電波系(じゃない)億越え賞金首
前スレ33もとい43「ゴ、コラさん……っ!! おれ、あんたが死んだと思って、でも、ずっと、ずっと、あんたに、あ、あ”いじでるぅって、づだえ……だ、くって……っっ!!」
ぐす、ぐず、と。
端正な顔をぐちゃぐちゃに歪めた青年による、嗚咽混じりに告げられる愛の言葉。
次から次にと溢れ出る涙によって、胸元の水溜まりがみるみるうちに広がっていく。胸元を握りしめる力が強すぎて、身動き一つ取れやしない。これが、とロシナンテは胸中で嘆く。これが、小さな、うんと小さな子供がすることであれば、込み上げてくる憐憫の情が促すままに、抱きしめてやったことだろう。
「ふたりでぇ、い”っじょに、世界を見ようって、あんたが言ったから、おれは、おれは……!」
──ただ。
いくら相手が30億越えの賞金首とはいえ、こうも切々と訴えられると、胸に込み上げてくるものがあるわけで。そんな相手を「海のクズめ」と突き放すには、ロシナンテの性根はどうしようもなく優しすぎた。
だから、ロシナンテの胸元に泣いて縋る青年の、その肩を掴んで──引き離す。そうして、できるだけ、そうできるだけ相手を刺激しないよう、(部下たち曰く泣いてる子供がさらにギャン泣きするともっぱらの評判のヘッタクソな)笑顔を浮かべ、幼い子供を諭すような気分のまま、口を開いた。
「あのな、どこの誰と勘違いしてるのかはしらねぇが、おれはお前の“コラさん”じゃないんだ」
「いや、その不気味な笑顔。間違いなくおれのコラさんだろ」
すんとした表情を浮かべての一刀両断に、さしものロシナンテも凍りつく。
どうしよう。ぐずぐずと鼻を啜りながらではあるが、取り付く島もないとはこのことか。途方に暮れたロシナンテの耳に『あのう……』と心底申し訳なさそうな、それでいて、早くなんとかしてくれという無言の訴えを孕んだ囁きが忍び込む。
「准将……。あんた、本当に、30億越えの賞金首相手に何やったんですか……」
「いやだから、おれじゃないって……」
「何言ってんですか、准将!!?!」「あそこまでプライベート赤裸々にされておいて、バカ言わないでくださいよ!!!!」「パンが嫌いで、梅干し好き! しょっちゅうドジ踏んでコートを燃やす2m越えの長身男性が、そうそういてたまるか!!」「そうだ、そうだ!」「絶対、あんた、トラファルガー・ロー相手に何かやってますって」「良い加減、認めてくださいよ!? 俺たちだって混乱してるんですから!」
「だからァ! 本当の、本当に、人違いなんだって〜〜!! それよりも、身に覚えのないうちに、自分のプロフィールが丸裸にされてることにビビってんだぞ、こっちは!! 心当たりがなさすぎて、むしろ、こえーーよ!!」
部下たちによる糾弾に、すんすんと、ロシナンテは鼻声で反論する。『死の外科医』とかいう物騒極まりない賞金首に、本名とかすりもしない愛称で延々と呼びかけられた挙句、胸元に涙ながらに縋りつかれた状態で押し倒されてみろ。いくらなんでも訳がわからなさすぎて、怖いとしか言いようがないじゃないか。
部下たちとロシナンテの間で繰り広げられるトンチキ劇場が耳に入っていないのか、ロシナンテを甲板の上へと押し倒したまま、トラファルガー・ローは震える声で訴え続けている。
「コラさん、おれ、コラさんの本懐を遂げるために、いっぱい、いっぱい、頑張ったんだ。政府の犬なんて胸糞悪くて仕方なかったけど、王下七武海に入ることだって、コラさんのためだと思えば、なんてことなかった。
パンクハザードではあんたを散々痛めつけたウェルゴを倒したし、餓鬼相手に覚醒剤をばら撒いていたシーザーも捕まえたんだ。
ホントは政府に従う海兵なんて大嫌いだけど、ちゃんと白猟屋とも協力したし、麦わらのやつらも手伝ってくれたおかげでドフラミンゴだって倒して、あんたが救おうとしていたドレスローザも解放した」
「えぇ、あぁ、うん」
「その後は……まあ、色々あって、カイドウとビッグ・マムを四皇の座から引き摺り落とした訳だが」
「えっと、その、すごいんだな。…………その。ロー、は」
矢継ぎ早に告げられた言葉の本流に、どう反応して良いのかわからず、にへり、と笑い返す。
背後で部下たちが『ばか……っ! 准将のばか……っ!』と嘆く声がしたが、むしろ、これ以外にどう反応しろと。一体、どこの誰と勘違いしているのかは知らないが、好感度が120%以上突き抜けている、圧倒的に格上の能力者相手にこれ以外にどう対応しろと。
「……へへ」
くしゃり、と。
しどろもどろの褒め言葉を受けたトラファルガー・ローが、頑是無い幼児のような笑みを浮かべている。
その姿に脳髄がじくりと痛む。そういや、おれァ、昔、自分よりもうんと小さな誰かに対して、こんなふうに笑ってほしいと願ったことがなかったっけ? ──とうの昔に失ったはずの悔恨が、胸を疼かせ、眉根を寄せる。
──しかし、記憶の奥底へと沈んだ過去の情動が蘇るよりも先に“DEATH”というおどろおどろしい刺青が刻み込まれた手のひらが、半身を支えていたロシナンテの右手を掬い上げて、そっと自らの胸元──黒々としたハートの刺青の中央の髑髏──へと引き寄せた。
「そりゃ、おれが死ぬまでにやること全てがコラさんの功績だからな。みっともねェ様は晒せねェ」
「………………………………………はえ?」
ロ シ ナ ン テ の あ た ま は 真 っ 白 に な っ た。
どうしよう。なんかめちゃくちゃインパクトのあることを言われたような気がするが、脳が理解を拒んでいる。目を見開いたままピクリとも動かないロシナンテの心情を知ってか知らずか、悪名高い死の外科医は不敵に不遜に宣告する。
「──なぁ、おれも愛してるぜ、コラさん。30億越えの賞金首になった今のおれとなら、今度こそ、約束を果たしてくれるよな?」