雑草、摘果、ブギーマン。
肉が転がっている。
いや、厳密に言うと、「たった今ただの肉になりさがったモノ」が転がっている。その場に立っているのは、黒いコートを着て、フードを目深に被った男。
床のあちこちに転がるそれを見つめる彼の瞳に、光はない。漆黒の金剛石のように、星の海に鎮座するブラックホールのように、何もかもを飲み込むような黒が広がっている。
やがて、彼はその漆黒の眼差しを最後の標的に向けた。
「ア……アァァっ……」
部屋の隅で腰を抜かしていた中年の男は、言葉にならない声を上げた。もはや立ち上がる気力すら無いらしい。
ゆっくりと、男の元へ歩み寄る。掌の上で、血に塗れたナイフが踊る。
「ひっ!?まっ、待て!!どうか、どうか命だけは……」
何かを言っているが、彼は意味を理解するつもりはない。
"依頼"が来た時点で、この男の運命はもう決まっていたのだから。
「か、金が目当てならくれてやる!! いくらだ、いくら欲しい!?」
この期に及んで大きな勘違いをしている。彼が欲しいものはたった一つ。
「―お前の命を、貰う」
銀が真一文字を描いて、紅い花を咲かせた。
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一番最初に1階で仕留めた若者を2階の事務所まで引っ張り上げ、その手に自身が使ったナイフと拳銃を握らせる。
後はポリタンクいっぱいの灯油を撒いて、導火線代わりに火のついた煙草を置いて、事務所を後にする。
仕事現場から暫く離れたところで周囲を念入りに見まわしてから、専用の通信機で連絡を入れる。相手は、今回もあの男だ。
「お疲れ様です。"雑草取り"は無事終わりましたか?」
明るく透き通るような声。自分の依頼のせいで何が起こったのかを知って尚、この声色で……しかも演技ではなく、本心から楽しむように語りかけてくる。
昔は戸惑いこそあったが、今ではすっかり慣れてしまった。
「パッと見は内ゲバで自滅したように工作してきた。自作のナイフ以外は、奪った拳銃しか使っていない。DNA鑑定に回されそうなものは、今頃炭になってるだろうよ」
「上出来です。先ほど現場にはお手伝いさんを向かわせました。足が付きそうなものを見つけ次第処分するように伝えてあります。」
「あぁ、いつも助かる」
「ところでお仕事が終わった直後で恐縮ですが……次の依頼です。"摘果"ですよ」
スピーカー越しの声に、冷え切ったものが混ざり始める。
「……内容は?」
「今回処分していただいた方々、芸能人を相手に頻繁に闇営業を要求していた、と話していたでしょう?」
「あぁ、お前が最近目を付けた娘、そいつがいる事務所にも話を持ち掛けてたんだったよな?」
「えぇ、その子ですよ。次の相手は、彼女が所属する事務所の先輩タレントです」
こいつが目を付けるほどの女、ということは相当な才能を秘めた人間なのだろう。つまり、次の仕事は。
「その娘が先輩に潰される前にそいつを潰す、ってことか」
「察しが良いですね。えぇ、実力は無い癖に先輩風を吹かせて嫌がらせばかりしているそうで……全くもって有害」
この男は、才能が無い人間に対しては一切の容赦が無い。そもそも命あるものとして扱っているかも怪しい。
「育つ見込みの無い果実に、生きる価値は無いでしょう?」
生き残るのは、商品価値のある果実だけで良い。そしてやがて―その実が熟したら。
「"収穫"は僕の最大の楽しみですから……引き受けてくれますね?」
「当然だ。何年一緒にやってると思ってる?」
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通話を終え、足早にアジトへと急ぐ。
どこか遠くで、カラスが鳴いた、気がした。