陶器の貴婦人を追え

陶器の貴婦人を追え



ナレーション: 

性癖の魔都アニマノポリスにまたまた大事件が発生した!


A国との友好の証としてアニマノポリス美術館に持ち込まれた貴重な美術品『陶器の貴婦人』が盗み出されてしまったのだ!


犯人はアニマノポリスきってのヴィラン〈怪盗麗人マグパイ〉だ!


ああ、このまま『貴婦人』は悪名高い〈マグパイの巣〉に死蔵されてしまうのだろうか?

そしてA国との友好関係の行方はどうなってしまうのか?


それでは続きを見てみよう。



◇◆◇◆◇



アニマノポリス地下に張り巡らされた都市整備用地下道網。繁栄の影で切り捨てられ忘れられた空間の一角で、仮面の麗人率いる盗賊達は祝杯を挙げていた。


廃材に囲まれた埃っぽい空間の中央で、タキシードとシルクハットに簡素な仮面というコスチュームのマグパイがワイングラスを掲げる。揃いのスーツに身を包んだ部下達もそれに倣った。


「諸君、見事な仕事と我々の勝利に乾杯!」

「我々の勝利に!」


その場にふっと弛緩した空気が流れる。共犯関係特有の奇妙な親密さ。


彼らの輪の中心には全高二メートルほどの美しい彫像が鎮座していた。艶冶な笑みをたたえた若き貴婦人の像。これこそがアニマノポリス美術館から盗まれた美術界の至宝、『陶器の貴婦人』だった。


A国ほどの国家がその威信を賭ける代物である。果たしてその価値はいかほどのものなのか。あるいは換金すればちょっとした企業くらいなら買えるのではないか。ほろ酔い加減でそう口にした部下をマグパイは穏やかにたしなめた。


「馬鹿を言ってはいけないよ。この貴重な美を金に換えるなどと無粋な真似はできない。醜愚の徒の視線に晒すなど論外だ。美の結晶とはその美を理解出来る者の手元に置いてこそ輝くのだから……この場合は、つまり私の手元でだな」


だがその時、暗い空間に響き渡る声があった。


「そうはいかないぞ、マグパイ!」

「何者だっ?」


マグパイの声を号令として一糸乱れぬ警戒態勢に入る盗賊団。互いに死角をカバーする見事な手際はアニマノポリス都市警察の特殊部隊を遙かに超える。だが、ややあって彼らは気づいた。


異常の所在は周囲の闇の中ではない。


彼らの輪の中心、件の彫像なのだ。


一同が見つめる中で『陶器の貴婦人』の正面中央、頭頂からドレスの裾までピシリと線が走った。そして動き始めた。微笑みをたたえた美貌がゆっくりと左右に開いていく。音もなく。その様子は有名な拷問器具を連想させた──さながら『鉄の処女』ならぬ『陶器の処女』である。


ごくり、と盗賊団の誰かが喉を鳴らした。


それを合図にしたかのように『陶器の貴婦人』の中から一人の男が姿を現した。

鍛えられた肉体を惜しげもなくさらしたピンク髪の偉丈夫だ。紫色に輝くパンツ以外はほぼ全裸の徒手空拳。しかしながら自信に満ちた表情で盗賊団を見返す様は、包囲される形でありながら逆に相手を追い詰めているかのような迫力があった。


「ザ・ブロックマスター……!」と、マグパイが憎々しげに吐き捨てた。



◇◆◇◆◇



ナレーション:

ザ・ブロックマスター……アニマノポリスの守護者の登場だ! 秘宝『アニマンマンのブーメランパンツ』の加護を受けた超人中の超人! 痴情に降り立った性癖の守護神! その特殊性癖の一つ〈人間椅子のヨーガ〉をもってすれば肉体を折りたたんで彫像の中に潜むことなど朝飯前なのだ!


さあ、我らがヒーローはヴィランに対して何を言うのか? 正直、野望をくじいた時点ですでに勝ち確だ! だがここで手を引くのは生ぬるい──悪はどれだけ叩いてもいいのだ! ここはさらなる追い撃ちを期待しよう!



◇◆◇◆◇



ザ・ブロックマスターは敵の首魁に向けて指を突きつけ高らかに宣言した。


「残念だったなマグパイ! お前達が重さにひいこら言いながら運んできたのは『陶器の貴婦人』ではない。この私だったのだ!」

「くっ……おのれ……」


仮面の下から悔しげな声を漏らすマグパイ。その様子を見た部下達が口々にヒーローをなじる。


「なんて酷い!」「手下三号はヘルニアなんだぞ!」「ヒーローがそんなパネマジ紛いのことしていいと思ってんのか!」「思ってるんだろ変態だし」「変態だからな……身動き出来ない自分を担がせて興奮してたに違いないぜ」「妙に汗ばんでるしな……」

「フ……否定はしない」

「そこは否定しておけよ! お前ヒーローだろ!」


マグパイが吼えた。

彼女は美意識のヴィランである。自らはもちろん部下の服装や行動までも厳密にプロデュースする拘り派だ。「悪の美学」などと陳腐な呼称は軽蔑しながらも、その実、忠実な実践者であった。当然、相対する敵には敵の、とりわけ正義には正義の美意識を求めてやまない。


そんな彼女にとっての天敵、無様にして無遠慮な絶対強者───それがザ・ブロックマスターなのだった。

今もまた、そんなヴィランの内心など知ったことかとばかりに勝手なことを言い募る。


「“マグパイ”などと卑猥な名前を名乗る輩に言われる筋合いはないな!」

「誰が卑猥だ! 単にカササギの英名だろうが!」

「なに、“マグパイ”とは“マグナムおっぱい”の略ではないのか?」


突きつけられた指先が微妙に下がる。その先にあるマグパイの胸は、なるほどタキシードのボタンに過酷な労働を強いる見事な隆起を見せていた……否、魅せていた。

が、ザ・ブロックマスターはやや表情を曇らせた。

まるで同情するかのように。


「うむ。まあ、マグナムというには少々物足りないものがあるかもしれないが。いや、個人的には十分なものだと思うので、あまり気を落とさないように。努力はキミを裏切らない故にこれからも精進して貰いたいと……」

「………………コロス!」



◇◆◇◆◇



ついに正義と悪の戦闘が始まった!


ザ・ブロックマスターは勝利を手にすることが出来るのか──そんな不安をお持ちの読者もいることだろう。だが安心してほしい。我らがヒーローは貴方たちのか弱いハートに無用な負担をかけたりはしない。彼は決して負けることはないのだ。


なぜならマグパイが信奉し行動の原動力とする耽美主義もまた性癖の一つ……そう、ザ・ブロックマスターが守護する特殊性癖パワーソースに過ぎないのだから。なにをどうしようが勝てる道理がないのだ!

そして性癖を守護するという事は、裏を返せば規制するのも自由自在ということである。

必殺のIPBANアタックが唸ればそれだけで敵は吹っ飛ぶ。

それがヒーローの戦い、“規制する者”ザ・ブロックマスターの戦いなのである!


……おっと、そう言っている間にもどうやら決着がついたようだ。

さっそく続きを見てみよう。



◇◆◇◆◇



薄暗い地下空間に幾つものうめき声が上がる。

先刻まで勝利の宴が張られていた場所に、ボロぞうきんのようになった盗賊団が累々と倒れ伏していた。

無論、マグパイも例外ではない……しかし散々にやられながらも意識を保ち、弱々しく身を起こそうともがく姿はさすが一流のヴィランと言うべきか。


ザ・ブロックマスターは、その様子を腕を組んで見下ろしながら朗らかに笑った。


「このアニマノポリスで我がビッグBAN・アタックを受けながら意識を保つとは! 天晴れである!」


マグパイは仮面を震わせながら声を発した。


「く、せ、せめて教えてくれ……あの『陶器の貴婦人』……本物は、どこに……」

「……本物?」


ザ・ブロックマスターは形のいい眉をひそめて問い返す。

嫌な予感を覚えながら、マグパイは問いを重ねた。


「……私は最大限の調査をしてターゲットを探し出した……あらゆる点を考慮しても、あれは本物だとしか思えなかった……だが、それが我々をおびき出すためのフェイクだとしたら……ほ、本物の『貴婦人』は、いったい……」

「なにか誤解しているようだが」と、ザ・ブロックマスターは言った。「私は真の一流ヒーローと自負している。一流は一流を知り、本物は本物を知る。仕事に際して一流にして本物の結果を導き出すためには、その準備段階から同じレベルの質を求めなければならない。それが不可能でないかぎりあえてフェイクを使うなどと言う真似はしない!」

「ま、まさか」

「なにがまさかなのか分からんが。とりあえずアレ……あの『陶器の貴婦人』は本物だ。我が特殊性癖〈切断マニアクス〉で切断、中をくりぬいた後に〈人間椅子のヨーガ〉で潜り込み、封をしたのだ」


ヒーローは実にいい笑顔を浮かべた。


「故にマグパイよ誇るがいい! お前の審美眼は確かである! あれは確かにこの世の美術史に燦然と輝く至宝の一つ『陶器の貴婦人』で間違いない!」


マグパイはぼんやりとした様子でヒーローを見た。それからゆっくりと振り向いて、『陶器の貴婦人』を見た。

『陶器の貴婦人』の……残骸を見た。

閉所での大立ち回りの余波で脆い陶器の美術品は粉々に砕けていた。

思い返せば、闘争の最中になにか脆くて硬いものを踏み壊した感触があったような……

その瞬間、度重なる衝撃に打ちのめされてきた精神が限界を超えた。マグパイはむしろ進んで逃避的に意識を手放し、その場に倒れ込んだ。


ザ・ブロックマスターは今一度周囲を見渡し、肩をすくめた。


「フ……ヒーローとは孤独だ。勝利とは常に最後に一人立つ者にのみ与えられる……とりあえず美術品損壊の件はマグパイに被ってもらうとしようか」



◇◆◇◆◇



やはり我らがヒーローは、いや正義は勝利した!

だが、これが最後の事件とは思えない。正義は勝利するが、悪は決して潰えない。いずれ第二第三のヴィランが己が性癖を満足させるべく動き始めるだろう。

それは再びヒーローの戦いが始まることを意味する!


だから……おお、それまでは安らかに眠れ、我らがヒーロー、ザ・ブロックマスターよ。

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