『風のゆくえ』
〜レッド・フォース号 子育て会議〜
「ガキはなぜ寝ない!?泣き止まねェし!!ウタは怪物だ!!」
「じゃあハリ倒すか」
「手ェ出したらゼンインデでお前をボコボコだ」
「じゃあどうすんだ!!」「おれ達寝不足たまぞ!!!」
「…お?」
『〜🎶』
「…これだ!」
「キャッキャッ…スゥ…」
「な、泣き止んでよかった…」
「これから苦労するなぁ、パパさんよ」
「やめろよベック……」
…これは、私の中の最も古く、懐かしい記憶。
…私の大好きな、海賊達の歌。
〜数年後 フーシャ村〜
「へェ…音楽の国ですか。」
「あァ、もしかしたらウタも…」
「私の勝ちー!マキノさん、こんにちは!」
勢いよく酒場に突撃する。何か二人で話していたような気もするが残念ながら聞き取れなかった。
「あら、来たの…ルフィは?」
「あーチクショウ!卑怯だぞウタ!」
「出た、負け惜しみー!」
今日のかけっこも私の勝ちだ。相変わらずルフィはすぐ引っかかる。
「クソォ…明日の出港前に一回勝ってやろうと思ったのにぃ!」
「そう簡単に勝てると思わないで!私は赤髪海賊団音楽家なんだもの!」
「凄いだろう、俺の娘は!」
シャンクスに褒められてつい照れてしまう。
「シャンクスゥ!明日の航海おれも乗せてくれよ!」
「駄目だ。お前みたいなガキ誰が乗せるか」
「ケチー!」
相変わらずルフィは子供らしく駄々をこねている。それだから船に乗せてもらえないのではないだろうか。
「まァまァ、何か食べる?」
「じゃあ宝払いで!」
「またそれ?それ詐欺だよルフィ?」
あとから宝で返すなんて、一体どれだけの海賊が守るのだろうか。
「おれはちゃんといつか返す!」
「フフ…楽しみにしてるわ」
「ふゥ…休憩できたし、勝って気分いいから歌っちゃおー!」
「お、うちの音楽家のステージだぞお前ら!」
「おお!」「いいぞーウター!」
「ふふん…ちゃんと会場は盛り上がってるわね…」
あ明日の航海は少し長くなると聞いている。
しばらくはルフィやマキノさんに披露することもないかもしれない。
だから一生懸命歌ってやろう。その意気のまま、一番大好きな思い出の歌を歌いだした。
『この風はどこからきたのと
問いかけても空は何も言わない
この歌はどこへ辿り着くの
見つけたいよ自分だけの答えを
まだ知らない海の果てへと漕ぎ出そう』
〜10年後 スカイピア〜
ドンドットット♫ ドンドットット♫
『ギャッハッハッハッハ!!』
「はーっ…盛り上がってるね…」
「おう、やっぱ宴はこうじゃないとな!」
き今日の空島は大盛り上がりだ。悪質な神の消えた雲の世界の古代都市は、対立してた人同士で盛り上がっている。
「…いい太鼓音、いつかはこういう演奏出来る音楽家も欲しいね。」
この太鼓…というより、ドラムなのだろうか。何故か心に響く音色だ。
「そうだな、お前がシャンクス達のとこ戻る前にはおれたちも音楽家仲間にしねぇと!」
「…そうだね…よし、私も歌っちゃお!」
「お、いいぞウター!」
「待ってましたー!」
「………」
るルフィを背に祭りの中央に向かう。
今しがたの言葉にも背を向けるように前に進む。
最近、ルフィが億越えの海賊として名をはせてから考えることが増えてしまった。
…自分はあくまで赤髪海賊団であることを。
やがてルフィ達と分かれることを。
そこにこれ以上気持ちを取られないよう、声を上げた。
…私が、本当に進みたい道はどこなのか。
しばらく、その問の答えに悩み続けることとなった。
〜2年後 レッド・フォース号〜
「…………」
「……いよいよ明日だな。」
「……うん。」
2年の修行期間は終わった。
明日、私はこの船を去る。
シャボンディの、サニー号の…麦わらの一味のもとに行く。
「どうした。今頃になって名残惜しくなったか?」
「…少しね…私にとっては、ここが故郷みたいなものだもの。」
小さい頃、シャンクス達に拾われてから、ここは私の家であり、海賊団は家族だった。
「…懐かしいな。中々泣き止まないお前を相手にするのは、そこらの海賊より大変だった。」
「…それはシャンクス達が子供あやすの下手なんでしょ」
「何をォ!?おれの赤子あやしはあの…いや、なんでもない。」
「…?」
シャンクスが何か言おうとして口籠った。なんと言おうとしたのだろう。
もしかしたら、私もよく知らない家族の話があったのだろうか。
「…今更撤回する気はないんだろう?」
「うん。私は麦わらの一味のもとに行く。そこはもう変えない。」
あの日、ルフィの傍にいると決めた。
死ぬまでそこを変える気はない。
「そうだな。…なら迷うな。おれ達ももう迷わない。」
「うん…次会ったときには、また別の音楽家がいたりしてね。」
「うーん…そりゃ流石にねェだろうな!」
「え〜?海賊なのにもっと歌わなくていいの?」
「おいおい、うちにもちゃんとパンチとモンスターもいるんだぞ?」
「そりゃそうだけど…。」
「なんだ?もしかしておれ達がお前の代わりでも探すと思ったか?」
「う……」
正直図星である。
自分が正式に消えるとなれば、やはり追加の音楽家でも入るのだろうかという気持ちはあった。
私自身としては、探してくれる方が嬉しいのか嬉しくないのか…正直自分のことすら分かりかねてるが。
「ウタ。」
「…なに?」
「あまり思い悩むな。お前がいなくなっても、お前の歌はおれ達にとって一生の宝さ。」
…あぁ、やはり私は。
「…シャンクス。」
「なんだ、どうした?」
この船が…この家族が。
「今更改まるのもあれだけど…最後だから。」
「…?」
「…ありがとう。」
大好きだ。
「……!」
「私を拾ってくれてありがとう。私を育ててくれてありがとう。…私を、娘にしてくれてありがとう。」
「この先何があっても、私はあなた達赤髪海賊団の娘、ウタです。」
最後、最後の機会に一度だけ、今までのありったけの感謝を伝えたかった。
どうしても、お礼が言いたかった。
「………」
「…駄目だね、なんか気難しい感じになっちゃった……?泣いてる?」
「…馬鹿言え。娘の独り立ちだ。笑って送ってやるさ。」
「……うん。」
その目元に光るそれはなんだというのは、聞かないでおこう。
「…頑張れよ、おやすみ。」
「…おやすみ。…。」
シャンクスがいなくなったことを確認して、しまっていたTDを取り出す。
歌姫として何曲も出していた中で、世間に一切出さなかったこれを、もう一度しまい…
…この船で歌う、最後の歌を口ずさんだ。
『目覚めたまま見る夢決して醒めはしない
水平線の彼方その影に手を振るよ
いつまでもあなたへ届くように歌うわ
大きく広げた帆が纏う青い風になれ』
〜〜
「…戻ったな、ロックスター。」
「えぇ、無事に合流して、彼らと出航して行きましたよ。」
「……そうか。」
安心したような、悲しみを帯びたような声で船長が頷く。
「…それとこれ。」
「…?なんだこれ、TD?」
「後任…とかなんとか行ってましたぜ?」
『ロックスター!これ、お願い!』
(『…?なんすかこれ、TD?』
『うーん…後任!って、シャンクスに伝えて!じゃ!』
「ふむ……」
ななんのことだろう。そう思いながら再生をする。
『〜🎶』
「…!だっはっは!なるほどそう来たか!」
「…へっ。気ィ遣われたかお頭?」
控えていた副船長が静かに笑う。
「やかましい!お前ら!宴にするぞ!」
「おいおいお頭!これで何日連続だよ!」
「何日でもいいだろルゥ!ほら準備しろ!」
唐突な船長命令に、慌てて船員たちが宴の準備を始める。
「…たく仕方ねェ人だ」
「やかましい!」
ひ騒がしくなった甲板の端を見る。そこで今までウタを口ずさんでいた娘はもういない。
自分達の愛した宝物は、独り立ちをしていった。
「…離れていてもお前は一生…おれの娘だ。忘れるなよ…ウタ。」
例えウタがこの船から消えても、この海のどこかでウタの歌は響き続ける。
この船からも、彼女の歌声は消えることはないのだろう。
「新時代」への新たな風への一歩を踏み出した彼女への祝福を思いつつ、男はその手の中の後任の歌を再生させた。
『ただひとつの夢誰も奪えない
私が消え去っても歌は響き続ける
どこまでもあなたへ届くように歌うわ
大海原を駆ける新しい風になれ』