【閲覧注意】36さんのネタをお借りしました

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『みんなーっ! ありがとーっ!!』

【ウオオオオオオオオオ!!!!】


「今日のみんなも凄かったね、アクアくん!」

「……まあ、良かったんじゃないか? ダンスも歌もミスは無かったし、この調子なら次の集客も見込めるだろ」

 会場の熱気に当てられた私、対して隣の彼氏くんは澄ました顔で冷静なジャッジを下していた。これで両手に握り締めた3色のペンライトが無ければサマになっていたんだけどね。別に全力でコールしたってよかったのに、私がいるから遠慮しちゃったのかな?

 アクアくんのガチ推しっぷりはルビーちゃんから常々聞いてるんだから、なんて。夏場だっていうのに長袖のファンTシャツでキメてる時点で言い逃れは不可能なのにね。

「それで、この後どうするの?」

「控え室でアイツらと落ち合って、ミヤコさんを待つ。一応俺も苺プロの人間だからな、挨拶回りも兼ねてって流れだ。あかねは?」

「大丈夫なら着いて行ってもいいかな? 皆に凄く良かったって伝えてあげたいし」

 彼氏の実妹にして、プライベートでも親しくさせてもらってるルビーちゃん。今ガチでお世話になったMEMちょさんに……有馬かな。知り合い特権というにはアレだけど、頑張った皆とスムーズに会えるのは役得だよね。

 繋いでいた手を引き、2人で立ち上がる。アクアくんはステージの方を見つめている。そのまま一歩を進めようとして……アクアくんが急に蹲った。

「アクアくん?」

「……なんで。なんで、ここに。だってあの日、つか、つかまって……うぶっ」

「……アクアくんっ!?」

 液体が勢い良く地面を叩きつける音。次いで空間に広がる、饐えた臭い。彼が吐瀉物をぶち撒けたと気付いた瞬間、私も頭が真っ白になって、けれどこのままじゃマズいと思って。

 咄嗟に上着を脱ぎ、彼の頭部に掛ける。ニュースに映る犯人の連行みたい、なんて頓珍漢なことを思いながら、今度は力強く彼の手を引く。

「『通してください、急患ですッ!!』」

 これでも女優の端くれ、声音や口調を変えるなんて毎日練習している。変装もしっかりしてきたから、私が黒川あかねだと気付ける人は多くない。幸い救護室の場所は知っていたから、そこまで運び込めればなんとかなるはず。

「……ごめんなさい。アイ、ごめんなさい。やだ、やだやだ……!」

 譫言の様に、或いは幼児の様に、弱々しい声で言葉を紡ぐアクアくん。全身にも力が入っていないのが、あまりにも容易く引いていける私の行動で理解できた。けれど……どうして?

「うう……アイ……ルビー……さりなちゃん……」

 屋外ステージから屋内にたどり着き、ひとまず人混みからは解放される。空いていたベッドに上着を敷いて、アクアくんを横たえる。さっき戻していたから、仰向けではなく回復対位。両手両足を小さく折り畳む寝姿は、あまりにも弱々しい防衛反応に見えた。


 ……『アイの死亡』。

 頭の中で、ピースが嵌り始める音が聞こえた。

 ……『アクアくんとかなちゃんの共演』。

 だって、もしそうだとすれば。


 『肌の露出が少ないファッション』『今日あま収録後の体調不良』『若い男性への不信感』『苦悶の表情で殺されたアイ』『五反田監督の映画』『かなちゃんとアイ』『歩き方の違和感』『ルビーちゃんは恋愛に無頓着』『むしろ恐怖心?』『ストーカー役』『殺人犯は捕まっている』『アイには創傷以外の外傷なし』『争われた痕跡?』『容疑者の年齢』『アクアくんと被虐待児の類似性』『むしろ外部?』


 『殺人事件の初犯は、精々が刑期15年』

 『アイが殺された事件は、今から──』


 ──やらかした! もし『そう』だとしたら、今ここに……『ルビーちゃんの近く』にアクアくんを置いておくのはマズい! 今すぐにでも救急車を呼んで、一刻も早く離れないと! だって、もし万が一、私の考えてることが正しかったとすれば……

 ……コンコンっ。

「失礼しまーす! すみません絆創膏ってありま……せん……か……?」

 だというのに、神様というものは本当に残酷で。

「……あかねちゃん? もしかして怪我しちゃった!? だったら先に手当てし──ッ!?」

 今、一番会いたくなかった相手を、こうして巡り合わせて。

「る、びぃ……? こないで……ぼくが、さりなちゃんを……」

 一番見せたくなかったであろう姿を、赤裸々に晒してしまうんだから。


「ちょっとルビー! せめて返事もらってから入りな……さい……?」

「指切って痛いのは分かるけど、後がタイヘンかもしれない……!?」

 ルビーちゃんを追ってきたんだと思う、かなちゃんとMEMちょさん。2人の顔が一瞬で凍り付いたのが、嫌でも分かった。だってここに居るのは、血の気が引いた表情の私、魘されているアクアくん、そして……その姿を見てしまったルビーちゃん。これで何もなかったと思える人は、相当なバカか大物だ。

 ……だと言うのに。

「ごめん先輩! 救急車呼んでくれないかな!?」

「MEMちょは……ミヤコさんに連絡お願い! お兄ちゃん、最近徹夜気味だったから倒れちゃったって伝えて!」

 明らかに、誰がどう聞いてもおかしいと分かる要求。だけどルビーちゃんの声には、有無を言わせない強制力があった。もしここで逆らえば、それこそ大変なことになるって確信が。

 2人は電話のために部屋から飛び出し、私もルビーちゃんと廊下に出る。今のアクアくんは1人の方がいい。そう言ったのは他ならぬルビーちゃんだった。


「ルビーちゃん、さっきのはどうして……」

「あかねちゃん」

 私の質問を切り伏せるように、言葉を重ねるルビーちゃん。苦痛に喘ぐ兄の姿を見たとは思えないほど、笑顔としか形容しようのない表情を浮かべていた。

「法律ってズルいと思わない? たとえ誰かを殺したって、10年20年閉じ込められたら自由になれるんだよ? 殺されちゃった人は戻ってこれないのに」

「…………」

 分からない。分かりたくない。……けれど、私は『分かって』しまっている。彼女の笑顔、その裏の意味も。

「そういえば、そろそろだったなって。これで犯人の人がさ、自分の行いを後悔して反省しているなら、まだ我慢だってできたかもしれないんだよ?」

「けどさ、性懲りも無く私達のライブに来て、『あの時』みたいにアクアのことも苦しめて」

「そんな相手が、今ものうのうと生きているなんて、やっぱり耐えられないよ」

「……だからね?」

 そう言って、彼女は双眸を開く。あのライブで、観客の意識を、注目を集めて止まなかった目。誰よりも眩しく、誰よりも惹かれる白い輝きを持った星は。


「今度は、私が殺す番」


 あまりにもドス黒く、昏い輝きに墜ちてしまっていた。

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