電脳ガールには悪友がいた

電脳ガールには悪友がいた

青柳セカイ

 「……セカイ、またこんな所に」

「………………先生」

聞き慣れた低い声が聞こえる。多分、誰かの耳元で囁けば簡単にオトせるんじゃないかってくらい良い声。声優として働いても人気になれるだろうなって感じのイケボ。私は聞き慣れすぎて、何とも思わないけど。

声の方を振り向けば、そこには黒い髪を後ろで結んだ翠眼のイケメン。私の担任教師である、黒澤先生。

「ここ、埃っぽいだろ。せめてもっとなんか……あるだろ」

「………………他の所は、騒がしいから嫌い」

ここは生物準備室。管理者は先生で、私ならいつでも来ていいって言われたからよくここで暇を潰す。というか、埃っぽいって言うなら掃除すればいいのに。ここ使うのは先生なんだから。

「……クラスメイトは、嫌いか?」

「…………嫌いじゃ、ない」

先生が肩を竦めた気がした。本当に、嫌いではないのだ。好きの反対は無関心、正にそれ。

「持病持ちだからって、そんなに気遣う必要ないのに、目線が鬱陶しい」

私は気の毒なんかじゃない。私は可哀想なんかじゃない。私は、私は――


「――そうだな。セカイは普通の、1人の人間だな」


狡い、と思う。先生はいつも私の欲しい言葉をくれる。私を1人の、普通の人として扱ってくれる。目の縁に熱い何かが溜まっていく気がしたから、ぎゅっと目を閉じた。これ以上目を開けてると、何かが流れ落ちてきてしまいそうだったから。

ぽん、ぽん、と頭を撫でられる。お父さんが今も生きてたら、こんな風に頭を撫でてくれたかな。お父さんに撫でられたことなんてないけれど。ああ、そういやお母さんに撫でられたこともないや。


「せん、せ……」

「どうした?」

「なんで、なんでわたしってこうなのかな? わたしって何かわるいことした? ぜんせで人をころしちゃったりしたのかな?」


ごめんなさい、ごめんなさい。先生にこんなこと聞いて、困らせるだけだって分かってるのに。でもどうしても、そう思わずにはいられなかった。ああ、こういうところかな。こういうところが悪いのかな。


「……セカイは何も悪くねぇよ。逆に何かしたのか? 俺はお前が校則違反とか法律違反とかしてんの見たことねーけどな」

「……いまも、せんせにこうやってめーわくかけてる」

「馬鹿。迷惑じゃねぇよ。で? したのか?」

「……して、ないっ」


 目元をゴシゴシと擦って言うと、先生はニッ、と笑う。私はもう見慣れたけれど、本当にイケメンだと思う。


「おー、そうだろ? 自分のことを一番信じれるのは自分なんだ、それなのに自分で疑ってどうする」

「ごめ、なさ」

「謝んな謝んな」


先生はいつもこうやって私のことを慰めてくれる。先生は何かの研究グループの創始者の一人だって、誰かが言ってた。だから、忙しい筈なのに。それでも、いつも私を気遣ってくれる。私に生物準備室に入る許可をくれたのも、多分その一環。


「………………それに、人殺すくらいじゃ……」

「……?」


先生が何か言った気がしたからパッと先生の方を向いてみると、ふっと目を逸らされた。何でだろ。


「いや、何でもない。……そういや、弁当学校に持ってきてるか?」

「……持ってきてない」

「持ってこいよお前……食堂も行くつもりじゃないんだろ?」


呆れたような目で見られて、ギュッと目つきが悪くなったのを自分でも感じ取った。そもそも私はお昼ご飯なんて食べなくても平気だ。


「……なら自販機でパン買ってきてやるから、一緒に食べよーぜ。チョコの奴でいい?」

「…………それ先生の好きなやつでしょ。メロンパンがいい」

「はいはい」


そう言って先生は部屋から出ていった。一人になりたかった筈なのに、先生がいなくなると何だか胸がぽっかり空いたような気がして。


「………………私は、一人でも…………」


――生きていける。そう言おうとしても、何故か言葉に出来なくて。胸に空いた何かを誤魔化すように、唯一お母さんに買ってもらったヘッドフォンを着けて、目を瞑った。




――――電脳ガールには悪友がいた


――電脳ガールは気付かない、それが悪友であることに

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