閉じた明日
キヴォトスは、生徒はサラダちゃんに敗北した。
マイスターによる最後の希望は涜神の尖兵と化した預言者たちにより叩き潰され、生徒側最後の牙城だったレッドウインターは奪還した地域諸共に失陥した。
一連の騒乱の過程で生徒以外の住民たちが外へと逃げ出したキヴォトスにおいてもはやサラダちゃんを止められるものは存在しない。
キヴォトスはサラダちゃんに支配されたのである。
サラダちゃんの頂点に立つ“雛”が求めたのは静穏であった。
かつて母を悩ませた騒動の存在を許さない。
故に騒動を起こすだろう生徒の解放を許さなかった。
便利屋、美食研、温泉開発部等だけではない。
学園都市キヴォトスの生徒全てを追い落とした彼女は、一人でも解放すればそれが火種になりえる事を恐れていた。
騒乱の終盤で持ち出された自身らを殺しうる道具の存在もそれを後押しする。
結果、キヴォトス全ての生徒をサラダちゃんに捉えたまま解放しないよう命じたのである。
喜ぶ者もいれば不服とする者もいたが、“雛”と預言者たちという圧倒的な力を背景としてそれを全てのサラダちゃんへと強いていった。
まるで、かつてゲヘナに君臨した誰かが敷いた恐怖政治のように。
かつてトリニティと呼ばれた学区はすっかり緑へと覆われていた。
割れたステンドグラスと罅の入ったモルタルの上を蔦のように蠢くのはサラダちゃんであり、建物の内側も植物のような肉のような粘体に覆い尽くされた。
聖堂だった建物の中ではあまたのサラダちゃんでできた繭が屹立し、中で凌辱される生徒たちのうめき声が時折響き渡るのみ。
その周囲を巡回するたまごサラダちゃんたちはまるで祈っているかのように時折手足である触腕を動かしていた。
古書館だった建物は封鎖されたまま、他のサラダちゃんの侵入を拒んでいる。
中にいる母娘は息を潜めて古書館内の本の修繕を進めていた。
雛に感知されるのを恐れて母を表に出す事なく、娘は母を捕らえているという事にしていた。
かつてのキヴォトスを明日へと残す為に古書館は沈黙を続けている。
広場だった場所にはもうサラダちゃんも生徒もいない。
冬の寒さを凌ぐ為にサラダちゃんたちは生徒ごと建物の中へと引き払ったのだ。
サラダに覆われた室内では数多のたまごサラダちゃんや普通のサラダちゃんが産みの親を犯し続けていた。
数ヶ月に渡る生徒とサラダちゃんの争いの中で捕らえられて排卵期を迎えなかった生徒はいない。
誰も彼もが孕んで産み落とし、そうして生まれたたまごサラダたちはある者は己の欲のままに、またある者は雛の命令で嫌々ながら親が脱走せぬように自身または普通のサラダちゃんによって凌辱を続けていた。
そんな中で、たまごサラダを産まなかった者も僅かながらいる。
サラダに覆われた一室で愛を囁く怪猫。
囁かれる流れ星は顔を俯かせて彼女を見る事はない。
彼女の視界に映るのは丸々と膨れた自身の腹だ。
処女を失った時から既に数ヶ月、怪猫の胤は過たず流れ星の卵子を撃ち抜いて受胎した。
通常のたまごサラダと違い、普通の赤子のようにゆっくりの腹の中の子は育っている。
だが喜ぶ怪猫と違い、流れ星の表情に色はなかった。
流れ星が沈黙したまま、今日も怪猫は何を囁く。
自分が何を間違えてしまったのかわからないままに。