魅惑のしっぽ

魅惑のしっぽ



 目の前でふわふわと揺れる丸みを帯びた尻尾を見て、エランは自身の胸の中にむくむくと悪戯心めいた感情が浮かび上がるのを感じた。


 エランは魔法使いである。強い魔力と呪いを持ったエランは、人里離れた森の奥地でひっそりと一人で住んでいた──のは、もう随分と昔の話だ。

 とある出来事からエランの使い魔となったたぬき少女のスレッタは、あっという間にエランの家に馴染んだ。スレッタが来てからというもの、いつも沈黙と影が落ちていたエランの家は太陽が昇ったように明るく賑やかになった。スレッタが来る前の自分がどう日々を過ごしていたのか、エランはもう碌に思い出すこともできない。

 そんなスレッタは、人間とたぬきの二つの姿を持っていた。普段は魔力消費の少ないたぬきの姿でいることが多いが、こうして家事をしたりエランの手伝いをする時は人間の姿になる。しかしスレッタは魔力のコントロールが少し不得手のようで、たまにたぬきの尻尾や耳が残っていることがあるのだ。

 ちょうど、今現在のように。


「……」


 ぴょこぴょこと小さく動く可愛らしい尻尾に、エランの視線は釘付けになる。あれはひどく柔らかく、極上の触り心地なのだ。更にはぽかぽかと温かく、お日様の香りまでする。疲れたエランをいつも癒してくれる、魔法の尻尾なのである。──もっとも尻尾に限らず、スレッタの存在そのものがエランにとって癒しであり、かけがえのないものであるが。

 しかし、今現在エランの眼前では、ふわふわの尻尾はふりふりと揺れているのである。恐らく無意識なのだろう、微かな鼻歌と共にリズムを刻み、ぴょんと跳ねたりふりと揺れたりする尻尾を見つめているうちに、エランはどうしようもないくらいの衝動に襲われた。

 あの尻尾に触りたい。

 あのふわふわとしてもふもふとして柔らかくて温かくていい匂いのする尻尾に触れたい。触りたい。たぬき姿のスレッタを撫でると、いつも嬉しそうにふにゃりと顔を蕩かせる。あの表情を、人間の姿のスレッタでも見てみたい。スレッタに触れたい。

 むくむくと湧き上がる気持ちはどんどんと大きくなり、とうとう限界になって弾けた。

 す、と手を伸ばし、そのふわふわの尻尾に触れ、その付け根まで手を伸ばして──


「ひょわあぁぁぁ!!」


 スレッタは大きな声を上げて飛び上がった。ついでにエランも飛び上がった。

 しゅたっと着地したスレッタは、尻尾を抱えてくるりと丸くなる。その姿を見て、エランは大いに焦った。嫌なことをしてしまったか。家事をしている最中に邪魔をしてしまったから怒っているのか。やはり一声かけて許可をもらってから触るべきだったか。

 無表情の下で焦りに焦るエランの服が、くいと軽く引っ張られる。視線を下に向ければ、顔を真っ赤にしたスレッタが、たっぷりと涙を溜めた美しい青い瞳を潤ませながら、上目遣いにエランを睨んでいた。


「……えらんさんのえっち」


 つん、と尖らせられた唇が紡いだその言葉は、エランを数日寝込ませる魔力を秘めていた。


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