陰陽ストレイド 第三話 日常に潜む影-参-

陰陽ストレイド 第三話 日常に潜む影-参-

陰陽ゴリラ

「う、んん……」


 カーテンから漏れる暖かな陽光に顔を照らされ響は目覚める。その眩しさに硬く瞼を閉じたまま覚醒しきらない頭を動かす。


「あれ? いつ寝たっけ……?飯食ってから……」


 記憶を呼び起こして行く響は突如ベッドから飛び起き、そのまま忙しなくシャツのボタンを外して自身の体を確認する。


「は? 傷が、無い……!?」


 響の腹には六つの隆起が並んでいるだけでそこに傷一つも無い。目を擦ったり、ペタペタと触ったり何度も体を確認しても同じだ。制服には血の一つも付いてないし穴も開いていない。


 響の頭に「夢だった」なんて言葉がよぎるが、爪が体内に刺さる異物感、焼けるような傷口の痛み、込み上げて来た血の味と吐き気は夢と言うにはあまりにリアルに覚えている。だからとても夢とは思えなかったのだ。


 ───てかそもそもなんで制服になってんだ?    学校から帰ってそのまま寝た……?     


 暫く考えるが寝起きで回らない頭では答えは出ず、お手上げとばかりにベッドに寝転んで小さくため息を着いた。その後、枕元に置いてあるスマホを手に取り画面を付ける。


「うげっ!」


 響の目に入ったのはスマホのデジタル時計。それは七時四十五分を示していた。あと十五分で始業である。急いで支度をして家を飛び出るも、結局響は学校に遅刻したのだった。




「はぁ……」


 放課後──今日は遅刻して怒られたり、朝御飯も食べてないので午前は頭が回らなかった響。そんな時に限って先生に指名されたりと……兎に角ツイてない散々な一日だったと溜息を着く。しかし午後もその調子だったのは理由がある。昨日の事がどうしても腑に落ちないのだ。


 影世界という、人っ子一人も居ない信じられない世界で『影』という化け物に襲われ、それを狩る影伐師と呼ばれる組織の金髪の少年──|武見《たけみ》 |秋《しゅう》に助けられた。そして何故だか響だけに気配のようなものが分かる『影』も現れ、響は腹に傷を受けた。


 昨日の出来事を鮮明に覚えている。しかし今朝も散々確認したようにその痕跡は何一つ無い事に困惑する響。


「やっぱり夢……なのか……?」


 幾度目かの思考をして、結局響は夢だと結論付けることにした。そうこうしていると校門を超えて慣れた帰路に着いていた。


「響くん! また一人で行って……しかも今日は一段と様子が変だったし。何かあったの?」


 そこにいつの間にか響の横に並んだ空が声をかける。その目は純粋に心配している色が伺える。


「あ、わりぃ……声かけるの忘れてた。あと別に何にもねぇよ……」


 こんな突飛な話、空に言っても仕方がないと思い響は何も話さない。


「……そっか」


 空は少し寂しそうな顔で小さく返事をするだけでそれ以上何も聞かなかった。幼少期にお互いの家庭が一変した事で何かあっても自分から話さない限り深入りしない事が暗黙の了解になっていた。思えばこれがあるお陰で環境が変わっても幼なじみで居られたのかもしれない。そう考える響。


 そんな事を考えていると、少し重い空気の中空が口を開いた。


「それじゃあ元気が出るように今日はご飯作ってあげる! 響くんが好きなハンバーグにしよっか?」

「マジか、そりゃ楽しみだ。んじゃ、このまま食材買いに行くか?」

「うん!」


 響を元気づけようとする気遣いを察して響はありがたくその言葉に甘える。二人はスーパーの方へ足を向ける。


 すると、空は何故か足を止めて響の袖を引いた。



「ねえねえ響くん。あの子、こっち見てるけどどうしたんだろ?」


 首を傾げながらそう言う空。響はその視線の先を見る。そこには影世界で響を助け、響に助けられた金髪の少年───武見 秋 が居た。壁にもたれ掛かるように立ち、まっすぐ響達に視線を向けている。今は紺色の学ランのような姿ではないのようだが、間違いなく武見 秋である。

 響が面食らっている間に秋はゆっくりと近づいて来た。


「あんたは……」

「すまないけど、君は外してくれるかな?    少し彼と話がしたいんだ。」

「私ですか?」


 響の言葉を遮り、横にいる空を一瞥してそう声をかける秋。どうやら響と二人きりで話したいようだ。


「あ〜……すまん空、先に行っててもいいけど……」

「ううん、ちょっとジュースでも買って待ってるよ」

「分かった。終わったら呼ぶわ」


 空の提案に響は了承する。空は小さく手を振ってそのまま自販機へと向かっていく。


「白波 響、僕を覚えてるか?」


 二人っきりになった事で秋は早速響に問いかける。


「覚えてるっていうか、やっぱ夢じゃ無かったんだな……あれは」

「はぁ……そうか、覚えてるか……」


 響の覚えているという答えに何故か溜息を着く秋。その反応に怪訝な顔をする響の目を真っ直ぐ見返して秋は言う。


「悪いが着いて来てくれないか?    詳しく話さないといけない事がある」

「どこに、何を?」

「影伐師の本拠地、訳は行ってから話す」

「……学校休みだし明日でいいか?    遅くなりそうだし今日は先約がいるんでな」


 一方的な要求に少し悩んだが、秋の真剣な眼差しは只事では無いとも感じて響は妥協案を出す。今からとなると内容次第だが遅くなるだろうし、空の気遣いを無下にする事になると考えたのだ。


「うん、それでいい。邪魔したね」


 秋はあっさりと提案を呑む。そのまま響の横をすり抜けて去って行く。響も反対の自販機……空が待っている所まで歩いていく。


「わりぃ、待たせたな」

「ううん、大丈夫! はいこれ、コーラ好きでしょ?」


 気にしていない様子で空は缶コーラを渡してくる。響がいつも飲んでいるメーカーだ。響は感謝を伝え受け取ると、缶のひんやりとした心地よい冷たさを直に感じとる。


「んじゃ行くか」

「うん!」

 

 そうしてご機嫌になったまま改めてスーパーへの道へ足を向ける。


「っ!?」

「きゃっ!」


 その時、二人の足元から黒い影が炎のように立ち上る。それは瞬く間に二人を包み込み、その姿を消してしまった。


 そしてその場には二つの缶コーラが転がり落ちるだけであった。





「な、なにが……えっ!?」


 空は周りを見渡すと、目の前には場所はそのままに夜になったかのような世界が広がっていた。


「んなっ……!?またかよ……!」

「急に夜になって……ね、ねぇ? 何か起きてるの……?    何か知ってるの……?」


 普段落ち着いた雰囲気を持つ空だが、今は驚愕と心細さが声に現れていた。


「あぁ……信じられねぇだろうが、ここは影世界って言うらしい。昨日も気づいたらここに居たんだ……すぐ離れるぞ!」


 響は簡単に説明をしつつ空の手を取り走り出す。


「わっ! ちょ、ちょっと! 何で急に走るの!?」

「ここには化け物が出る! 俺も死にかけたし、えーと、兎に角やばいんだ! 神社に行けば帰れるって秋が……さっき会ったあいつが言ってたから、そこ行くぞ!」

「ほ、ほんと……なの?」

「あぁ!」


 まだ信じられないといった顔をしているが、響の鬼気迫る雰囲気に空は状況を否が応でも受け入れるしかなかった。握り返した空の手は小さく震えており、響は空を絶対に帰してやると心に誓うのだった。




同刻───現世。


「クソ!」


 響達が消えた場所で吐き捨てるように呟く秋。とある理由で別れてからも跡をつけようと伺っていたのだ。そして影に呑み込まれる二人を見て全速力で飛び出したが、間に合わずその手は何も掴めなかったのだった。


 こうなればそこに留まっても無駄だと知る秋は神社へと走る。その最中も何もしない訳がなく、スマホ───正確には影伐師専用にカスタムされた特別な端末を取り出し通話をかける。返ってきたのは渋い中年程の男性の声。影伐師を支える下部組織『柊』の人間の一人だ。


「秋です! 監視対象の白波 響が友人の女生徒と共に影世界に呑まれた! 居ないだろうけど、今すぐ動ける影伐師へ救援要請! 僕もすぐ行きます!」

「悪いが出張っていて周辺には居ない。恐らく君が着く方が早いだろう」

「なら装備準備しといて下さい!」


 そう言い残して通話を切り、速度を上げて神社を目指す。


「無事でいろよ……!」



───影世界。


 大通りを走る響と秋。足音と二人の荒い息遣いだけが静まり返った影世界に響いている。


「はぁ……! はぁ……! やべっ!」

「むぐっ!?」


 響は突然空の口を塞ぎ、壁に隠れるようにしゃがみこむ。空の目に遠巻きに大きな体躯の化け物……『影』の歩く背が映る。響はその気配を感じ取ったのだ。


「アレが襲ってくる化け物……『影』だ。静かにできるか?」


 響は声を潜めてそう言うと空はゆっくり頷く。それを見て口元から手を離す。


「アレが……『影』……」


 小さく呟く空の体は一層震え、表情には不安、恐怖といったものが浮かんでいる。


「……大丈夫だ。俺がお前を護る」


 なんの根拠の無い言葉だが、空を安心させようとする想いが響を自然とそう言わせていた。ゆっくり頷く空の手の震えは僅かに収まり、その震えを振り払うように強く握り返すのだった。



 暫く息を潜めていると、やがて『影』は響達に気づかずにその場を去っていった。


「ふぅ……とりあえず大丈夫……ごめんな? こっからはもっと慎重に行く」

「謝らないで? 寧ろ気遣ってくれてありがとう」


 響は早く『現世』に帰らねばと焦っていたことを反省し、より警戒して進むことに決めた。


「っ!」


 その時、『影』と反対の方向から何かが蠢くような耳障りな音がした。


「……?」  


 空には何も聞こえていない様子。だがこの感覚を響は覚えている。気配の無いという『影』だ。響は自分でも気づかぬうちに普通の『影』と気配の無い『影』の違いが分かるようになっていた。そして音はだんだん近づいている。数分も経てば直ぐに此処に辿り着くと予想する響。


「多分、反対側にもいる……迂回して行こう」


  


 暫く歩き、二人は何度か『影』を見つけては隠れ潜み、ゆっくりとだが確実に神社へと進んで行く。すると響は知っている道に出る。そこは昨日響が最初に『影』に襲われた場所だ。


───まだ距離があるけど慣れた道だ。隠れられそうな場所も分かる。


 そう思い少し安堵する響。だがその安堵も束の間。


「……っ!?」


 響の背に悪寒が走る。更にはそれが次第に大きくなり、急速に接近している事が分かる。


「やばい……! 急いでここを……」


 響は言い終わるより先に二人の数m前方に何かが降り注ぐ。それは地面に強く激突し、衝撃が響達の居る所まで伝わる。


「な、なんだ……!?」

「なに……!?……ひっ!?」


 空が引きつった声をあげる。その目には紫の肌が爛れたようなおどろおどろしい姿をした黒い怪物『影』が映る。咄嗟に響が怯える空を庇うように前に出る。


 『影』はそれをニタニタと嗜虐心に満ちた笑みを浮かべて眺める。そして急に姿勢を低くしたと思えば、バネのような勢いで飛び出す。


「速っ……」


 一瞬にして『影』の牙が響に迫る。絶体絶命の瞬間、そこに煌めく何かがが降り注いだ。


 ガギィンッ! 


『影』はその場から飛び退いて躱し、代わりに刀が地面に突き刺さった。


「この刀は……秋!?」

「間に合った……! こいつは任せて真天神社まで走れ!」


 秋が『影』と二人の間に降り立つや否や二人に手短にそう指示する。


「分かった! 助かる! ……お前も死ぬなよ!」


 響は空を連れてその場を迂回するように神社に向かう。『影』はその二人を追おうとするが、秋が刀を構えて壁になる。


「行かせるか……! 『鎖状雷電』急急如律令!」


 秋がそう唱えると、掌から放射状に放たれた雷が鎖を形作り、『影』を瞬く間に縛り上げる。


「グルル!? ガアアッ!」


バキンッ! 


 だが『影』はその鎖を難無く引きちぎる。秋は軽く舌打ちする。


 ───拘束の術を簡単に破った。無理を通さないと勝てない格上だな……。


 態度とは裏腹に頭は冷静に目の前の敵を分析している。背後には神社に向けて走る響と空の後ろ姿。守るべき者達を再度確認し、強く刀を握り覚悟を示すように口にする。


「やってやるよ……!」




 響達は息を切らしながら必死に走る、走る、走る。そして視界の奥、小さく神社の鳥居が見えるのを確認する響。


「もうすぐ……っ!?危ねぇ!」

「えっ!?」


 迫り来る悪寒、『影』の攻撃に気づき、咄嗟に空を突き飛ばす響。空のいた場所に大きな爪が突き刺さり、アスファルトが砕ける。


「ぐっ!」


 響はその衝撃をモロに受けて大きく吹き飛ばされる。

 

「響くん!」


 空が悲鳴にも似た声で叫ぶ。


「大、丈夫だ……!」


 地面を数m転がって無数の擦り傷が出来る響。だが大きな傷は負っていなかった。空はその声に安堵の表情を浮かべる。


 しかしそれが命取りだった。


「空! 後ろ!」

「へ?」


 倒れた空の背後に大きな『影』が迫る。

その鋭い瞳には地面にへたり込み無防備な空の姿が写っていた。


 ───逃げないと、立って……足で、逃げないと……! 


 空は必死にそう考えても、恐怖で蛇に睨まれた蛙のようにまるで動けない。その癖鼓動は早鐘の様に響き呼吸も激しくなる。

 そんな姿を嘲笑うように口角を上げた『影』がゆっくり腕を振り上げる。


「させ、ねえっ!」


 響は立ち上がり駆け出す。その頭には昨日のことがフラッシュバックする。爪に穿たれ血を吐き無様に倒れた記憶。同時にその時の痛みも苦しみも共に呼び起こされる。


 だが響は止まらない。ただただ目の前の理不尽を打ち祓う。その事しか今は頭にない。


 たとえ俺に力が無くても関係ない。絶対に空を……


「護る!」


 空と『影』の間に割って入る。だが『影』の腕は容赦なく振り下ろされ、鋭い爪は響の両腕を重ねた防御も簡単に砕き突き刺さる。





 ───筈だった。





「アアアアッ!?」


 『影』は動揺したような声を上げる。爪は確かに響に命中しているのに、響の腕を穿つどころか傷一つ付けられていない。


 正確に言えば爪は右腕に触れていない。響の右腕に白いオーラのような光が立ち上り爪を防いでいたからだ。その場に居た誰もが予想していなかった光景が広がっている。


「な、んだ……これ?」


 攻撃を防いだ当の本人も困惑している。防げるなんてとても思っていなかったのだ。ただただ無我夢中で、自分の命を犠牲にしてでも空を護ろうとしただけだったから。


「あったけぇ……」


 右腕を包む光はとても温かく、そして優しく……こんな極限状況にも関わらず安心さえ感じていた。 響は知る由もなかったが、これは陽力と呼ばれるもの。




 人が持つ『影』を倒す為の力だ。




 響はゆっくりと拳を握ると体の奥から力がみなぎるのを感じる。


───これなら、この力なら空を護れる。


 その確信が響を高揚させる。


「空、なるべく下がっててくれ」

「う、うん……」


 優しくも力強い有無を言わさない言葉に少し気圧される空。頷いて駆け足でその場から離れる。


「化け物だか『影』だか知らねぇが……やってやるよ!」


 響は不敵に笑い、『影』を睨んで啖呵をきる。それが再開の合図だった。


「ガァァァ!」


 『影』が咆哮する。今度こそ仕留めると憎たらしい想いが篭っているそんな叫び。再開の火蓋には叩きつけるような右腕の爪が振るわれた。さっきより一際早い一撃である。


「ッ!」


 相変わらず地面が割れる程の凄まじい破壊力だが、それを響は一歩左に飛んで躱す。その動きは数秒前のそれとはまるで異なっていた。響を追うように連続して爪を振るう『影』だが、空振りするばかりで響を捉えられない。


「アアアアアアアア!」


 苛立ちを表すように唸る『影』。そして両手による攻撃で手数は倍になる。速度も更に一段階上がるが、響きはそれも歯牙にかけずヒラリと避ける、避ける、避ける。


 ───不思議だ……体が勝手に動いてるみたいだ。まるで前にもこんな事があって……相手の動きの読み方、体の動かし方、呼吸……戦い方を全部知っているみたいに……。


 高揚している体に対しどこか冷ややかに思考する響。その頭には既視感が浮かんでいる。響が対峙した『影』との記憶は昨日に一方的に襲われるものだった。だからその感覚は錯覚なのが道理だが、響はそれでは説明がつかないような不思議なものを感じていた。

 

「いや、今はこいつをどうにかしないとな」


 疑問を頭の片隅に追いやり目の前の敵を見据える。このまま避け続けるだけでは勝てない。それは響も分かっている。だから勝利を掴む為の方法を攻撃を避けながら模索する。


 すると、響の脳に秋の戦いが過ぎった。秋がボロボロになりながらも『影』に向かっていった時の事。『影』の腕を伝い、空に飛んで落雷のような一撃を繰り出した姿だ。


「これだ……!」


 響は閃くと共に幾度目かの攻撃を右側に大きく飛んで避け、着地と同時に駆け出す。向かう先は『影』暴れているうちに壊され、道路まで流れ出た家の瓦礫。それを駆け上がり勢いのまま天高く跳躍した。


 煌々と輝く月明かりが響を照らす。


「ギュアアアアッ!」


 それをただ見ている『影』では無い。空中の響を迎撃しようと左腕を振るう。響はそれを陽力を纏う右腕で受け流す。受け流すことは出来ても高速で擦れる爪の表面は卸金のようなもの。タダで触れればたちまちひき肉になるだろう。


 しかしその程度では陽力の護りには関係無かった。完全に爪を逸らし、姿勢を整え響は拳を構える。


「うおおおぉぉぉ!」


 ドゴォッ! 


 落下の勢いを乗せて放たれる渾身の拳は、影の顔面をひしゃげさせ、頭を地面に叩きつける。轟音が響き、砕けたアスファルトの破片と砂塵が舞う。勢いのまま地面に落ちる響であったが、なんとか受身を取り事なきを得た。


「まだまだぁ!」


 すかさず立ち上がり拳を構える。だが倒れ伏した影は悲鳴をあげることも無く形を綻ばせ、やがて塵になって跡形もなく消えていった。


「え? 倒、した……?」


 『影』を倒したという事実に実感が湧かず目を丸くして呆然と立ち尽くす響。そこに空が駆け寄ってくる。


「響くん!」

「うおっ!?」


 そのまま空は勢い良く響に抱きつく。響は驚きながらもしっかりとその身を受け止めてやる。


「大丈夫!? 怪我してない!? 私心配で……!」


 涙を目に貯めながら響を案じる空。


「だ、大丈夫だ……! 大したことないから安心しろって、な?」

「……ほんと?」

「おう、マジで」

「そっか、良かったぁ……! あの、助けてくれてありがとう。響くん」


 響の返答に空は安堵し大きく息を着き感謝の言葉を述べる。響は流れる涙と緩んだその表情を見て鼓動が跳ね上がるのを感じた。顔に熱が集まるのも。


「生きてるか!?」


 そこに屋根から響達を追いかけて来た秋が降り立つ。服も体もボロボロだが、以前のような大きな怪我は負っていないようだ。


「おう、なんとかな」

「私も擦り傷ぐらいだから大丈夫。響くんが守ってくれたから……」


 秋は響に視線を向けると表情は驚きに変わる。


──陽力……! 昨日の今日で目覚めたのか……!?


「……てっきり増援が来たのかと思ったけど、君が戦ったのか……何はともあれ良くやったよ」

「おうよ、お前も無事で良かったよ」


 こうして三人は窮地を乗り越え、現世への道を歩んでいくのだった。



 少し離れて倒壊を免れた家屋の屋根。そこには人影が一つあった。真っ黒なコートに身を包み、深く被ったフードから妖しげな瞳で三人を見据えてる。


「やっと目覚めた……運命の歯車は遂に動き出した」


 そう虚空に呟き、そのまま謎の人物は闇に溶けて消えていった。

Report Page