馬肉鹿肉は使いようって聞いたけど下準備がクッソめんどいからボツ!!

馬肉鹿肉は使いようって聞いたけど下準備がクッソめんどいからボツ!!


彼女は秩序を重んじる善人ではない。

言うなれば、混沌悪あたりに違いない。

自分ルールで楽しく生きていきたいし、世間のルールは知ったことではない。


なんか立ち入り禁止の札があっても、まあ、近道なら通っちゃおっかな〜! 今真夜中だし、立てたやつに見つからなきゃセーフよセーフ!

くらいは余裕でするような女である。


「でも昨日は普通に通れたのを封鎖する方がおかしくない? 近隣住民に周知してから立てるべきだよね!」

まあ、そうかもですけど。

「向こうがまずおかしいんだし俺が従ってやる義理とかナシ! もしバレても向こうが悪いんだから気楽なもんよ、ケケケ! ……ゲゲゲ!!」

ご覧の通り、独り言が多い女である。


それがウマス・ギカレーダ。

それが偽名か本名かも定かでない、料理がクソ下手で涙腺クソ雑魚な女である。

特技はギャン泣き、交渉ごと、と履歴書に書きかねない女である。

実家が店やっててよかったね。


……いや待てよ?

自由自在の涙腺はむしろ強いのでは……?




そんな彼女が非日常に足を踏み入れたのは、おおむね自らの意思と言えなくもなかった。

こんなん不可抗力だろふざけんなとゴネれば通せそうでもあり、人によっては「それでも自分の選択だ」と言い切るくらいの……何ともいえない、中途半端な感じの始まりだった。


ご丁寧に立てられた立ち入り禁止の札をガン無視し、いつも使う道を通り、そして「英雄」を目撃する。

それは、引き絞った矢を無数に放つ姿だったのかもしれない。涼やかに呪文を唱えたのかもしれないし、幻想の獣を駆り鮮やかに空を舞う姿だったのかもしれないし、周囲に圧倒的な力を振り撒く狂戦士だったのかもしれない。

何はともあれ、別世界に触れてしまった一般人の末路はそう多くない。

迎合か拒絶か、あるいは忘却か。


彼女の存在に気がついた英雄による口封じを生き延びたのは、勿論「泣き落とし」なんて特技ではなく。

運命との出会いだった。




それは月夜のこと。柔らくも透き通った月光が差し込む中、男は顕れた。

「……貴殿が、私のマスターか?」

蓮色の淡い瞳が、彼女の存在を認める。

汚れ一つない純白布に、金と青の刺繍をあしらった衣。風にはためく巨大な旗槍を軽々と片手で振るうその男は、襲撃に荒れ果てた場において、ある種の神々しさすらあった。


逃走の過程で足を挫き、自宅に逃げ込むのが精々であった彼女は、その男を呆然と見上げるばかり。

全身泥まみれで擦りむいた膝を晒し、ボロボロと溢れる涙で乱れたままの顔面で、哀れな庇護者は口を開く。



「鱒多? いや、ウチではそもそも鱒は仕入れてないし足りてます。そもそもマスダさんでもないですね。マスダ経営の魚屋はあっちだわ店長と年齢も性別も全然違うっつの!!」

「……、……ん?」

俗世から隔絶された存在である美しい男が、困惑に眉を顰める。


「我がマスター、今何と?」

「あれ、でもマスダ屋って鱒そんな仕入れてたっけな……? どう見てもマスダが鱒仕入れるの面白くない? そんな面白いヤツじゃなかったような……もっとこう、クッソつまらない感じの……」

「……お前マジで何言ってんだ?」

「は? 独り言に口出してくんなよ誰だよお前」

とうとう、目前の男の纏う神々しさは消え失せた。

というか彼本人もかなぐり捨てた。


傷だらけの女に声をかけたと思ったら、すごい長文で意味不明な言葉をまくしたてられてしまっては……さしもの男も、対処のしようがない!


ギカレーダが知る由もないが、男は神の力を宿す身である。

紛れもない上位存在としての格を有するモノである。

自らに芯があり、神の性質もある英雄である。

本来ならば、滅多に揺らぐこともなかったろうに。


「……あー……お前は今、何者かに襲われているんだろう? ならば助けるのが道理だ。お前は俺に助けてもらえるってことだけ分かってりゃいい、大人しく待ってな!」

ばしん、と馴れ馴れしくも背を叩いた男はそのまま外へとカッ飛んでいく。ぶっ壊れていた天井から差し込んでいた美しい月光は、舞う砂煙に遮られて微妙な差し方になった。

外へと飛んだ彼の心中に、混乱がないとは言い切れない。少し距離を置きたいという気持ちが、微塵もなかったとも言い切れない。


対するそれを「おーよく分かんないけどかっけーじゃん」と見送るギカレーダに、混乱の二文字はない。マジっょぃ。

悲しいことだけど、馬鹿相手って道理では勝てないのよね。




——以上の出会いをもって、彼らの関係は決定された。

マスターとサーヴァントなぞ偽りの姿。

其は愚かな振る舞いを続け、周囲を振り回す大災害。

ボケることにより相手にツッコミを強制し、時には梯子を外し嘲笑う悪。

クソ雑魚料理人と宮廷料理長。その名をウマス・ギカレーダとビーマセーナ。


よく分からんまま聖杯戦争に身を投じる一般人、非日常に足を踏み入れたばかりのランサー陣営である——

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