魔女になるには 2
◇
転機は向こうからやってくるものだと、スレッタは実感していた。
目の前には焦がれて忘れられない人が、あの頃より成長した姿で立っている。
「急に押しかけてごめん。久しぶり、スレッタ」
子どもの頃より数段低くなった声は、それでも柔らかくて優しい。
屋根裏の窓ガラスを小さくコツコツコツとノックして、こちらの注意を引いて、まず声をかけてくれる気遣い屋さんなところも変わってない。
エランがいるーーースレッタが暮らす屋根裏の狭苦しい部屋に・・・あの、エランが。
「エラン君・・・どうして・・・・・・」
どうしてここに。もしかして探してくれたのか、そんなまさか・・・スレッタの頭の中は大混乱だ。
聞きたいことだらけで言葉に詰まっていると、エランのほうで汲み取って答えてくれた。
「・・・サバトで会えなかったから、身体を壊したのかもしれないと思ったんだ。
それで、訪ねた」
サバト・・・成人した魔女や魔法使いが集う夜会。空を飛んでも目立たない新月の夜にだけ開かれる魔法の宴。
エランは先に成人してるので、サバトでスレッタの成人を待っていたのかもしれない。
ひょっとしたら何度も探してくれたのかも。
スレッタは17歳だから、そこで再会できてもおかしくなかった・・・・・・魔女になれてさえいれば。
うつむいたスレッタの目に、痛んでボロボロになった自分の手と、色褪せた見窄らしい衣服が映る。
(私、エラン君の目にどう映ってるんだろう。こんな、こんな格好で、屋根裏暮らしして・・・魔法も使えなくなっちゃって・・・・・・約束、守れなかった)
恥ずかしくて情けなくて、自分のことをもっと嫌いになった。
エランにがっかりされたんじゃないかと考えるだけで、消えてしまいたくなる。
鼻の奥がツンとして目に涙が滲むのを、慌てて瞬きで誤魔化した。
泣いては駄目だ。泣いて、これ以上惨めな姿を晒すのは耐えられない。
ならば、いっそーーー
「か・・・えって・・・」
「え?」
スレッタの蚊の鳴くような声が届かなかったのか、はたまたスレッタに拒絶されたのが初めてだったせいか、エランは珍しく虚をつかれた反応をした。
スレッタは痛む胸を無視して、もう一度声を絞り出す。
「帰って、ください・・・お願い、帰って」
せっかく会いに来てくれたのに、ごめんなさいと心の中で繰り返す。
申し訳なくてエランの顔は見られなかった。
「スレッターーー・・・」
エランは何か言いたげにして、その場に少しだけとどまっていたが、結局何も言わずに去って行った。
ここを見つけるのに苦労したに違いないのに、突っぱねたことを責めるでもなく。
聞きたいこともあっただろうに、スレッタに会話する余裕がないのを悟って引き下がってくれた。
本当に変わってない。わかりにくいと言われがちだけど、気配り上手な優しい人。
ひとりに戻ると部屋は静寂に包まれていた。
階下の食堂は夜には酒場も兼ねて賑わうため、騒めきが屋根裏まで伝わってくるのが常なのに。
エランが部屋に入るまで聞こえていたそれが無いということは、魔法が使われたのだ。
(遮音の魔法・・・無詠唱だった。やっぱりエラン君は凄い)
スレッタは床板が軋む小さな音を耳にしながら歩き、そうっと窓に手を当ててみる。
魔力があれば、エランの魔法を感じとれただろう。触れることだってできたかもしれない。
でも今は何も感じなかった。
「・・・エラン君・・・・・・」
吐息と共に名前がこぼれ落ちる。
諦めつつも夢に見るほど焦がれた人との再会が叶ったわりに、湧きあがるのは喜びとは呼べないものだった。
会いたくなかった・・・
(・・・・・・会いたかった)
見られたくなかった、夢を失った姿なんて
(・・・会いたかった)
知られたくなかった、空っぽのわたしなんて
(会いたかった)
失望されるくらいなら二度と会えないほうが、よかったのに・・・
(違う、嘘だ)
逢いたかった、逢いたかった逢いたかった!
「ふっぐぅ・・・ひっ、ひっく、ふぇ・・・
わぁあああああっぁあーー!!」
エランがまだ近くにいたら聞かれてしまうと思っても、我慢しきれず嗚咽が漏れた。
へたりこんで泣きじゃくれば溢れる涙が頰をつたって流れ、冷たい床を濡らしていく。
スレッタは、ぐちゃぐちゃの感情を吐き出したくて声を上げ続けたけれど、胸のつかえは取れず。
どんなに泣いても、いつまでも苦しいままだった。