鉄の試練
ウタはアッパーヤードのジャイアント・ジャックを登っていた。
能力を使いすぎて地下の遺跡に落ちた時点で寝落ちし、起きてからは他の仲間や黄金を探した。
しかし自分以外は人っ子一人いないうえに黄金も無かったのだ。
そして今いる場所は地下らしいうえに何やら巨大な豆の木が生えている。
この状況を見てウタは根拠もなく確信した。
「下に無いなら上にある」と。宝物なら地下深くか、山の頂上のような高い所にあるものだ。
というわけで現在大きな豆の木、ジャイアント・ジャックを木登りのように登っている。
地下から登り天井の雲を槍で切り分け、空の元へと出ても登り続けていると、視線の遠く先に何人かの人影が見えた。
おそらく神兵かゲリラだろう、両足のウェイバーを使って易々と登っていた。
少し羨ましく思いながらもジャイアント・ジャックを登っていく。
ちょうどその時ロビンが地下の遺跡に辿り着きすれ違いとなったのだが、お互いに気付くことは無かった。
しばらく登り続けていると今度は下からウェイバーの音がしてきたので覗くと、ウェイバーに乗ったビキニ姿のナミが神兵に追いかけられているのが見えた。
「ナミ!?なんで!?」
「ウタ!!助けて~~!!!」
ウタの言葉に涙目でそう叫び返すナミが乗るウェイバーが横を通り過ぎようとしたタイミングでウタはそのウェイバーに飛び乗り、ナミの肩を掴む。
「ねえナミはなんでここに!?というかこの子誰…?」
自分とナミの間にいる小さな女の子(正面からだと見えなかった)を見ながら聞く。
「その子はアイサっていって…色々あったの!とにかく後ろの奴ら何とかして!」
「ここじゃ戦うなんて無理だよ!上に雲があるからそこまで逃げて!着いたら私が全員ぶっ飛ばす!」
「ああ、頼れる!!今のアンタ年上っぽい!!」
普段は年上っぽくないような言われ方にちょっと複雑な気分になるが…もう一つ、どうしても気になることがあるため聞くことにした。
「ところでナミ…なんで水着姿なの…?いくらなんでも浜辺でもないのにその恰好で歩き回るのは…」
「人を露出狂みたいに言わないで!!色々あったって言ったでしょうが!!」
露出狂とは言わないが…ナミは露出への抵抗が薄い気がする。
アラバスタでだって踊り子衣装で平然としていた。私は恥ずかしくてずっとマントを羽織ってたのに。
いつか水着姿で街を歩き回ったりしそうだなあ…いやさすがに…と心配していたところで、すぐ目の前に目的の雲が近づいていた。
後ろをチラリと見ると神兵3人はそのまま追ってきている。
「じゃあ雲を抜けたら私はすぐに降りるからね!アイサちゃんっていったっけ、ちゃんとナミに捕まっててよ!」
私の言葉にナミとアイサがコクリとうなずき、そのまま雲の中へ突っ込んでいった。
その雲を突き抜け、空が見えると同時にすぐさまウェイバーから飛び降り…
「ナミ!?ウタ!?」
「アイサ!?」
「娘!?」
ゾロと…たしか船を襲った“強いゲリラ”の声、そして空の騎士ガン・フォールの声がした。
「仕留めろ~!メ~!」
追ってくるその神兵3人を私、ゾロ、そして“強いゲリラ”が同時に叩きのめす。
私がジャンプしたせいでバランスを崩したナミ達はウェイバーごとガン・フォールとピエールが回収していく。
「アイサ!ここで何をしている!」と叫ぶ“強いゲリラ”を無視してゾロが私へ叫んだ。
「おいウタ!なんでナミがここにいるんだ!?」
「知らないよ、私もついさっき合流したところなの!というか今ここどういう状況!?」
ゾロの方へ駆け寄りながら質問し返す。
見渡せば神兵とゲリラが何人も、サングラスをかけた剣士や二足歩行の大きい犬、そしてあのウワバミまでいた。
「ここが鉄の試練ってやつらしい、神の手下どももゲリラどももわんさか来やがって…」
ゾロが答えたその時、轟音がして思わずそちらの方を向くと、ゲリラがバズーカから熱線を繰り出し、ナミ達を掴んだままのガン・フォールがそれを避けていた。
そしてそのガン・フォール達を…ウワバミが飲み込んだ。
「ナミ!?」
「あのアホ…」
「アイサ…!」
私の叫びにゾロと“強いゲリラ”が呟いたその時、突然“強いゲリラ”が大きい犬に殴られ地面へ叩きつけられ、ゾロがサングラスの剣士の伸びる剣で切り裂かれた。
「えっ…」
一瞬反応が遅れた私にサングラスの剣士が言い放つ。
「バカ共が、他人の事など放っておけ!どの道誰も助かりはしない!」
一泊遅れて、私は剣士とゾロの間に立ち槍を構える。
「ゾロ!?大丈夫!?」
「…ああ…掠っただけだ…」
血を流しながらゾロが立ち上がる。
私が剣士を睨む間にも他のゲリラや神兵たちが戦い続けていた。
「佳境だな…ホーリー、あれを行くぞ」
剣士の呟きにホーリーと呼ばれた巨大な犬が頷きジャンプして移動していく。
その道中でゲリラを一人殴り飛ばし地面に叩きつけた時、そのゲリラは突然生えてきた有刺鉄線に切り裂かれた。
「なにあれ…」
「あれが試練だ…地面のスイッチを踏むと有刺鉄線の鉄雲が飛び出してくる。あのグラサン野郎が神官、あの犬がペットらしい」
ゾロが教えてくれる間もホーリーがダッシュで走り回り、次々と鉄雲を起動させていく。それらが絡み合い、ドームが出来上がった。
神兵の一人が叫ぶにはこれが試験の真骨頂、「白荊デスマッチ」らしい。
その檻へ“強いゲリラ”が神兵を叩きつける。
一瞬で血まみれになり倒れる神兵、あの檻に触れたらただじゃな済まないということか。
そして戦いが始まるかと思ったその時、檻の外に人、おそらくゲリラの仲間の女性が現れた。
だがその女性は“強いゲリラ”の目の前で新たに現れた男に雷鳴のような音と共に倒された。
その男はエネルと呼ばれていた。つまりあいつが、神エネル。
「あれが神…!?」
ゾロの呟きを見ながら私は絶句していた。
“強いゲリラ”の言葉、「そいつは戦いを放棄した」という言葉を聞きながら男、神が笑いながら、自分の力を誇示するように女性を倒した。
「あんな奴が、神…?」
思わず呟くと同時に神が消える。
断言できる、アイツは私が嫌いなタイプの人間だ。
私の呟きが聞こえたのか、「恐れ多い…神は全能なるぞ…!」と神官が呟く。
あの神も、そしてそれに従う神官にも怒りを覚えたが、まずは…
「まずは、ナミ達を助けよう!」
「ああ…!」
すぐにウワバミへと駆け出す私とゾロ、それと並走するように“強いゲリラ”が現れた。
「邪魔をするな!」
“強いゲリラ”がそう叫び熱線のバズーカを放つ。
私はそれをかがんで避け、ゾロが反撃の一閃を加える。
「ホーリー!「お手」だ!」
神官の声、それと同時にホーリーが眼前に迫る。
お手、というにはあまりに強い勢いの拳を私達3人はそれぞれ避ける。
そこへ神官の雲の剣がゾロへ延びるが、ゾロはそれを弾きながら更に避ける。
私もそちらに加勢しようとするがホーリーが再び拳を振るってきたためそれをギリギリで避ける。
“強いゲリラ”の方は奇襲をかけた神兵を倒したようだが、ウワバミには辿り着けていない。
「あと7人と2匹!」
神官が叫ぶと同時にホーリーが私へ拳を振るう。
それを避けながらウワバミの方を見ると…何故か衝撃音と共に捻じれていた。そこへゲリラがバズーカを放ちウワバミを攻撃していく。
あのウワバミに何が起きているかは分からないが、できればすぐにでもナミ達を助けに行きたい…しかしホーリーが先ほどから攻撃を繰り返し行かせてくれない。
ゾロの方を見るとあちらも神官に足止めされていた。
「私の相手はアンタってこと!?…じゃあ、すぐに終わらせるから!」
そう叫びながらホーリーの「お手」を体を捻って避け、反撃のために姿勢を変え、片足を一歩引いた時だった。
カチッと音がした。
それと同時に右後方からのボフッという音、すぐさまその場を飛びのくと、先ほどまで自分がいた場所を鉄雲が貫いた。
「あっぶな…」
そう呟きながら着地し、再びホーリーへと向かう。
再び右腕で繰り出された「お手」をもう一度避け、今度は懐へ入った。
「“フォルティッシモ”!」
なぎ払いがホーリーの胴体に当たる…かと思ったが器用に左腕でガードしながら後ろに飛びのかれた。大きな傷は負わせていない。
「逃がすか!」
そう叫びスイッチを踏んで鉄雲を作動させないために大きくジャンプしてホーリーへ向かい、その顔面に技を叩き込もうと槍を引く。
「"重々しい受難曲(グラーヴェ・パッション)"!」
突きを放った瞬間、ホーリーが一歩足を引いた。
カチッという音ともにホーリーが首を右に傾け、先ほどまでホーリーの頭があった箇所を噴き出した鉄雲が通る。
「なっ…」
まるでクロスカウンターのようにその鉄雲が槍を逸らし、私の肩をかすめ抉った。
「ぐっ…この…!」
勢いを殺され落ちる所にホーリーの腕が伸び、殴る…のではなく掴まれた。
そのまま大きく振りかぶって投げ捨てられる。
(殴らなかった!?なんで!?)
そう考え思いだすのは先ほどホーリーに殴り飛ばされ着地すると同時に鉄雲に切り裂かれたゲリラ。
ならば、きっと私が投げ飛ばされた先には——
すぐさま地面に向かって技を放った。
「"急速な練習曲(プレスト・エチュード)"!」
大きくバウンドし、着地するはずだった場所よりも遠くへ落ちる。
それを見てホーリーは舌打ちをしていた。器用な犬だ。
それにしても、戦いづらい。
ホーリー単体なら簡単だろうに、鉄雲のトラップの所為で調子を崩される。
ウタワールドに引きずり込むにも、ゾロを巻き込みかねない。
眠った瞬間には操れない、もし倒れた先に鉄雲のスイッチがあれば…
それにこのまま戦い続けるにしてもなんとか技を叩き込む隙を作らないと…
「青海人!覚悟!」
そう考えていたところへその叫びと同時に突然後ろから斧を持ったゲリラが襲い掛かってくる。
すぐにそちらを睨み返す。
「ゴメン!あなたの相手をしてる暇は無いの!」
そう叫び返し"急速な練習曲(プレスト・エチュード)"を放ちゲリラを遺跡へと叩きつける。手荒な真似をしてしまったが、今の私の実力に手加減できる余裕はない。
「ガウ!!」
私の隙を見逃さなかったのだろう。雄たけびが聞こえると同時に振り返ると、目の前にホーリーがいた。
先ほどの私のように大きなジャンプで一気に距離を縮めてきていたのだ。
再びその「お手」が迫る。
なんとか身を捻り頭をギリギリ掠める位置で避けた。
そして「お手」がそのまま地面に当たり遺跡を砕く音と、カチッという音がした。
まずい、と思った瞬間、右足に激痛が走る。
鉄雲に右足をえぐり切られた。
ガクリとバランスを崩した所に二撃目の「お手」が迫る。
こんな所で…こんな犬に…
「負けられるかあ!」
そう叫び痛む足を踏みしめて、腕を振るうホーリーの懐へと飛び込んだ。
「“フォルティッシモ”!」
今度こそホーリーの胴体になぎ払いを直撃させ、その巨体を大きく飛ばす。
私もジャンプしそのホーリーの真上まで飛び槍を引く。
「たしかあの辺りだよね…私を叩きつけようとした所!!」
私の言葉にホーリーが焦りの表情を浮かべる瞬間、槍を振り下ろす。
「"重々しい受難曲(グラーヴェ・パッション)"!」
その攻撃はホーリーの巨体を地面に叩きつけた。
そこは先ほどホーリー自身が私を叩きつけようとした場所だ。
カチカチカチッと音がした。
それと同時に地面から3本の鉄雲が噴き出し、ホーリーの体や足をえぐる。
「グウウウアアアア!!!?」
「さあ…とどめだよ!!」
傷つきすぐには動けずに叫ぶホーリーへ向かって落ちながら槍を構える。
するとホーリーは突然右手で床を叩き、近くに落ちていた小石を数個左手で壁へ向かって素早く投げつける。
「ガアアアアウ!!!」
咆哮と共に壁やホーリーの傍の床から計7本の鉄雲が私へ向かって噴き出す。
このまま落ちてあれだけの鉄雲に襲われればただでは済まない。
でも——そんなものに負けるものか!!
「『新時代はこの未来だ 世界中全部変えてしまえば』」
歌う。ウタワールドへ相手を招くためじゃない。
歌の力と共に戦うために歌う。
アラバスタで出来た、ウタウタの力を槍に込める戦い方で!
「『変えてしまえばぁっ!!!』」
向かってくる鉄雲に槍を横なぎに振るう。
槍とぶつかりギャリギャリと音を立てる鉄雲、それが一瞬拮抗し、次の瞬間槍のなぎ払いですべての鉄雲がひしゃげて折れ曲がった。
「ガウ!?」
驚きの声を上げるホーリーに向かって真っすぐに落ちながら槍を振り上げ…
「"急速な追奏曲(プレスト・カノン)"!!!」
その体へ槍を叩きつけた。
轟音と共に地面が陥没するほどの衝撃が起き、ホーリーが力なく倒れた。
そのままホーリーの上へ着地する。
「はぁはぁ…次!!」
起きる様子が無いことを確認し、すぐにウワバミへ向かい走る。
その道中、隣の建物の影からゾロが飛び出してきた。
「ゾロ!あいつに勝ったの!?」
「当たり前だろ!お前も終わったんだな!?」
「もちろん!早くナミ達を助けないと…私があのウワバミを操って吐き出させる!だから…」
「ああ、おれがゲリラを相手する!」
すぐ分担を決め、ウワバミの元へと走ろうとした瞬間
—稲妻<サンゴ>—
地面が光と共に砕けた。