香る
うららかな昼下がり。微睡を誘うような陽射しが窓辺を明るく照らしている。
いつものエランなら、こんな日はリビングのソファに腰掛けて読書でもしているところだ。
そして使い魔のスレッタは隣で、彼女自身の尻尾を枕に丸くなっているはず。
しかしスレッタは今、エランの耳の後ろに鼻先を突っ込んで、しきりにフンフンと匂いを嗅いでいた。
ーーどうしてこうなったのか。エランはただ、転びそうになった彼女を抱きとめただけだ。本当にそれだけ。
なのにスレッタが急に興奮して全身の毛を膨らませて・・・ーーー
「し、知りません、でした!エエエ、エランさんって!そ、そんなっ良い匂い!するんです、ねっ!」
なんて叫ぶから、びっくりした。
何がいけなかったのだろう。恥ずかしがり屋の彼女に配慮して、極力接触を減らしていたせいか。その反動なんだろうか・・・
だけどまさかエランの匂いを嗅いだだけでこんな風になるとは思わないだろう。
スレッタ曰く「爽やかで繊細でキラキラと澄んでいて、でもお花みたいに甘くて、物静かで儚いのに一度嗅いだら忘れられない匂い」だったか。
自分の袖口を嗅いでみてもわからない。全然わからない。
そもそもエランは香りのするものなんてつけてないのに。まさかエラン自身の香り、ということはあるまい・・・もう何が何だか。
エランの肩に前足をかけて背伸びするスレッタは可愛い。ふわふわの毛に癒されてもいる。
でも息がかかってこそばゆいし、だんだん恥ずかしくなってきた。もうやめてほしいけど、普段は手を繋ぐのでさえやっとのスレッタが膝に乗り上げてまで嗅いでいるのを止めるのは気が引ける。
じっと我慢して動かずにいたが、顔が赤くなってるだろうなと思ったのが限界だった。
エランは膝上のスレッタをぎゅっと抱きしめて、その柔らかい毛に顔を埋めた。
「ひゃああっエッエランさん!?」
「・・・君だけずるいよ。これでおあいこ、だね」
スレッタからは元気で明るくて優しい香りがする。好きだ。
「スレッタも良い匂いがするよ」
スレッタの気持ちがわかったエランは、焦ってワタワタするスレッタにそっと頬擦りして微笑んだ。