魔女 in 終末世界
今日は外に出る日だ。
魔女狩りが原因で地下に隠れ潜んでいたが、いつまでもこのままという訳にはいかない。
幸いにして、占いの結果では今日が外に出るのに一番良い日だと示されている。
「じゃあ、行ってきます」
誰もいない部屋に向かって声をかける。
この言葉を言いたくなったのは、今まで私を守ってくれた隠れ家に対する感謝の気持ちからか、それとも外を怖がる私自身を鼓舞するためか。
「……眩しい」
こんなにも日の光は強かったのか、と内心驚く。
「にしても」
ここはどこなのだろうか。
様々な建物があるのを見る限り、ここが町になっていたことは間違いないはずだ。
しかし、町というには人の気配が感じられない。いや、人の気配どうこう以前に、現在進行系で人が住んでいる町とは思えない様子だ。
雨風を凌げそうにもないボロボロな建物。草の生えた道。大きな鉄の馬車。
「何かあったんだろうなぁ」
マリオネットの持ち手みたいなものが空を飛んでいるのを見ながら、ぼんやりと呟いた。
※ ※ ※
私はまず、人間を探そうと思った。
空も太陽も草木も、魔法で部屋の中に再現していたから、今さら物珍しい目で見ることはない。
しかし、人間だけは違う。思いもよらない行動をする『他人』だけは、魔法で作り出すことができなかった。
「誰か、話し相手になってほしいなー」
そのために、欠かさず声を出す練習もしている。……話し相手がいなかったから、独り言ばっかりだけど。
そんなこんなで、辛うじてそうだとわかる道を進んでいると、ワンッ、とどこからともなく犬の鳴き声がした。
私が探そうとするよりも先に、声の主は私の前まで歩いて来た。
「……だ、大丈夫?」
その犬は右前足が鉄の足になっていた。
普通に動けているのを見る限り、問題はなさそうなのだが、魔力を少しも感じないのが気になる。
まさか、この処置をしたのは魔女じゃない? だとしたらすごい、どういう仕組みなんだろう。
人懐っこそうな子なので、しゃがみ込み、そっと腕を広げてみる。こっちから迫って怖がらせたくない。
そんな思いに反し、犬は全力で突進してきた。
「きゃっ! そこまで力強いのは想定していない!」
上に乗った犬をどかそうと、両手で胴体を掴む。
もふもふ! あたたかい!
動物を撫でるってこんな感じだったのか。あまりにも心地良い撫で心地に、どかそうとする意志が消し飛ぶ。
しばらく撫でていると、ワンちゃんのほうから離れていった。
名残惜しい気持ちでいっぱいになるが……
「着いてきて、ってこと?」
魔女は自然から様々な事柄を読み取る力が必要だ。占星術もその一つだと言える。
ワンちゃんは私に背を向け、催促するように顔だけをこちらに向けている。私をどこかに連れていきたいのだろう。
箒には乗らず、歩いて移動する。
外に出てすぐ箒に乗ってみたのだが、完全にコツを忘れていたせいで、
思いっきり落ちてしまった。近いうちに乗れるよう頑張るつもりだが、今はまだ恐怖心が残っている。
「君が連れてきたかったのはここ?」
そう尋ねる間もなく、この子はある建物の中に入っていった。
入口の上辺りに『DONUTS SHOP』の文字が書かれている。なんと読むのか分からないが、店っぽい見た目をしている。
建物の中は薄暗く、汚れている。
食堂らしき場所の奥の方に進む。
「これは……」
犬は椅子に横たわっている少女を心配そうに見ている。
少女は痩せており、元気がない様子だ。餓死するほど深刻ではないにしろ、健康的とは言い難い状態だ。
ポケットから編んだ麦穂を取り出し、呪文を唱える。するとたちまち麦穂がパンに化ける。
机にハンカチを敷いて、パンをその上に置く。
コップにちょうどいい容器があったので、持ってきていた革袋から、その中に水を注ぎ入れる。この革袋は、魔法で水が補充されるようになっている。
「ん、うんん……」
少女はおもむろに声を出す。
「起きた?」
「……あ、あなたは」
「私? 私は……魔女だよ」
魔女が隠れ潜むようになってから長い年月が流れた。人間界で魔女がどんな扱いになっているのか知るためにも、あえて包み隠さず答えた。
そして奇妙なことに、少女は胡散臭そうな表情を浮かべた。敵意の目、崇拝の目は何度か向けられたことがあるが、この反応は初めてだ。
「なんですか、その帽子」
「えっと、私物だけど」
「そういう意味じゃ――」
視線が机の上に向けられた直後、言葉が途切れる。
「な、なんですかこれは! 保存食じゃないパンに、透明な水、どうしてこんなところに」
少女はハッとしたようすで私から距離をとる。
「な、何が望みですか」
「望みって、私はただ、あなたが痩せているのが気になって」
「そんな話、信じられる訳ないじゃないですか。珍妙な帽子を被っているし、勧誘ですか!? 水一杯程度じゃ釣られませんよ!」
あまりにも強く拒絶されて面食らう。
透明な水に驚いているのも気になる。水くらい川なり井戸なりに行けばあるだろうに。
……あれ、そういえば井戸を見かけた記憶がない。この町には井戸がないのだろうか。
でも、水がない場所に町はできないし、やっぱり水に驚くのは不思議だ。
「あの、そんなに警戒しないで。私はただ――」
なだめようとしたその時、ワンッ、と威嚇するような声が発せられた。
「ご、ごめんなさい、悪気があったわけじゃ」
驚き戸惑っていると、少女は私の胸ぐらをつかみ、カウンターの裏まで強引に引っ張っていった。
少女は私の帽子を奪って投げ捨て、頭を押さえつける。
「静かにしてください」
ただならぬ様子に気圧され、コクコクと頷く。
頭を少しだけ出して外の様子を伺う少女にならい、私も隠れたまま外を見る。
鉄の箱がガタガタと音を立てながら、建物の中に入ってくる。今どきの鎧って、服みたいなやつじゃないのか。
私は小さな声で尋ねる。
「あれは?」
「馬鹿なフリはやめてください。暴走した治安維持ロボットですよ。見つかったら銃で撃たれるので、死ぬ気で隠れてください」
何が何やら分からないが、とりあえず少女が私を守ろうとしてくれているのは分かった。
「ねぇ、私があれを追い払ったら、悪い魔女だと思わないでくれる?」
「はぁ? 銃もないのにそんなことできませんよ。現実を見てください」
「そのジュウ? が何かは分からないけど、目に見えるものだけが武器でもないんだよ」
そう言って私は、カウンターを乗り越える。
「ああ! 駄目です、早く逃げて」
少女の言葉を無視し、私は鉄の箱に手を伸ばす。
『サメ、が、警察署内、に侵入したのを確認しました。市民の皆様は、警備員の指示に従い、速やかに、屋内、に退避してください』
箱の中から聞こえる声を気にせず、魔力を練り上げる。
「影」
私の言葉に反応して、建物内の影が一斉に鉄の箱にまとわりつく。
私が腕を振ると、影は箱を建物の外に投げ飛ばす。
放物線を描き、箱は向かいの建物に刺さる。
「……あっ、もしかしてやりすぎたかな? 丈夫そうな鎧だし、大丈夫だと思うけど」
「い、今の」
少女はどもりながら疑問を投げかける。
「今のはどうやって、いえ、どうしてそんなことができるんですか」
影を操るという意味では、色んな理論や実践を経てできるようになったことだ。
しかし、少女が聞きたいのは、そういう細かい話じゃないだろう。
人間がこういう疑問を持つときは、大抵ここから説明しなければならない。
だから私は再びこう宣言する。
「私、魔女だから」