隣の芝は青い
「……カイザー」
「なあにクソマス」
「首のそれはどうした?」
カイザーが自分の首をゆるりと撫でる。そこにはいつもの青い薔薇と共に痛々しい紫の締め跡がついていた。ノアの目線が突き刺さる。明らかに暴行の、と言うより首を絞められた跡であった。普通の怪我とは見るからに様子が違う。
「ああ、これか。世一に絞めてもらった」
「そうか。跡はちゃんと隠せよ」
「あいあい」
今はSNSの時代だ。趣味は人の勝手だが、他の人間に見られるとまずいことになるだろう。気のない返事をしたカイザーをノアが見ていると、カイザーの指が跡をなぞる。紫と青が並んだそこは異様だ。
潔は何にでも付き合うから、今回も頼まれてほいほいと承諾したのだろう。持ち前の器用さをこんなところで発揮しなくても、と思わなくもないが、ノアが口を挟むことでもない。
横目でノアを見たカイザーが鼻で笑う。ニタリ、と楽しげに上げられた口角にノアは面倒ごとの気配を感じ取った。この笑い方をする時のカイザーは碌なことを言わないのだ。
「マスターはこれがそんなに羨ましいのか?」
「……」
ノアの眉が上がる。それは何を訳の分からないことをという意味ではなく、図星を突かれたからだと、ノアもカイザーもよく理解していた。
「はっ、当たりだろ。世一はあんたに頼まれてもこんなことはしないだろうしな。なあノア様?」
どうせ恐れ多いんで〜とか言うに決まってる。カイザーはそう思った。ノアを前にした潔は尻尾を振る犬のようで、蝶よ花よと世界一の男をまるで壊れやすいガラス細工のように扱っている。首を絞めるなどもってのほかだろう。サッカー中はノアを囮にするのにも躊躇しない男だが、日常生活の潔はノアを傷付けでもしたら腹を切る勢いだ。ジャパニーズセップクってやつ。介錯はネスあたりが嬉々として務めるだろうな。カイザーはそう考える。
側から見てもノアを前にした潔は猫を被っているし、ノアもそれに気付いているようだった。まああれだけ分かりやすければ気付かないほうが無理があるのでそれは当然として。潔の態度をノアがどう思っているのか、カイザーにはわからないが、少なくとも満足はしていないらしい。
はあ、とノアが溜め息を吐いた。今のカイザーに何を言っても意味がないだろう。ノアは癇癪を起こすほど子供ではないが、このまま会話を続けるほど気の長い人間でもない。しっしっと追い払うように手を払った。
「早く部屋に戻れ。首はなんとかしろよ」
「あんだけ丁重に扱われてまだ満足しないとは。世界一様は欲張りねえ」
「お前ほどではない」
「どうだか」
ノアが返事をしようとした時にはもうカイザーは踵を返していた。このクソガキ。ノアはもう一度溜め息を吐いた。