にだけ開かれる魔法の宴。

 エランは先に成人してるので、サバトでスレッタの成人を待っていたのかもしれない。

ひょっとしたら何度も探してくれたのかも。

 スレッタは17歳だから、そこで再会できてもおかしくなかった・・・・・・魔女になれてさえいれば。

うつむいたスレッタの目に、痛んでボロボロになった自分の手と、色褪せた見窄らしい衣服が映る。


(私、エラン君の目にどう映ってるんだろう。こんな、こんな格好で、屋根裏暮らしして・・・魔法も使えなくなっちゃって・・・・・・約束、守れなかった)


 恥ずかしくて情けなくて、自分のことをもっと嫌いになった。

エランにがっかりされたんじゃないかと考えるだけで、消えてしまいたくなる。

鼻の奥がツンとして目に涙が滲むのを、慌てて瞬きで誤魔化した。

泣いては駄目だ。泣いて、これ以上惨めな姿を晒すのは耐えられない。

ならば、いっそーーー


「か・・・えって・・・」


「え?」


 スレッタの蚊の鳴くような声が届かなかったのか、はたまたスレッタに拒絶されたのが初めてだったせいか、エランは珍しく虚をつかれた反応をした。

スレッタは痛む胸を無視して、もう一度声を絞り出す。


「帰って、ください・・・お願い、帰って」


 せっかく会いに来てくれたのに、ごめんなさいと心の中で繰り返す。

申し訳なくてエランの顔は見られなかった。


「スレッターーー・・・」


 エランは何か言いたげにして、その場に少しだけとどまっていたが、結局何も言わずに去って行った。

 ここを見つけるのに苦労したに違いないのに、突っぱねたことを責めるでもなく。

聞きたいこともあっただろうに、スレッタに会話する余裕がないのを悟って引き下がってくれた。

本当に変わってない。わかりにくいと言われがちだけど、気配り上手な優しい人。



 ひとりに戻ると部屋は静寂に包まれていた。

階下の食堂は夜には酒場も兼ねて賑わうため、騒めきが屋根裏まで伝わってくるのが常なのに。

エランが部屋に入るまで聞こえていたそれが無いということは、魔法が使われたのだ。


(遮音の魔法・・・無詠唱だった。やっぱりエラン君は凄い)


 スレッタは床板が軋む小さな音を耳にしながら歩き、そうっと窓に手を当ててみる。

魔力があれば、エランの魔法を感じとれただろう。触れることだってできたかもしれない。

でも今は何も感じなかった。


「・・・エラン君・・・・・・」


 吐息と共に名前がこぼれ落ちる。

諦めつつも夢に見るほど焦がれた人との再会が叶ったわりに、湧きあがるのは喜びとは呼べないものだった。


会いたくなかった・・・

(・・・・・・会いたかった)

見られたくなかった、夢を失った姿なんて

(・・・会いたかった)

知られたくなかった、空っぽのわたしなんて

(会いたかった)

失望されるくらいなら二度と会えないほうが、よかったのに・・・

(違う、嘘だ)

逢いたかった、逢いたかった逢いたかった!


「ふっぐぅ・・・ひっ、ひっく、ふぇ・・・

わぁあああああっぁあーー!!」


 エランがまだ近くにいたら聞かれてしまうと思っても、我慢しきれず嗚咽が漏れた。

へたりこんで泣きじゃくれば溢れる涙が頰をつたって流れ、冷たい床を濡らしていく。


 スレッタは、ぐちゃぐちゃの感情を吐き出したくて声を上げ続けたけれど、胸のつかえは取れず。

どんなに泣いても、いつまでも苦しいままだった。

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