飛べ!僕らのメリュ子!

飛べ!僕らのメリュ子!



がたんごとん、がたんごとん

軽快な音を刻み、列車はレールを駆け抜ける。

特異点化した岩手県上空、星輝く夜空を銀河鉄道が疾走していた。

客室には大きな風穴が開き、ところどころに破損も見られる。戦闘がほんのさっきまで行われていた揺るがない証拠だ。


敵対サーヴァント、尾裂・玄蕃烝狐と渋川春海は叩き落とされた地上でライラプスと交戦中とのことであり、残された一行は残るこの暴走列車の後処理に考えあぐねていた。


「無垢なる者のみを受け入れる領域かぁ…僕にぴったりの言葉だと思ってたんだけど、なんでさっきまで入れてもらえなかったのかなぁ?悪属性だから?それとも最強すぎる僕じゃ燃料に出来ないって気付いたから?」


呑気に自分の周りでじゃれつく妖精騎士ランスロットの頭を撫でながら、マスターはこの特異点で最も長く活動していた現地のサーヴァント、田中久重(万年自鳴鐘)に意見を求めていた。


〈この列車、どうやったら止まるかな?〉

「一番手取リ早イのハ機関室、要ハ先頭車両を破壊スるコトでスネ。デスが…コノ速度ノ物体ヲ壊スのは至難ノ業カト…。」

「オイオイオイ、この鉄の金脈をブッ壊しちまうのかよォ?勿体ないぜ、相棒!俺に預けてくれりゃぁドデカイ額で売り捌けるハズだぜェ!ハッハァッ!」

〈レジライ絶対脱税とか中抜きするじゃん!〉

「あ!あーしのniceなアイデアビビッときたかも!」


歯並びの良い大口を開け豪快に笑うコロンブスを静止するマスターに声を掛けたのは子供たちを肩車して遊び相手をしていたWow!シグナルだった。


「ブスっちのshipをドガガって銀鉄にぶつけて動き止めて〜、それをちっちゃい方のランスロっちが変身バーン!ドラゴンジャーン!宝具ドーン!でokなんjan?

この子たちとマスターはヘファっちのヘカホイで逃げればいいんだし。どうどう?」

「うぉぉぉぉぉんッ!“ブス”なんてあんまりな渾名付けないでくれよォ!」

「うんうん、この僕が最強であることを考慮した良い作戦だね。」


コロンブスの宝具で進行を堰き止め、照準を固定、そこから『誰も知らぬ、無垢なる鼓動(ホロウハート・アルビオン)』による対象の破壊というシグナルの提案に、一同は首を縦に振ることをもって同意とした。



「ぐ…う、うぁぁぁぁ‼︎‼︎」


突如として木霊するカムパネルラの叫びに周囲の視線が一斉に集まる。

そこには痛みに震えて疼くまる彼の姿があった。


〈だ、大丈夫?〉

「う…ダメだ…、マスターは近づいたら…ぐぅぅ…う、あ、あぁぁぁぁ‼︎‼︎」


手を差し伸べようとするカルデアのマスターを突き飛ばした彼の腕にばっくりと大きな傷が開かれる。

そこからは血の代わりにパイプや鉄板、ボルトなどの機械部品が溢れ出していた。

何かがおかしい。誰ともなく本能がそう伝える。少なくともカムパネルラの身には明らかな異常が起きており、それは新たなる波乱の幕開けなのだと直感的に感じ取ることができた。


「ハァ…ハァ…早く、僕を殺してくれ…!でないと、冬が…終わらない…!」

「ッ分かっている!…マスター、今は彼を制圧するのが最優先だ!手加減はできない!」


カムパネルラの捻り出すうめきと共に急加速し飛び込むランスロット。彼女の爪(アロンダイト)の切っ先が彼の胸元に向かうその瞬間、妖精騎士は強い衝撃を伴い後方に吹き飛ばされた。

見ればカムパネルラの体は既に腕だけでなく、全身に亀裂のような傷口が広がっており、そこから突き出された無数の鉄屑の塊に彼女は押しのけられたのだ。


「あゝ、あゝゝ…許してくれ…みんな、どうか、僕を、止めて…くれ…」


そう言うや否や体を夥しい部品たちの奔流に飲み込まれ、カムパネルラは機関室の方向へ連れ去られて行ってしまった。


『目標の魔力数値、上昇…!先輩、急いでそこから離脱してください!何かが…何かが来ます!』


対銀河鉄道用に地上で待機していたマシュからの通信はこの事態の危うさを物語っている。



燃料となった子供たちの救出には成功し、渋川の暗躍で銀河鉄道の狂化も緩和されたはずだった。

しかし、ここで一つの誤算が生じている。

それは、カムパネルラ自身の感情だ。

彼は基本的に鉄道のブレーキ、即ち理性を担う存在である。しかし、この一瞬、彼は最早解体されるだけとなったこの物体に共感し、同情し、そして寄り添ってしまった。志を共にしたそのほんの束の間の重なりが最後の欠けていたピースとなり、燃料として補填され暴走は完成したのだ。


「急げ!飛行能力を持たない連中は私の戦車に乗り込め!」


ヘファイスティオンの顕現させし『魔天の車輪(ヘカティック・ホイール)』に飛び乗り、一同は客室から空へ飛び出した。



鉄道はもうもうと煙を排出し、その全容を窺い知ることは最早叶わない。


かつて銀河鉄道と呼ばれていたその列車もどきは車輪の軋むような音を上げ、線路に沿って速度を増大化させていた。


「ふぅん。スキルの行使による形態の変化か。僕以外にも使うことが出来る機体があるなんてね。」


列車に隣接する形で夜空を舞い駆けるランスロットは怪訝そうな表情を浮かべ独りごちた。


煙に覆われたかつて列車だったものは側を飛ぶ稲光の戦車の骸竜にも青き妖精の騎士にも興味を示さず、奇怪な駆動音だけを響かせ前へ行く。

それはカムパネルラを吸収し真の姿への再臨を果たそうとする、その過程なのだ。


〈フェイカー!一旦地上でみんなと合流しよう!〉

「ああ、同感だ。こうも大人数を乗せてはまともな戦闘もこなせないからな。だが、殿(しんがり)はどうする?よもやあの鉄百足を放置するわけにも…」


南東方向、山々連なる地点に見える鉄道内部に侵入できない代わりに外からバックアップを担当するカルデアのサーヴァントたちの前哨基地の明かりを指して、マスターは指示を送った。


「なら、僕が残ろう。最後の竜である僕なら、心配はないでしょ?」


戦車に横付けし、マスターの瞳を真っ直ぐ見据える妖精騎士ランスロット。その強い眼差しに信頼という頷きを返し、彼らを乗せた赤い雷(いかずち)が地上へ走り去っていった。


「悪いけど、本気でやらせてもらうよ。

……うぅぅぅ……ぐああ!」


第三スキル、『レイホライゾン』によって黒く禍々しい竜人へと姿を変えるランスロット…否、メリュジーヌ。

コンマ1秒にも満たぬ数瞬で音すら超え、アルビオンの残骸は自由に、美しく星空を駆け抜ける。


全身からほとばしる熱線を撃ち込み、両の得物から放たれる力場の局所崩壊攻撃を躊躇うことなく発射する彼女ではあったが、それすら意に介さず蒸気にまみれたナニカは宙に出現し続けるレールの上を走っていく。

そして次なる技を見舞わんと接近したその刹那、メリュジーヌはとっさに大槍を構え棒業体勢をとっていた。

それとほぼ同時に現れ、振るわれた鋼鉄の剛腕による一撃、その衝撃を小さな身一つで受け止め、メリュジーヌは再び距離を取りながら並走を始めた。


煙が晴れ、遂に明らかとなったその容貌。

そこには荒々しく、強靭な四肢と客室を模した長大な尾、そして蒸気を吐き出し続ける無数のダクトを獲得した機械仕掛けの龍の姿があった。


「ギギ、ギ…ギ…切符ヲ…拝、見…‼︎」


壊れたオルゴールのようなうめきを上げ、無機質なアナウンスだけが鳴り響く。

銀河鉄道は目にも止まらぬ速度で跳躍し、その拳をぶつけてきた。

合わせるように衝突するメリュジーヌの得物との間には火花が散り、星のみが輝く暗闇を照らしだしていた。

二合、三合とぶつかり合いは続き、いつもは余裕綽々な彼女の額にも珍しく冷や汗が流れてゆく。


「うん、私としてはちょっと癪だけど、認めるよ。今の君…

──聖杯を原動機に焚べて走り出した君は、私を上回る出力のサーヴァントだ。流石に手に余るね。」


一つ、呼吸を置き目の前の相手を強く見据える。


「……でも、行かせる訳にはいかないな。私は最強だし…それ以前にマスターの騎士なんだ。

役目を果たす、そう使命(コマンド)を入力したのなら、最後まできっちり働かせてもらうよ!」


レールを踏み出し、前哨基地の方へ向け空中を走り出した銀河鉄道、その眼前に立ちはだかり、彼女は不敵に笑って見せた。



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