雪宮と黒名
途中まで書いたけどこの先かける気がしなくなったので供養です、めっちゃ途中でぶった切れます風が吹いて、草花が揺れる。どこからか立ち上った栗の花の香りが、鼻腔をくすぐりながら、今日も今日とて調子の良い三つ編みをそっと靡かせる。
「……」黒名はそのごく自然な、自然すぎてあまりに人工的な空気を深く吸った。この生活はいつまで続くんだろう、と思いながら、すっかり軽い腹を摩る。
「__蘭世」
背後から聞こえた、低く艶のある甘やかな声に、黒名は振り返った。
"楽園"の入口の方に、眉目の整った青年が立っている。遠目からでもわかる、痛みのない吉岡染の髪。所々朱の差した、陶器のように白く滑らかな肢体。__雪宮剣優だ。
「おかえり」
黒名が顔を明るくして彼に駆け寄ると、
「ただいま」
雪宮は半光沢の瞳をふんわりと緩めて、数回り小さい黒名の身体を抱きしめた。ひたりとくっついた肌は熱の余韻を引いていて、湿っぽい匂いがする。
「……」黒名は彼の、明らかに筋肉以上に膨らんだ胸部に顔を埋めながら、目を伏せた。花開いた牡丹のような丸い瞳は、白い肌地にくっきりと着いた赤い跡を捉えている。
「……大丈夫、だったか?」
「ん?」
「だから、」言いかけて、やめた。
覗き込んだ顔が、何を言っているかまるで分からないとでも言う風に純然としていたからだった。
黒名はそんな仮面に痛ましさと罪悪感を覚えながら、首を振る。「何でもない」
「……そっか。」
雪宮は何となく察したらしく、特に追求もしないまま黒名の髪を撫でた。「蘭世はいい子だもんね」
しっとりと保湿された肌が黒名を柔らかく包み込む。暖かいその抱擁は、満たされない身体の中を埋めてくれるような心地良さがあった。
「寂しかった?」
頭上から、慈しむような響きを持った声が降ってくる。
「……心配ない」
「ごめんね」
俺帰ってきたからね。
「……ん」黒名は目を閉じて、雪宮の言葉に身体を凭れた。帰ってきてよかった、小さくそう漏らす。
愛に満ちた瞳を交わしながら抱きしめ合う二人の姿は、まるで本物の親子__実際雪宮はそう思っているが__のようだった。
…………数週間前。
黒名は花弁と蝶の舞うこの楽園で、地獄にいた。
絶え間なく直腸の奥へ突き立てられる肉棒と、タンパク質で荒れた喉。草が剥けて顔に土がつこうが、草で頬が擦りむけようが、乱暴に組み伏せられる。
快楽を感じることも許されない情欲の吐け口。オナホール。誰もが肉体を貫かれて快感に喘ぐこの場所では、最底辺の存在だった。
きっかけはその直前の黒名の出産にあった。
簡単に言うと、死産したのだ。まともな子供を産めなかった。
……生まれ損ないが回収されたあと何が起こったのかを黒名が知る由はない。ただ、黒名がいた部屋の扉の向こうにずらりと並んだ紺緑の生命体の纏った空気が恐ろしかったことだけを鮮明に覚えている。
そのまま、乱暴に引きずられて出た先がこの箱庭だった。奥に見える景色はホログラムだが、縦横数キロの範囲で敷かれた実際の土に草が生え、ちゃんと風が吹き、蝶が飛んでいる。"楽園"の名が相応しいその景色に、黒名は息を吐く___暇は与えられなかった。
唐突に地面に押し倒され、何の前戯もなくぶっとい肉芯が尻にハメ込まれた。
「ぃ"っ……!!」
今まで襲われてきた時と違って、快感も何も無かった。ただただ痛いだけだった。
一人が襲い出すと黒名を取り囲んでいた他の奴も次々と黒名へ手を伸ばし始める。仰向けになった黒名の口に陰茎を突き刺す者、黒名の肌に擦り付ける者、その他。
黒名はその日から、人権が無くなった。
常に数人が群がり、黒名を物理的に使う。性欲だけでなく、殴る蹴る、ストレスを押し付けられることもあった。
吐き出された精に腹が膨らみ、その腹を踏みつけられ、後孔から大量に精液を噴射する。眠りにも付けず、食事は気管もろとも喉奥へ押し付けられる精液。
まさに地獄。出産で精神が疲弊していた黒名は、無言で虚空を見つめていた。
__そんな日々が続いたある日。
珍しく異星人たちの波が絶え、ほんの僅かな休息に膝を抱えて蹲っていた黒名に、近づいてきた者がいた。
「……蘭世?」
__雪宮だった。
「……」黒名は下の名前呼びに違和感を覚えつつ、顔を上げる。途端、雪宮は黒名のボロボロの身体を抱きしめた。
「え」
「大丈夫!?どうしたの、何された!?」
「え、と」黒名はそれだけ声を零して黙った。
雪宮の様子がおかしい。
「こんなボロボロになって……ごめんね」
ごめんね。ぼろぼろと雪宮の目から涙が零れる。
「……ゆきみや?」急な展開についていけず、黒名が声をかけるが、雪宮はごめんねごめんねと繰り返すばかりで話にならなかった。
__どうしたんだろう、そう思ったとき。
ぬっと楽園の入口から、紺色の顔が複数覗いた。
「ひ……」黒名は頬を引き攣らせる。……間違いない。毎日、黒名を犯しに来る奴らだ。
「どうかした?」黒名の様子に、雪宮が顔を覗き込んで、それから視線を追った。
「……ちょっと、待っててね」
黒名の怯え様に察したのだろう。雪宮は黒名の頭を優しく撫でてから、黒名のそばを離れて、異星人の方へ駆け寄っていった。
……雪宮が身振り手振りで異星人へ何かを伝えると、彼ら、雪宮も含め、その集団は楽園から出ていった。
「……え」
黒名はあっけらかんとして一部始終を見つめていた。
奴らは去ったのか、今日は陵辱を受けなくて済むのか、と考え、でもまたすぐ来るかもしれない、と身構える。しかし、奴らが楽園に現れることはついぞなかった。
雪宮が帰ってきたのは数時間後だった。
「大丈夫だった?」楽園に入るなり黒名のそばに駆け寄りそう言った雪宮の身体は陵辱と暴力の跡に塗れてボロボロだった。
「何…で……」黒名は彼の問いに答えず、それだけ口に出した。
なぜただの友人にそこまでするのか。そんなボロボロになってまで。
雪宮は「え?」とさも当たり前とでも言うような超然とした表情で、答えた。
「子供を守るのは、母親として当然でしょ」
……橙色の瞳が、じんわりと黒いインクに染まっていた。
それからというもの、雪宮は黒名を自分の子供として扱うようになった。四六時中黒名のそばにつき、甘やかし、奴らが来たら庇う。まるで本物の母親、いやそれ以上に過保護に黒名を取り扱った。
一度、いい、大丈夫だと言ったら、ひとつ啄いたら壊れそうなくらい悲しそうな顔をしたので、黒名は任せることにした。黒名自身も精神がギリギリで、自分に陵辱の雨を向けるようなことを強硬にする気力はなかったのだ。
雪宮は本気で黒名に親愛を注いだ。その目はどこか虚ろで、精神に限界が来た末の幻覚による産物であることが黒名にはわかったが、それでも本物の愛なように感じた。柔和な眼差し、幸せそうな笑顔、黒名を包み込む暖かい肌。それらに触れるうちに、段々と黒名も雪宮に対して愛着が湧くようになっていた。
出産のときに負った心の傷が完全に癒えたとは言えないが、もう夢に出てくることも、思い出すこともほとんど無くなっていた。