閲覧注意

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アオイと向かい合うようにしてペパーはベッドに腰を下ろした。

ペパーは考える。目の前にいるアオイは普段と変わらぬ佇まいに見える。だが、その下半身に目を向ければ、ズボンを押し上げるようにして、大きな膨らみが出来ていた。

確かにそこには、本来あるべきでは無い男性のそれが起立していた。その事実だけでペパーは目眩がしそうになったが、一番困っているのはアオイだと思い直した。

「……それで、この硬いの、どうやったら治るの?」

泣き腫らした目を擦りながら、アオイはそうペパーに尋ねた。

「あー、それはだな……」

言い淀んでしまうペパー。

ペパーも男である。そそり立つそれを治める方法は知識として身に付いてはいるし、どうすれば良いのかも分かってはいた。ただ、それを親友に、しかも淡い恋心を抱いていた相手に、その方法を伝授する日が来ようなど誰が思うだろうか。

「……簡単に言うと、その、中に溜まってるのを出せば良いんだ。」

「……おちんちんの中に、何か溜まってるの?」

間違ってはいない。だが、おそらくアオイの想像しているのは膿や出来物などの病気のそれだ。

「そう。でも、病気とかそういうのじゃなくて、ちんちんがついてる奴が誰でもなるやつだから安心してくれ。」

「そうなんだ……人間の体って不思議だね。」

少しだけ表情を和らげるアオイ。男性器が硬くなる現象が病気の類では無いと知って、ほっとしたのだろう。アオイの体に起こった異変の方が不思議だと冗談で口にしようとしたが、本人がすごく悩んでいる事を揶揄うのは憚られたので、ペパーは黙っておく事にした。

知識が無いから怖いのだ。少しでも安心させてあげる事が出来れば、とペパーは説明を続けた。

「もし硬くなった時は、まぁ、自分の部屋とかトイレとか、とにかく誰にも見られないとこで、溜まってるのを出せば良い……と思う。」

「じゃ、じゃあ出すのは具体的にどうすれば良いの?」

難しいのは此処からである。ペパーはアオイに勃起した時の対処法を教えるとは言ったが、幾らなんでも相手は純情な少女である。実践練習をこの場でさせる訳にはいかないだろう。しかし口頭で説明するとなるとより自らの羞恥心が邪魔をしてしまう。

ペパーは悩んだ。

「……えっと、棒みたいに硬くなる部分あるよな。あれを、痛くないくらいの強さで握るんだ。それで、握ったまま先っぽの方まで動かすってのを、しばらく繰り返す。そしたらなんかムズムズした感覚が強くなってきて、中に溜まってるのが出てくる。そしたら、固いのがおさまる。」

結果ペパーは、口頭での説明の方を選んだ。自分が羞恥心に駆られるのは問題無いが、アオイのデリケートの部分を見るのは、憚られたからだ。ペパーが教えなければならないのは、あくまで自慰行為のやり方のみ。実践練習をこの場でさせる必要も、ペパーがそれを見る必要も無い。友人の尊厳を守る為にも、それは避けるべきだろうと判断したからだ。

「どのくらいの頻度ですれば良いのかな。」

「目安としちゃ一週間に一回くらい……かな。」

「授業中とかに大きくなっちゃったらどうすれば良いの?」

「とりあえず太ももとか、ふくらはぎとかに30秒くらい力入れたらおさまるぞ。」

正気に返ってはいけない、そう自分へ言い聞かせながらペパーはアオイからの質問に答えた。

「ペパーもしてる?」

これには流石のペパーも口をつぐんだ。友人に嘘を吐いてはならないという信条を心の中で掲げて生きてはいるが、これは流石に言えない。言える訳が無い。そう思いアオイをみると、不安げにこちらを見つめている彼女と目が合った。

「……して、る。」

「そうなんだ……。」

アオイはそう言ったきり、黙りこくってしまった。ペパーもまた、アオイにかけるべき言葉を見つける事が出来ずにいた。そうして、何とも言えない、気まずい沈黙が二人の間に流れた。

「……聞きたい事、もう無いか?」

こくり、とアオイは頷いた。

ならば、これ以上介入する必要は無い。ペパーはそう判断し、ベッドから立ちあがろうとした。

「そんじゃ、なんか困った事あったら、また教えてくれ。いつでも相談のるか──」

言葉が途切れた。すんでのところで腕を掴まれたからだ。掴む力はそれほど強くは無い。しかし、ペパーを止めるには充分だ。

「……ア、アオイ?」

ぽろ、と涙を流すアオイを見て、ペパーは思わず動揺してしまった。

「ごめんっ、でっでも、やっぱりっ、わ、私っ、一人でするの、こっ、怖くでっ……」

アオイは泣いていた。突如自身の股間に生え、日毎に大きさを増していく男性器に。そしてそれがもたらすであろう未知の感覚に恐れを抱いていた。また、いずれそれが生えた事を皆に露呈してしまうのでは無いかと不安になりながら一週間を過ごしていた。本来扱う筈のないそれをコントロール出来る訳が無く、意志とは関係なく収縮を繰り返すそれに恐怖していた。

先生に頼ろうとも考えたアオイだったが、股間に男性器が生えたなどというふざけているとしか思えない内容の相談をする勇気は、残念ながら彼女には無かった。ネモやボタンは同性であるが故、少し躊躇してしまった。明日になれば消えているに違いないと思い、先延ばしにしていくうちに自身の男性器は大きさを増していった。そうして、藁にも縋る思いでペパーに相談を持ちかけたのであった。

故に、今一人になる事は、彼女にとって不安をより増大させてしまう事だった。

「……お願い、迷惑だってことも、無茶なお願いしてるって事もわかってる、わかってる、だけど、お願い……てつだって、くれない?」

ペパーの倫理がぐらつく。こんな事をしてはいけないと言う理性と、助けてあげたい気持ちがぶつかり合う。

ペパーにとって、アオイはとても大切な存在だ。だからこそ彼女にはこれ以上涙を流さないで欲しかったし、彼女の為になる事をしたいと思っていた。

だが、これは駄目だ。

ここで一線を越えてしまうと、もう後戻りは出来ないような予感がペパーにはあった。

ペパーは考えた。アオイの為を思えばこそ、ここは断らなくてはならないと。そう思い、アオイの顔を見据えた。

不安げに揺れる瞳。泣き過ぎて充血した目。赤くなった頬には涙の跡が幾筋も浮かんでいた。

「……わかったよ。」

ぽん、とアオイの頭を撫でて、ペパーは再びベッドに腰を下ろした。

少しでもアオイの不安を取り除く事が出来るのなら。

涙を零す友を、自身の恩人であるアオイを、思い人であるアオイを、ペパーは放っておくことなど、出来る訳が無かった。

遠くで、アカデミーのチャイムが響く。それはまるで二人の関係に警鐘を鳴らしているかのようだった


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