雨上がりのチェンソー
マキマとデートに行った後日、街をぶらついていたデンジは突如降ってきた雨から逃れるべく、電話ボックスに逃げ込んだ。外では機嫌を良くしたビームが姿を晒して泳いでいる。
「ビーム!泳ぎたいならこっそりやれ!バレたら困るだろ!」
「ハイ!」
傘を持って出なかった事をデンジが後悔していると、ボックスに新たな客がやってきた。若い女だ。気さくに話しかけてきた彼女への反応に困り、デンジは気のない相槌を打つ。
「天気予報は確か…む…え!?あはははははは!」
「あ?なに?」
「やっ、ごめっ。すいませ…あははは!」
女はデンジの顔を見ると笑い出し、理由を尋ねると泣き始めた。曰く、死んだ愛犬に顔が似ているのだという。
「犬か…仲良かったのか?」
「えっ、はい!小さい頃からずっと一緒だったので、いまだに忘れられないんです。ごめんなさい」
「気にしてねーよ」
デンジは一緒に過ごしていた少年を思い出し、少ししんみりとした気持ちになる。
「あぁ、そうだ…」
「?」
デンジは首に巻きついた腸のマフラーを指で軽く叩く。
「えっ、なにこれ?」
「気づいてなかったか、俺ァ魔人だ」
「嘘!頭に特徴ないし、え!これどうなっんてんの!?」
女はデンジの頭部や首をじっくりと眺め、マフラーを恐る恐るといった調子で触る。
「何でできてるんですか?」
「俺の腸」
「ハラワター!?きゃー!初めて触っちゃった!」
「…教えた俺がいうのもなんだけど、変わってんなあ」
女がデンジに笑いかける。かなり整った顔の持ち主だ。
「あ〜!雨止んだよ!」
女はバイト先のカフェまで来てくれたらお礼をする、とデンジに言い残して去っていた。二道というカフェらしい。早速顔を出してみると、女は驚いた様子だった。
「ええ〜?私より早く来たでしょ!?」
「お礼が気になったからさ〜」
女は楽しそうにデンジの隣に座ると、コーヒーを注文した。雇っている店主に態度を注意されるが気にした様子はない。
「お礼はコーヒーでした!コーヒー好き?」
「俺、だいたいミルク入れるんだけど…飲んでみる」
「…どう?初めてのブラックは」
「あんまり美味くない」
「そんなにはっきり言うなよ〜!子供か!あははは!」
渋い顔をしたデンジを見て楽しそうに笑う女はレゼと名乗った。この日以降、デンジはレゼの働いている店をしばしば訪ねた。彼女が気になったからだ…その正体を悟ったが故に。
レゼは悪魔の心臓を得ている。それを呼称する名前は食べて消してしまったけれど、本来ならデンジが成るはずだったもの。レゼが何を想い、どのように日々を過ごしているのか、デンジは知りたくなった。
「こっちの机で食べないですか、お客様〜」
ある日、デンジが昼食を食べに店へ向かうと、レゼはテーブルに勉強道具を広げていた。デンジが相席を断ると、レゼは逆にデンジが座るテーブルに入ってきた。
「…漢字はもっと読めるようになりたいかな」
「漢字読めないの!?じゃ教えてあげる!」
レゼは問題と称して、広げたノートに金玉と書いた。学のないやりとりの最中、デンジは気になっていた事をレゼに切り出した。
「学校は楽しい?」
「…楽しいけど」
「ふーん、そりゃ良かった」
「デンジ君は学校行ってみたい?」
「いや、俺は…」
デンジの身体を乗っ取ったポチタは、学校に強い興味を持ってはいない。ただ、デンジは行きたがるだろう。学校に通って、同年代の男女と過ごす…そんな普通の生き方をデンジは夢見ていたのだ。
「行けるなら行ってみてえな」
デンジは首のマフラーに視線を落とす。レゼは不意に肩を組んでくると、デンジを夜の学校探検に誘ってきた。