馬に蹴られる方がマシ
少し前に部下の結婚の話題かなにかで好い人はいないのかと聞いたら「俺のこの身体が好きな奴は俺の性格好かんもんで」と返された。
確かに黙っていれば年端もいかない少女のようですらあるのに、口を開けば気の強い女傑では尻込みする男も多いのだろう。
なにより彼女は隊長なのだしと、そう思っていたのだけれど。
「孕ませられたんで祝言挙げたいんやけど」
「ええ……」
「一人で産むからええ言うのに、外聞がどうの言われたんで出来れば早めにどうにか出来たりせぇへんやろか」
「なんでボクに言うの……」
折り入って相談があると言われて応じてみれば、なんとも衝撃的な内容で思わず夢かと頬をつねりたくなった。
もちろん夢なんかじゃなく完全なる現実ではあるんだけど、ボクってわりと部外者じゃない?
「なんでって、つるんでる奴らに言うたら芋づるで全員にバレそうやし、浮竹さんは具合悪そやし、卯ノ花さんにはもうバレとるし、直接総隊長に言うのはキツいもんで京楽さんに一度話しとこかな思て」
「そっかぁ……そうだね……」
山爺に直接言うのが憚られるのもわかるし、知り合い一人に相談して全員に広がって面倒なことになりたくないのもわかる。
でもボクを面倒ごとに巻き込まなくてもいいんじゃない?ほら、卯ノ花さんに協力してもらうのもアリだと思うしさ。
うん、まぁね、そういう事務処理とかいい感じに手回しするのが得意なのはボクの方ではあるけども。
「一応聞いておくけど、お腹の子の父親って」
「これ」
「だよねぇ……」
当たり前だけれどこんな内々の話をするところに部外者がいるはずもない。それはいつものように彼女の後ろに付き従っている彼も同じことだ。
ぞんざいに指差されたというのに指し示された先の惣右介くんはこれ呼ばわりも気にせずに人畜無害を絵に描いたような笑顔で微笑んでいる。
それが自分の上官に手を出して子供作ったというのだから、人は見かけによらないというか。案外と"やる"方だったんだねと変な笑いが出そうになる。
「月のもんも不定期やし早々出来へんやろと思ってたから油断しとった隙をつかれて」
「それで結婚を?でも普通は逆じゃない?」
「まぁ、俺も男から『子供が出来たんです、結婚しましょう』なんて言われるとは思わへんかったけども」
「あなたは産むと思ったので」
その一言だけで計画的だっていうのが嫌というほどわかる自分が嫌になっちゃうねホント。
一人で子供を抱えるか自分と結婚するか迫るなんて、もうなりふり構わないというか。
さすがにそこまでとはボクも思ってなかったな。
「で、いつ頃産まれそうなの?」
「まだ膨らんでへんからあれやけど、早ければ半年後には」
「じゃあ祝言はその後にする?順番がちょっと前後するくらいならどうにかなると思うけど」
「いえ、早い方がいいです」
そりゃ惣右介くんはそうだろうけど。ほら一応そういうことって主役はお嫁さんというか、なんか色々都合とかあるじゃない。
あー……いやでも、子供に万が一のことがあって結婚まで白紙とかになる可能性まで考えてるのかな。
そうだとするならどうやっても簡単には逃げられないようにしておきたいってことだろうか。
「そうなると相当忙しいよ?」
「じゃあ内輪だけの簡単な式やって……」
「準備は僕がしますから、問題ありません」
「ええ……イヤや、面倒や」
「当日以外は僕が責任もって準備します」
もしかしたら単純に一刻も早く自分の物にしたいだけかもしれない。むしろそっちの方が可愛げがあるからそうであって欲しい。
男の影があった記憶はないけれど交遊関係は広かったはずだから、独り占めしたいと考えるなら気が気じゃないのも本当だろうし。
というかそういうことにして、これ以上のなにかが出てきて巻き込まれたりしないうちに早く終わらせてしまいたい。
「うん、じゃあまぁ、話は通しておくから」
「俺がやるより三倍は早そうでありがたいことやわ」
「惣右介くんに任せておいても早かったんじゃない?」
「間に人でも入れとかんと、こいつ変な気起こして俺のこと閉じ込めそうで恐いやろ」
「そんなことしませんよ」
いやぁ……できるならするんじゃないかなぁ……と喉元まで出てきた言葉を飲み込む。ボクだって藪はつつきたくない。
さすがに少し前に入れ替りが続いたとはいえ、痴情のもつれで隊の隊長と副隊長が揃って使い物にならなくなるとそれなりに困る。
「仲良くしてね」
「こいつ次第やな」
「お腹の子のためにもね」
「それもこいつ次第やな」
冗談でなく、本当に子供のためにならないって思ったら小さい子供を抱えて行方を眩ますくらいしそうで本当に怖い。
本当にお願いだから痴情のもつれで瀞霊廷めちゃくちゃにしたりしないでね、二人ともやる気になればできちゃいそうなんだから。
なにもできないボクは惣右介くんができるかぎりいい夫でいい父親であってくれるよう祈るしかない。そしてついでにもう巻き込まれないように祈りながら、何度目かわからないため息を心の中で一つ吐いた。