離れていても、お前は一生…後編
ウタの説得に選んだ時と場所はその日の夜、昨日よりかは落ち着いて飲もうと決めた宴の最中に抜け出して店の裏で話すことにした。
それまでに必要な根回しをしておこうとシャンクスは動き出す。まず先に村民が一人増えるのだから村長に話を通さねばと思ったが、話を切り出す前に子供の一人や二人増えたところでそう変わらんと言われてしまう。何故知ってるのかを聞くとマキノから既にウタがフーシャ村に定住するかもしれないと話されたのだそうだ。
「ベックに続いてマキノさんまで気が利きすぎだ」と嬉しい嘆きを溢したシャンクスは電伝虫にとある番号を入力して連絡を取りだす。白電伝虫も忘れずに。
宛先は当然、今や亡国の王となったゴードンだ。彼にもマキノに話したようにその考えに至った経緯や自分達が抱くウタへの思いを話すと、君達がそう決めたのならば私もそれに準じようと了承された。
もとよりゴードンはウタに音楽の指導をしようと考えてはいたのだが、常に何が起こるか分からない船上よりも陸の上の方が音楽を学ぶのには適しているとの事だった。
それを聞いたシャンクスはやはりウタにはこの地に留まってもらうのが一番だという思いを強め、ゴードンとの通話を終わらせる。
これで根回しは済んだ。あとはウタ本人にこの話を切り出すだけ。そしていよいよその時が迫ってくる。
日も沈み満月が顔を覗かせ照らす中、マキノの酒場「PARTYS BAR」では海賊達が飲めや食えやの大騒ぎに興じている。昨日のお頭復帰祝いよりかは大人しめではあるが、明日は出航だ出航前祝いだと相も変わらず飲み明かそうといった様子だ。
そんな中、野郎共やルフィがハメを外しすぎないように見張るよう頼んだベックマンを一人置き、シャンクスはウタを店の裏へと連れていく。大事な話があると言われ素直に父親のあとを着いていったウタはその先に大好きな女店主の姿を発見する。
「あっ、マキノさん!なんかね、シャンクスが大事な話があるっていうからついてきたんだけど…もしかしてマキノさんに関係ある話なの?」
「そうね…すっごく関係のあるお話だと思うわ…うん、とっても」
「そうなんだ………ハッ!!もしかしてシャンクス……マキノさんと…!?」
「バカッ!!そんな話じゃねェよ!!……いやまァそう捉えられてもおかしくはねェ状況だがな、断じてそんな話じゃねェからな……ほら、座れ」
何やら変な誤解をされかけたシャンクスだったが余計な認識を持たれる前にウタを座らせるように誘導し、話を本題へと戻していく。
「ふう…さて、どこから話したもんかな」
「大事なお話なんでしょ?それならもったいぶらないで早く話してよ。明日にはここを発つんでしょ?そしたらまたルフィとしばらく勝負出来なくなるからさ、今のうちにもっと連勝記録更新しておきたいんだけど…」
「そうか…ルフィと勝負したい…か………なァウタ、明日ここを発ったらもうここへは帰って来ないと言ったら驚くか?」
「えっ……帰って来ないって……何…?……もう、シャンクスってばそんなつまらない冗談やめてよ!!……冗談…だよね?」
信じられないといった表情のウタだったがシャンクスに無言のまま見つめられ、それが何を意味するかを理解出来てしまったウタは何故?という問いに頭が支配される。
「……ほんとうに?もうここには帰って来ないの…?明日になったらルフィとも、マキノさんとも村の人達とも会えないの……?なんで………?」
「……前に話してたろ?あと2・3回航海したらこの村を離れてずっと北へ向かうって」
「そう…だけど……でも…」
「…何だ、お前そんなにその二人やこの村が好きだったのか。そりゃそうか…そうだよな……ならウタ、ここに残るってのはどうだ?」
「残る…?それってどういう…」
「どうもこうもない、そのままの意味だ。実は大事な話ってのはそのことなんだ。マキノさんとも、もう話はつけててな。お前の面倒を見てもらうよう頼んであるんだ。どうする?あとはお前の返答次第なんだが…」
「ちょっ…と……ちょっと待って!!なに…!?どういうこと!?面倒を…って……!!」
シャンクスと交わす問答にどこか覚えがあったウタはそれを自覚した途端にそれを思い出した。エレジアで突然シャンクスから離れる事を打診された時の不安、寂しさ、悲しみとその時に自分が返した言葉を思い出したウタはルフィやマキノ、フーシャ村から離れる事への悲しみなど吹き飛び、怒りさえ覚えるほどの勢いでシャンクスへ食ってかかる。
「ふざけないでよシャンクス!!!私言ったよねエレジアで!!私は赤髪海賊団の"音楽家"だって!!確かにルフィやマキノさん達と会えなくなるのは寂しいけど…それでもシャンクス達と離れるのは……!!離れるのは……!!!」
「………あァ、お前の思いはよくわかってる。だが何もこの船から降りろと言ってるわけじゃない…ただ一時この村に留まってだな……」
「わかってない!!!同じことだよそんなの!!!だってシャンクス達はもうここへは戻ってこないんでしょ!?………どうして…?どうしてまた私のことを船から降ろそうとするの?わけわかんないよ……私にとってあの船はお家だし、そこにいるみんなは家族なのに……なんで…?」
「……………そうだな……頭ごなしに留まれだのなんだの言ってもわからないよな…すまんウタ、少し話を急ぎすぎた………どうしてまたこんな話をするのか、それを今から説明しようと思うんだが…聞いてくれるか?」
「…今さら何言われても聞かないもん……シャンクスのバカ……」
シャンクスから顔を逸らし片頬を膨らませ、いかにも不機嫌になってますと言わんばかりの娘の様子にオロオロとする不器用な父親にマキノが助け舟を出していく。
「…そう拗ねないでウタちゃん……船長さんは何もあなたにイジワルしたいわけじゃないのよ…?もちろん私もね。だから、少しだけでいいから…お話、聞いてあげてちょうだい?」
「………マキノさんがそこまで言うなら…ちょっとだけ……でもほんとうにちょっとだからね」
「そうか…聞いてくれるか……ありがとうウタ…マキノさんもすまん。変に拗れなくて助かった…」
「いいんですよそんな…私にとってももう他人事じゃありませんから。さ、話してあげてください…船長さんの思いを」
マキノにそう促され、シャンクスはウタに向き合いハッキリと見据え、ウタもそれに応えるかのようにしていつになく真剣な父親の顔を見上げ、言葉を待つ。
「…まず一つ、明日ここを発ったらもう戻ってこない…これはずっと前から決めてたことだ、変えることは出来ない。そこでベックのやつが話を切り出してきたんだ…お前をどうするかについてな」
「ベックマンが…?」
「あァ…あの野郎、おれ達が想像する以上におれ達のことを考えてくれてたみたいでな…それをきっかけにおれも決心がついたんだ」
「………………私を降ろす決心が…?」
「そういう意味じゃないんだが……まァいい、また喧嘩になっちまう前に全部話しちまうぞ」
降ろす降ろすと後ろの髪が下がりきった状態で言われてしまい、話すべきを話さなければ伝わるものも伝わらないかとシャンクスは話を進めていく。
「そもそもだが…おれ達は元々お前をどこかの港で海軍かなんかにでも預けていくつもりだったんだ。お前を拾ってすぐの緊急会議で決まったことだったんだが、そうはならなかった……なぜだと思う?」
「……そんなの…わかんないよ……なんで?」
「ふふ…それはなウタ……お前が思いの外可愛くて手放したくなくなっちまったんだ!おれも大概だが、お前の言動にウチの野郎共が随分と癒されてな……拙いお喋りや無心におれの後を追ってこようとしたり……あァそれと、お前が3歳になってすぐの頃におねしょした時なんかは癒しとは別に笑いも運んでくれたな。ありゃ"偉大なる航路"級のおねしょだった」
「ハ、ハァ!?ちょっとシャンクス!マキノさんの前でいきなり何言ってんの!?私知らない!知らないよそんなの!!」
「だっはっはっはっ!!今さら何を恥ずかしがる!!物心つかねェ頃なんざおねしょの一つや二つするもんだろ!」
「ふふふ…そこまでにしてあげてください船長さん。また話を聞いてくれなくなりますよ」
マキノに諭されそれもそうだなと思い直し、再び娘を見据えるシャンクス。どうやら今のやり取りで先程のような露骨なまでの不快感は多少和らいだようだ。
おねしょをからかわれ不機嫌さが前面に押し出されてる事には目を瞑ろう。
「…要するに、おれ達はお前と離れることなんて考えられなくなってたんだ…………だが、それが覆される事件が起きた……エレジアの件と、この左腕だ」
「え……それって、何か関係あるの…?その左腕だって…ルフィを助けるためには仕方なかったんでしょ…!?エレジアのことだって!シャンクス達は必死に戦ったけど、悪い海賊が卑怯な手を使ったからだって……」
「……そうだな…だけどなウタ、どんな卑怯な手を使われてもおれはエレジアとその国民達を守りたかったし、この左腕も失わないに越したことはないだろう…?……ベックに言われたんだ。お前はこの先、娘を守るのに何を差し出すんだろうなってな……」
「…私を守るのに、なんでシャンクスが何かを差し出すって話になるの…?」
そう問われたシャンクスは懐にしまっていた新聞の一面をウタの前に広げて見せる。一面にはエレジア崩壊の報せが載せられていた。
「エレジアの崩壊…あれは世間的にはおれ達赤髪海賊団がやったことになってるだろ?そうなりゃ今までとはレベル違いの海賊や海軍が襲ってくる。正面から向かってくりゃ負けやしないが、中には計画的に襲撃をかけてくる奴らもいるだろう……そこでお前の存在が知られればそれを利用しようとするのは想像に難くない。状況は少し違うが、例の山賊がルフィを連れて行っちまったみてェなことが起きるかもしれねェ…」
「……だから前に決めたことを思い出して私を降ろそうって…ベックマンと話したの…?私が…お、お荷物だから……」
今にも泣きじゃくりそうになりながら自分がシャンクス達にとってお荷物になってるんじゃないかと問いかけるウタに対してシャンクスはそれをはっきりと否定する。そんな事があるわけがないと。
「ウタがお荷物?そんなものとんだ笑い話だ。おれが言いたいのはそんなことじゃない……おれはお前にただ安全な暮らしを…心安らかに過ごしてほしいだけなんだ……だがそれはこの先のこれまでとは比較にならないほど危険な航海じゃ保証出来ない…………もしお前の身に何かあったらおれは……生涯自分を許さないだろう…!!!」
「………だ、だとしても!私は赤髪海賊団の"音楽家"だよ!!ちょっと危なくなるくらい…なんてことない!!それよりも私は……シャンクス達と離れたくない…!!離れたくないの!!!」
「……うーむ……話は平行線のままか…弱ったな……」
「あの…私から一つ、ウタちゃんに聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
わかってくれいやだ離れたくないと話が平行線のまま進まない親子のやり取りにマキノが割って入りウタに聞きたい事があると言う。断る理由もなかったシャンクスに「あァ…構わないが」と許可をもらったマキノは屈み、ウタに目線を合わせゆっくりと優しく問いかける。
「ねェウタちゃん、ウタちゃんはさっきから船長さん達と離れたくないって言うけれど…それはどうして?どうしても離れられない理由があるのかしら?」
「……さっきから言ってるよ…私は赤髪海賊団の"音楽家"だから……だからシャンクス達と離れるのは…」
「それ以外で!…確かにそれも立派な理由だけど、私はウタちゃん自身がどう思ってるかを聞きたいわ」
「え……それ以外って……だって私はシャンクスの娘だし…それにあの船は私にとってお家だし…船のみんなは家族で……それに、それに……」
「………ふーん…なるほどね、わかったわ。ありがとうウタちゃん。もう十分よ」
「…なァマキノさん、今のやりとりで何がわかったんだ…?」
マキノの質問の意図は何となく察する事は出来た。赤髪海賊団の"音楽家"である事以外に離れたくない理由を聞き出し、何か突破口足りうるものがないかを探ろうとした事は理解出来る。だがそれでウタから聞き出せたものはシャンクスにとって突破口となるものではなく、それでマキノが何を分かったのか全く察する事が出来ないでいたのだ。
何を聞こうとしたのか理解出来なかったと言わんばかりの親子の顔を見て、マキノはウタに問いかけた時と同じような口調で話していく。
「…そもそもウタちゃんくらいの歳で親と離れるというのも酷な話だと思いますが、それ以上にウタちゃんが船長さん達と離れるのを嫌がる理由…というより恐れてるのは自分が自分じゃなくなること…なんだと思います」
「自分が自分じゃ…なくなる…?」
「…ウタちゃんはこれまで船長さんの娘として、赤髪海賊団の"音楽家"として生きてきましたよね?そして物心ついた頃からずっとその船に乗っている……そんな状況から船長さん達から離れて暮らすというのは船長さんの娘でも音楽家でもなくなる……そういったことを恐れてるのではないかと、さっきのウタちゃんの様子から見て感じたんです…」
「………なるほど……確かに今までの自分がなくなるのは、怖ェもんな……どうだウタ?マキノさんの言ってることは…わかるか?」
「そんなの……わかんないよ……でも…そう、なのかな…………」
マキノの推察とそれを聞いたウタの反応から見て、全てがそうではないだろうがアイデンティティの消失という部分がウタにとってシャンクス達と離れる事を嫌がる大きな理由ではあるようだった。
それならば…と、シャンクスは頭に過ぎった例え話をウタに持ちかける。
「なァウタ、これは例えばの話だが……ウチの誰かがやむを得ず船を離れたとして、ウチを辞めたわけじゃないとして…そいつはもうおれ達の仲間じゃなくなると思うか?」
「それは…辞めたんじゃないなら仲間の…ままだよね…?」
「そうだろう?船から降りたんじゃなく一時的に離れただけならそいつは何があってもおれ達の仲間だ。誰がなんと言おうとそいつとおれ達の縁は絶対に切れやしない………それはウタ、お前も同じだ」
「私も……同じ………?」
「あァ…この先何が起きようともお前はおれの娘で、おれ達の船の"音楽家"だ…!!それは誰にも変えることは出来ない…………だからウタ、頼む!この通りだ!!おれは一船の船長として…何より一人の父親として…!お前の身を、命を守るためなんだ…!!わかってくれ……!!」
船長として頭を下げ頼み込む事がどれだけ重いことか、曲がりなりにも赤髪海賊団の一船員であったウタはよく知っている。父親としてシャンクスがどれだけ自分の身の安全を案じているかもこれまでのやり取りで痛いほど伝わっている。
シャンクスの訴えかけてる事や、これから赤髪海賊団やそれに属する自分が何も知らない周囲に見られた時にどう思われるかが分からないほどウタもバカではない。だからこそ自分がシャンクス達にとってお荷物になってるのではないかと疑ってしまうし、自分やシャンクス達の安全のためにも自分が船から離れた方が良い事も頭の中では分かっているのだ。
しかしそれが分かっていても、赤髪海賊団の"音楽家"でシャンクスの娘というウタにとって何にも代え難いアイデンティティが担保されようとも、ウタには受け入れられないものがあった。
「………………私だって………わかってるよ……このままシャンクス達と一緒にいたら危ないことくらい…………でも…でもやっぱり嫌だよ……私………まだシャンクス達と一緒にいたいよ………いくら私のことを守るためだとしても……それでシャンクス達と離れるんじゃ……寂しくて…死んじゃうよ………」
今まで過ごしてきた家や家族から離れるにはウタはまだ幼すぎるのだ。一度離れた方が互いの身のためになると、立場も地位も変わることはないと、どれだけ説明し理解を得られようともこればかりはどうすることも出来ない。
だがここで引いてはお互いのためにならないと、シャンクスは俯き涙をポロポロと零す娘の前に跪き見上げるようにしてあやしながら声をかける。
「………そうか…寂しくて死んじまうか……マキノさんやルフィがいるが、それでもダメか?」
「……だって…シャンクス達とはずっと一緒だったから………シャンクス達だって私と離れて寂しくないの…?」
「そうだな……寂しくないと言えば嘘になっちまうが、それでも人には必ず何かを乗り越えなきゃならない時がある………それに、たとえどれだけ離れていてもおれ達には絶対に切れない繋がりがある。互いに心で繋がってるとか…そんな具合にな」
「…………心で…?心で繋がってるから……平気…?寂しくない…のかな…」
「あァ、そうだ……!!おれ達は心と心で、もっと言えば魂でだって繋がってる!!それは誰にも切れやしないおれ達だけの繋がりだ!!…………それに少しばかり離れるってだけで、何も今生の別れってわけじゃない……いつか必ずお前のことを迎えに行く…!!だからウタ…ここで待っていてくれるか……?」
かつてないほど優しく、それでいて悲痛な思いを孕んだ笑みを向けられ、未だポロポロと零れる涙をウタは拭うと、目の前で跪き自分の答えを静かに待つ父親をはっきりと見据える。
「わかったよシャンクス……待ってるからね、迎えに来るの………その代わり…約束したんだから必ず守ってよね!!約束破ったら絶対に許さないから!!!」
「……!!!そうか、わかってくれたか……ありがとう…本当に……だがなウタ、おれが今まで約束を破ったことがあるか?おれは一度交わした約束は絶対に破らねェ!!だから安心しろ!!」
「……うん!わかった!いつまでも来なかったらこっちから会いに行っちゃうからね!!……………はァ〜あ、それじゃあ明日からはまたルフィと色んな勝負して連勝記録更新の毎日かァ……10万連勝くらいしちゃうかも?」
「ほォ…もう明日のことを考え出すか。けど、そりゃ少し早合点しすぎだ!そんなに毎日たくさんあいつと勝負は出来ねェかもしれねェぞ?」
ルフィと勝負が出来ないなどと言われどういうことかと問い詰めるウタにシャンクスは一枚の紙を見せつける。ゴードンへと繋がる番号が書かれた紙だ。
「ここに書かれてる番号を使って電伝虫で連絡するとゴードンさんのとこに繋がってな、音楽の指導をつけてくれることになってんだ!覚えてるだろ?ゴードンさんのこと」
「もちろん覚えてるけど…音楽の指導って……えェ!?いつの間にそんなことになってるの!?いや、それよりもいいの?指導だなんてそんな……国が滅んで大変なのに……」
「その点は心配ない。指導に関してはむしろ向こうの方から打診してきてくれたんだ。…まァとにかく、詳細は後でゴードンさんも交えながら話すとして……そういうことになってるから毎日遊び呆けてはいられないってことだ!ちゃんと勉強するんだぞ!!」
「まァ…歌の勉強は好きだからむしろ望むところだけどさ……そういう大事な事情はもっと早く話してよね!!急すぎてびっくりだよ!!」
「確かに…こればっかりはウタちゃんが全面的に正しいわ。ね?船長さん?」
ウタとマキノ両名から大事なことを言い出すのが遅いと言われ、すまんすまんと軽く流し元々座ってた椅子に腰をかけたシャンクスは「改めてウタへ伝えておきたい事がある」と真剣な面持ちで切り出していく。
「ウタ……この先何があろうと、どれだけ離れていても、お前は一生おれの娘だ。おれ達の大切な家族だ。世界中どこにいようともお前の身に危機が迫れば必ず駆けつける!!!………これだけは絶対に覚えていてくれ」
「………うん……!!忘れないよ、絶対に……だって私は赤髪海賊団の"音楽家"だから!!!」
シャンクスとウタ、二人の親子が互いに認識を共有した後、ゴードンへ連絡しウタがフーシャ村に残る事や今後のウタへの音楽の指導方針等々の話し合いを終えた三人は盛り上がりが絶頂期を迎えている宴の席へと戻っていく。
フーシャ村で行われる最後の飲めや食えや歌えやの大騒ぎ。しかし昨日のような失態は演じないよう注意を払いながら行われた大喧騒はつつがなく終わりを迎えた。翌日の出航に備え野郎共はそこらじゅうで眠り、子供達はマキノが用意したベッドへと運ばれ仲良く並んで眠りにつく。
そして夜が明け日が登り始めた頃にぞろぞろと起き出した野郎共は出航の為の積荷を運び込んでいく。
そんな最中でこの時初めてシャンクス達がフーシャ村へ帰ってこない事とウタが残る事を知ったルフィがシャンクスに本当かどうかを問いかけていた。
シャンクスとルフィ、今この瞬間の二人にとって最後になるであろうやり取りをウタは黙って見届けていく。
「─────立派な海賊になってな」
「あいつは大きくなるぜ」
「ああ、なんせおれのガキの頃にそっくりだ……………ウタ、お前は何かないのか?しばしの別れだ…いいんだぞ?言いたいことがあるなら今のうちに言っても」
「別にないよ、言いたいことなら昨日言ったもん……でもあの帽子、預けちゃうんだね…ルフィに。大事な帽子なんじゃなかったの?」
「あァ……だからこそだ。お前ならわかるだろ?おれがあいつに帽子を預けた理由…」
「うん…わかるよ、ルフィだもんね……まっ!あいつはまだまだガキんちょだから、お姉さんの私がしっかり面倒見てあげないとね!!」
「何言ってんだ!!お前もルフィもガキんちょだろ!!あんまりマキノさんやゴードンさんに迷惑かけるなよ!!…………じゃあ、行ってくる!!!」
「うん!!いってらっしゃい!!!」
最愛の娘から送り出された赤髪の船長の号令により錨が上げられ、帆をはった海賊船レッド・フォース号は海を行く。
それを水平線の彼方に消えるまで涙ながらに見送る麦わら帽子を被った少年と紅白の髪色を持つ少女。そんな二人の肩や背中を擦る酒場の女店主は少女の方へと声をかけていく。
「……ねェウタちゃん……私が言うのもなんだけど、良かったの?船長さん達と離れてここに残ることにして……」
「………やっぱりちょっとだけ寂しいし悲しいけど…大丈夫!私とシャンクス達は心と心で繋がってるから!!どんなに離れててもこの繋がりは消えることはないってシャンクスが言ってたもん!!だから平気だよマキノさん!!……それよりも心配なのはここでの暮らしなんだよね〜……本格的な歌の勉強に加えてルフィの面倒も見なくちゃいけないからもう大変だよ」
面倒を見なくちゃならないと、聞き捨てならない事を聞いたルフィは涙を振り払いウタへと食ってかかっていく。
「むっ!!なんだとウタ!!お前に面倒見てもらったことなんてこれっぽっちもねェぞ!むしろおれの方がお前の面倒見てんだ!!」
「ハァ!?まだ言うの!?これっぽっちも面倒見てもらったことないだなんてこっちのセリフよ!!」
「うぎぎ…!!そこまで言うならどっちが面倒見れるか勝負だウタ!!!」
「望むところよ!!それじゃあまずは……」
勝負の前にしなければならない事をすっかり忘れ、互いにヒートアップした二人の勝負にマキノは待ったをかける。
「そこまで!!ウタちゃん…今日からゴードンさんに音楽を学ぶんだからむやみにルフィと張り合わない!!ルフィもあんまりウタちゃんに食ってかからない!!いい!?」
『は〜い……』
「……じゃあおれ山の方のいつもの崖の辺りにいるからよ、歌の勉強終わったら来いよ!待ってるからな!!」
「わかった!終わったらすぐ行くからあんまり変なとこ行かないでね!!」
これからどうするかを決めたルフィとウタは波の音と潮の香り、海賊団が停泊していた跡の残る船着場で約束の証として互いに拳を突き合わせる。
─────そして少年少女の冒険は
10年後のこの場所から始まる─────