『鬼姫』ヤマト

『鬼姫』ヤマト



「お父さ〜ん見て見て!」

「(あぁ、"また"か)」


カイドウは深い溜息を吐く。

百獣海賊団の宴が行われる部屋に

ドタドタと足音を立てながら入ってきたのは一人娘のヤマトだ。

今年で8歳になる娘の頭には立派な角が生えており

カイドウと確かな血の繋がりがある事が窺える。

彼女の右手には彼女の身の丈に合った金棒が握られていた。

やや物騒かもしれないが、これも「父親とお揃いの物を持ちたい」

という幼子なりの気持ちの現れなのだとすれば、何とも微笑ましいものである。

そして左手にはなにやら串に刺した肉の様なものが…





「今日は町民の"舌"を引っこ抜いてきたんだ‼︎」

「ぜんぶで8人分!…うまく抜いたつもりだったんだけど、そのうち5人は死んじゃってさ…」

「子供の1人は中々口を開けないもんだから、頭をカチ割って無理矢理取ってきちゃった!」

「これからこれを串焼きにしておこぼれ町に持ってこうと思って!」


串に連なって刺さっているのは人間の舌だった。

はっきり言って異常な光景だ。

無垢な子供にはあまりにも不吊り合いな…


…いや、ある意味吊り合っているのかもしれない。


ヤマトの袴は裾の部分がべっとりと真っ赤な血で汚れており

頬にも所々返り血が飛んでいる。

よく見ると、その右手の金棒の表面には、人間の頭髪が生えた皮膚と、まだ溢れたてと思われる新鮮な脳漿が…


「ヴゥ…オ゛エェ…!」


同席していた部下の1人が吐き出した。

組織の長も来席している宴の場で嘔吐するなど無礼千万だが、

カイドウはそれを咎めようとはしなかった。


「(…どうしてこうなっちまったんだ)」


カイドウは娘が変貌する以前の事を静かに思い返していた。


光月おでんの処刑が行われたのは今から半年前。

最期の最期まで家臣を庇いその生命を散らした、まさに"漢"の死に様であった。


そして、その処刑の見物人の中には娘のヤマトも居たらしい。

それを知った時、カイドウは僅かながら「しまった」と思った。


1人の気高き侍を実の父親が騙し殺した場面を見られた気まずさ…勿論それもあったが

何より"不味い"と思ったのは、それを見た事でヤマトの心情がどう変化するかだった。


ヤマトは昔から心優しく、ワノ国の民にも分け隔てなく接していた。

そんな娘がおでんの死に様を見てどう思うだろうか…?

「ぼくも侍になりたい」

「ぼくもあんな風にカッコよくなりたい」

大方こんな事を口走りに自分の元を訪れるだろう。

カイドウの予感は見事的中し

その夜、自室にヤマトは入ってきた。


「お父さん…ぼく、話があってきたんだ」

「ヤマト……言いたい事はさっさと言え。くだらねェことだろうが取り敢えず聞くだけ聞いてやる」

「実はぼくね、今日の『光月おでんの処刑』を見て…自分でも抑えられない気持ちが湧いてきたんだ…!」

「(やっぱりか…)」

カイドウは苦虫を噛み潰した様な顔をしながら

『これからどうやって娘の思想を矯正していこうか』思案していた。


「その、ぼくね……"人間があんな風になる"の…はじめて見たんだ…」

「(………ん?)」


だが、ヤマトの答えは全く違った。

身体をモジモジとさせて息が荒くなり、顔も僅かながら高揚している。


「ぼく、あんな風に人を殺してみたい!!!」



次の日、急拵えの大釜が用意され

その中に煮えたぎる油が注がれた。

ヤマトは無作為に選んだ町人を次々と釜の中に蹴り落としていった。


「お辞めください!鬼姫様‼︎どうか命ばかりは…!」

「うるさいなぁ!早く落ちてよ!後が閊えてるんだから!!」

「ゴブベッ!?……ギャアアアアアアアッッッッ!!!!」

「あはは!変な声〜!」


飛び込むのを渋る者は金棒で殴り飛ばして叩き込み

油の海で叫ぶおぞましい断末魔を聴いては、その度腹を抱えて笑っていた。


カイドウは目の前で繰り広げられる地獄絵図を呆然と眺めていた。


『鬼姫』


これはヤマトが己の跡を継ぎ、ワノ国を治める事を想定して

周りの者に呼ばせていた通り名だった。

当のヤマトは鬼とは真反対、虫も殺せなさそうな性格だったが。


だが今はどうだろうか?

人の命を虫けらの如く弄び、煮えた釜に突き落とすサマはまるで地獄の獄卒。

鬼姫という通り名は今の彼女にピッタリであった。


それからヤマトの"遊び"は日に日にエスカレートしていった。

ある時は剣山を素足で歩かせ、ある時は万力でゆっくりと締め上げて頭蓋を砕く。

とある日には、生きたまま剥き出しにした脳味噌を指で突っつき回し、反応を楽しんだ。


流石に見かねたカイドウが一度拳骨を見舞い、キツく叱りつけた。

『人間の命を弄ぶな』と

海賊が人命の在り方について問うのも変な話であるが。


「い、いたいよぅ…お父さん」

「当たり前だ…お前が殺してきた奴等はこれよりもっと痛てェ想いをしながら死んでいったんだ」

「分かったならおれの真似事はやめてキチンと鍛錬に…」

「真似事!?ち、違うもん!!」






「ぼくは楽しいからやってるんだよ!!人を精いっぱい惨たらしく殺すのが楽しいんだ!!!」

「なんで人をむごく殺しちゃダメなの!?誰が決めたの!?教えてよお父さん!!!」


カイドウは唖然とした。


ヤマトはあの日の自分を真似て、人々を処刑していると思っていたのだ。



……いや、そう"思いたかった"のだ。


カイドウもワノ国に来るまで海賊として様々な無法者を見てきた。

そんな者の中には、同じ人間とは思えない様な者達もいた。


「(……『ロックス』の所に居た頃にゃ、片手で数えられる程度だが"そういう奴"は居た)」

「("そういう奴"がバカやる度に、白ひげは顔を顰めていたな…)」


子供が小さな虫相手にやるであろう残酷な遊びを、人間に対して嬉々として行える、

『罪悪感』そのものが欠落している人間。


「(ヤマトが……"あいつら"と同類だっていうのか…)」


おでんの処刑を見てそうなったのか

それとも生まれついて持っていた"素質"があの日目覚めてしまったのか


どちらにせよ、もうかつての穢れない娘に戻る事は二度とない。

カイドウもそれだけは確信が持てていた。



今日もヤマトは金棒を担いで国中を駆け回る。


「おーい、待て待て〜!ぼくと一緒に遊ぼうよー!!」

「嫌ァァァァ!!!!」



楽しいオモチャを捕まえるために


「そーれ!捕まえた〜‼︎」

「たすけて…お母さん…たすけ」

「え!ぼくと遊ぶのがそんなに嫌なの!?」

「しょうがないなぁ…じゃあ手早く済ませちゃうよ?」

「まずはこうして頭のてっぺんに指を突き立てるでしょ?そしたら頭の皮をつまむ、そしてミカンの皮を剥くかのように…!!」

「ヤ…ヤメテ」





「それェ!!!!」



人を殺めて好奇心を満たすために


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