青春グラフィティ

青春グラフィティ

純愛も摂取しろ


「よーし!完成!」


 小塗マキは頭の高さよりもずっと上の方を眺めながら満足そうに声を上げた。

 視線の先には赤を基調にカラフルで弾けんばかりのペインティングが施され、その中心に『マキのもの』とデカデカと描き記されたグラフィティが鎮座している。

 もう少しカメラを引いてみよう。おいおいおい、なんということだろう。あろうことか、それはビナーの側面に描かれたものであった。

 信じ難いことに、ビナーはこのクソでかい芸術作品が完成するまでの十数時間の間砂漠に横たわり、あまつさえ自身の装甲に訳のわからない物体を投げつけられることを良しとしていたのである。


「どう?ビナー!かっこいいでしょ!」


 マキに呼びかけられたビナーは、赤毛の少女を潰さないよう慎重に身体をくねらせ作品を鑑賞しようとする。が、いかんせん頭部付近に描かれたものでどう頑張ってもカメラに捉えられない。

 あちゃー、とマキはビナーに元の体勢に戻るように指示してグラフィティを背景にスマホで自撮りをする。しばらくして、ビナーの元にBluetoothで画像が届いた。

 満面の笑みのマキと自身に施されたグラフィティ。画像分析如き造作もないはずのビナーの中央集積回路だが、マキの笑顔から感情を読み取るためにあらゆる回路を集中させ恒河沙単位のパターンで計算を行い……要するに数秒ほどマキの笑顔に見惚れていた。

 過負荷を知らせる警告にハッとしたビナーは、改めて画像を確認する。これは、彼女の名前?


「……?」

「うん?そうだよ私の名前!ほら、自分のモノには名前を書くんだよ。誰かに取られたら困るからさ……」

「!」


 マキの言葉にビナーは何かを思いついたようで、何か言いたげな様子でゆっくりと口を開く。


「おっ?なになに、面白いこと?」


 ビナーの口にマキは恐れることなく足を踏み入れる。そこは砂漠の土をガラスにするほどの熱線が射出される部位であり、ビナーにとっても近づかれたくない部分で、マキにとっても近づきたくない場所であるはずだが、二人の間には他の誰にもわからない信頼が確かにあった。

 ゆっくりとビナーの口が閉じられる。光源も見当たらないのにうっすらと明るい口内でマキが目を凝らすと、喉奥から胃カメラのようにうねるケーブルが伸びて袖を捲り上げてきていた。その行為に、マキは一つ心当たりがあった。


「あっ……あっ、そっか、やっと描いてくれるんだ」


 初めは小さかったビナーへのグラフィティ。徐々に規模が大きくなるにつれ、ビナーがその創作活動に興味を惹かれていることがマキにはなんとなくわかっていた。

 どうせなら私に描いてみない?と幾度か提案していたのだが、どうにも何を描けばいいのかビナーにはわからないようで、今日の日まで筆を取ることすらできなかったのだ。


「いいよ、痛くしても……。私の身体に、好きに描いていいよ……」


 それが初めて何かを表現しようとしてくれている。本当は腕ではなくもっと大きいところに描いて欲しかったけど。

 ビナーのケーブルがマキの腕に纏わりつき、キツく固定する。マキが少し痛みながらも心地よい締め付けを感じていると、ピッ、とケーブルの一本からレーザーが放たれ、表皮に焦げ跡がつく。一瞬のことで神経までには熱が伝わらず特に痛みはない。

 問題なさそうだと認識したビナーはパルスレーザーでマキの腕に刻み込んで行く。なぜこの描画方法を取ったのか。マキへの負担や濃淡の表現など色々と利点はあったが、何よりマキと同じような方法で描きたかったのだ。

 焦げっぽい匂いがマキの鼻腔をくすぐるころに、ビナーのレーザー彫刻は終わる。腕を押さえていたケーブルがしゅるりと解け、マキは解放された。


 その夜、マキはベッドに寝転がり天井を仰ぐ。

 視線の先には腕に刻まれた黒の濃淡だけのレーザー彫刻。こぢんまりとした『𝓑𝓘𝓝𝓐𝓗』の文字。


「ビナーのモノになっちゃった……」


 うっとりと眺め、優しく撫でたそれに軽く口づけをして、マキは眠りについた。

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