飛花落葉
白黒人外メーカー様より画像使用お花を一輪、貰いました。
柔らかな布を一枚、貰いました。
何処にいても自分だと分かるように、印としてチョーカーを貰いました。
天使は人には見えないので
/見えてはいけないので、
天使は人には触れられないので
/触れてはいけないので、
そうでもしないと彼は天使のことを認識できません。
声も、天使から聞こえるようにしないと彼は認識できません。
見てはいけない、聞こえてはいけない、触れてはいけない。
天使はそういうものなのです。
天使とは、そういう存在なのです。
だから姿を現すことはできないと天使が話すと、彼は「こうすれば天使様がここに居ると分かるから」と言って印をくれたのです。
人からしたら、天使は恐ろしく見えるのだそうです。
沢山の「目」が不気味で、沢山の「■」が悍ましくて、一目見るだけで気を狂わせてしまうのだそうです。
だからぜったいに、ぜったいに姿を見せることは許されないのです。
啓示の時だけ、認識できるように、怖がられないような姿を取ることはあるけれど。
そんなことはもう何百年もしていません。
何年も何年もずっと長いこと、この天使は人の前に姿を見せることはなくて。
言葉をかけることはなくて。
_______お花と、布と、チョーカーも、本当は、受け取ってはいけないのです。
人の信仰は天の父にだけ向けられるもの。
天使は信仰対象ではないのです。
天の父以外への信仰はいけないこと、偶像崇拝はいけないことなのです。
いけないのだけど。
でも、
______嬉しかった。
笑みも、感謝も、労りも、それは本来自分に贈られるべきものではないことは分かっていた。
それは真っ当な天使なら拒絶するべきことであることくらい、天使も分かっていました。
それでも、嬉しくて。
向けられるべきではないその感情を向けられたことが、ただ嬉しくて。
天使はその「愛」を受け入れてしまいました。
天使が布ごしに花を持つと、彼は穏やかに笑いました。
「これ、エーデルワイスっていう花らしくてさ、高貴で美しい花だって言われてるんだって」
「天使様はきっと美しい姿をしてるだろうから、ピッタリだと思ったんだ」
天使は、この花は自分には不相応な花であることは分かっていました。
天使の姿は彼の想像する自分の姿とはかけ離れている。
彼の考える天使は人に似た形をしている。
羽根が生えていて、神々しい光を放っていて、それでいて彼のように毛がふさふさと生えていて、すべすべな白い肌をしている。
天使とはとても、そんな姿じゃないのです。
天使の姿は人にとって気味が悪くて、悍ましくて、恐ろしいもので、こんな花に似つかわしくない姿をしているのです。
だから天使には、これを受け取る資格なんて本当はなかったのです。
なかったのだけど、受け取ってしまったのです。
「天使様ならきっと、騎士の格好も似合うよ。もし天使様が騎士だったらさ、翼の生えた白い馬に跨って、空から降り立ってこうオレ達に言うんだ、我が名はフランソワ!天空の騎士である!ってな」
「え、フランソワって?…いや、なんだかカッコよさそうな名前だろ?フランソワって」
それは幼い子供の夢物語。
何も知らない子供の、正しくない天使の姿。
天使は天使で、それ以外の何者でもないのです。
でも彼の語る「フランソワ」はとても素敵な天使のように天使は感じました。
正しくなくて、存在しないのに。自分よりずっと素敵な天使だと思ったのです。
光の束を集めたような金色の髪、白く透き通った肌、まるで雲一つない青空のような瞳。
冷静沈着、神への信仰心に満ち溢れた男。
天使は彼にそんな「フランソワ」のような存在だと思われていたのです。
____あまりにも、かけ離れている。
もしも彼が自分の本当の姿を知れば、と、天使は知られるのが恐ろしくなりました。
「フランソワ」に友人ができました。
「シャルルマーニュ」と、「十二勇士」です。
彼はもう、天使を「天使様」とは呼ばなくなり、「オレ」の話をしなくなりました。
彼は最近、天使の方を見てはくれません。
天使が言葉をかけても、あまり反応しなくなりました。
一人言のように、まるで一人で存在しない何かに喋っているかのように話すようになりました。
彼が「フランソワ」の話をしなくなりました。
それから少し経って「シャルルマーニュ」と「十二勇士」の話もしなくなりました。
彼はもう天使のことを見てはくれません。
話しかけても、まるで聞こえていないかのように振る舞います。
何も語りません。何も喋ってはくれません。
彼は笑わなくなりました。
正確に言えば、笑っても心から笑わなくなりました。
怖い顔ばかりで、昔の面影なんてもうどこにもないかのよう。
天使が彼の目を覗き見ても何か遠い何処かを見ているかのようで、目が合いません。
花はいつのまにか萎れて散ってしまいました。
彼の周りには人が多くなってしまったので、印を付けて一緒にいることもできなくなりました。
彼にとって天使はもういない存在になってしまいましたが、それでも彼の傍にいることにしました。
彼が死にました。
多くの人が彼の死を悲しみました。
しばらく経って、彼のことを忘れる人が増えました。
彼のことを忘れたくないという人々がいたので、天使は人に姿を変えて彼のことを教えることにしました。
彼がどんな人生を送ったのかを、事細かく教えました。
もっと他にはないのかと言われて、「シャルルマーニュ」の話をすると人々はその物語を好んで語り広めるようになりました。
「フランソワ」は、忘れ去られました。
フランソワは現実には存在しなかったので、物語にも存在できませんでした。
天空の騎士などは本当はいないのだから仕方ありません。フランソワという天使を皆知らなかったから仕方ありません。
フランソワは存在しません。
自分を天使様と呼ぶあの子はもういません。
なので天使は、またこの世から認識されてはいけないものになりました。