風神の加護或いは
風神ヴァーユの鹿があしらわれた小物入れ。かの英雄風神の子ビーマの物だと伝わるそれをとある遺跡で見つけ出した。遺跡を守る一族から隠された遺跡の場所を聞き出すのに些か血が流れたが大義のためならば致し方ない。一族の悲願を叶える為には強い英霊が必要だ。そうかの怪力無双の英雄ビーマセーナのような。小物入れの中には花弁の欠けた髪飾り、桃色の宝石が輝く簪、金色の髪止めが入っていた。
「それは何人も触れてはならぬもの!かの英雄が誰にも触れさせてはならぬと我等が一族に託したもの!お前の様な者が触れていいものではない!」
守り人の一族の男がそう言っていたのを思い出す。ビーマが奥方に贈った物であろうか?三人の嫁のうち誰に贈った物かくらいは聞いておけばよかった。しかし時既に遅し、死人に口なしである。ビーマが手元に置いて大事にしていたなら羅刹女の妻との思い出の品だったのかもしれない。まぁ誰の物でも構わない。英雄ビーマが召喚出来ればそれでいい。
そう、楽観的に思っていた。どうして、どうして、どうして。何処で私は間違えたのだろう?轟々と吹く突風、獣のような目をした英雄が大きな手で私の頭を鷲掴んでいる。どうしてこうなったのだろう。数分前の事を走馬灯のように思い返す。
「おう、ビーマだ、よろしくな。いや、最初ぐらいはきちんとしねぇと駄目か?兄弟たちが見てるかもしれんしな。……私はパーンダヴァ五王子の一人にして風神の子、ビーマ。貴殿の力となるべく参上した」
快活で爽やかな風のような益荒男。そんな英雄が王子らしく恭しく傅く。白菫の瞳がこちらを見上げる。ふとその瞳がキャビネット机の上の小物入れを見つめる。そして魔法陣に置かれた触媒となった小物入れの中身を見やる。突如荒れ狂う風に視界を奪われる。大きな手で頭を鷲掴みにされる。
「…以後よろしく頼むと言いてぇところだが…なぁ、話の途中で悪りぃんだけどよぉ“それ”何処で手に入れた?」
「こ、これはとある一族から譲り受けて…」
「譲り受ける?おかしいなこれは何人も触れさせることなくあの宮殿に安置しろときつく命じさせたんだがなぁ?」
「ひっ…」
英雄は部屋を見回す。あの遺跡から持ち帰ったものはこの小物入れだけではない。何せあの遺跡はビーマのものでありながらかつてはその宿敵ドゥリーヨダナの暮らしていたものでもある。ドゥリーヨダナ縁の品を使えば本人のみならずカウラヴァの戦士だって召喚できるだろう。触媒として高く売れる。ずらりと並ぶ戦利品に英雄は眉を顰める。
「荒らしたのか……。俺とあいつの宮殿を」
「も、申し訳ございません!奥方との思い出の品を勝手に使ってしまって…。しかしどうしても英雄の中の英雄たる貴方をお呼びしたかったのです!」
「…奥方?ふっ、はははは!お前アレが誰のモノなのか知りもしないで触媒にしたのか?」
みしりみしりと音がする。頭蓋骨の割れる音。
「悪ぃなぁマスター、何人たりとも触れるなって誓約を破った以上お前を生かしてはおけねぇんだわ。何、美味しく料理してやるよ」
狼の口が三日月に歪むのと同時に身体が折り畳まれた。
触媒を手に取りながらマスターだったソレに英雄は話しかける。
「なぁマスター、こいつはドゥリーヨダナのモンだ。この髪飾りはガキの頃俺が壊しちまった奴でな?こっちの簪はその詫びにって俺があいつに贈ったモンだ。あの女、よりよって毒殺事件の時にコレを着けてきやがったんだ。信じられるか?俺の贈った簪着けて仲直りしよう?なんて甘く笑ってきて。最悪の女だよなぁホント」
英雄は壊さぬように慎重に簪と髪飾りを小物入れに戻す。二千年経とうとも変わらず美しいソレは風神の加護故なのだろう。或いは英雄の妄執故か。最後に金の髪止めを手に取る。あの日、血溜まりに沈む彼女の髪から奪い取った金の髪止め。英雄はそっと自分の髪に髪止めを刺した。小物入れを抱え英雄は風と共に去った。
今度こそ誰にも触れられぬ場所を探さなくては。