金色と紅のBrindisi

金色と紅のBrindisi


「なんでもねぇ日!最高だぜ〜〜〜!」

「乾杯」

目の前で茶会を楽しんでいるのは、何故かシルクハットを被った“暴君”オルフェーヴルと、バニー姿の“不沈艦”ゴールドシップであった。


「ね、ねぇ……?」

「……」

隣に座るジェンティルドンナは黙ったままコーヒーを飲んでいる。その姿はとても優雅で、多くの女性の見本となるような……なんて事を考えている暇はない。


「ねぇ?2人とも?」

「慎め。小娘」

「は、はい!」

オルフェーヴルに凄まれて身がすくんでしまう。金色を思わせる髪色と、刀のように鋭い顔立ち……まさに王の風格を漂わせる彼女の頭には、今日は冠ではなくシルクハットがあった。


「んだオメー?招待状はちゃんと見たのか?アタシが瓶に入れて天の川に流した計564通の招待状をよぉ!?」

「し、知りません!ごめんなさい!」

破天荒で有名なゴールドシップに突然怒鳴られ、慌てて首を横に振った。


……今更だが何故こうなったか説明しよう。どういうわけか、ジェンティルドンナがオルフェーヴルとゴールドシップのお茶会に誘われたのだ。その付き添いをジェンティルドンナに頼まれた。理由はわからない。ただ


「お願いしますわ」


とだけ言われたのみで。


「た、助けて……」

「……」

か弱い声を上げるも、全く聞こえていないかのようにコーヒーを飲み続けるジェンティルドンナ。


「飲め」

「え?」

ただそれだけ言ってオルフェーヴルが差し出したのは、見ただけでも苦さが想像できるほど真っ黒なコーヒーだった。

「えっと……」

「余の褒美が受け取れぬと?」

「い、いえ!いただきます!あつっ!?」

身も凍るような声に急かされ咄嗟に冷ますことなく飲んでしまった。苦味よりも先にチクリと下に痛みが走り、音を立ててマグカップを置いてしまった。


「オラァ!あずきバーのプレゼントだコラァ!」

「わあっ!?」

ゴールドシップがドボンとマグカップの中にアイスをねじ込んだ。飛沫が跳ね、自身の服に恐らく洗っても簡単には落ちないだろうシミが付いた。

「なんでもねぇ日だ!とことん騒げよな!」

「え、えぇ……」

顔を引き攣らせてマグカップに目を向ける。溶けたアイスで変色したコーヒー、だが少しは甘くなったのでは……いやダメだ。こんな可笑しな状況に流されてはいけない。


「あ、あのさ!」

「粗末な時計だ」

「はい?」

勇気を出したものの虚しく、オルフェーヴルに遮られた。彼女が見ているのは、どうやら腕時計のようだ。

「寄越せ」

「はい!」

もはや逆らえない。そそくさと腕時計を外してオルフェーヴルに差し出した。

「ふん」

「ああっ!?」

「静まれ。ーーー額づき、喜べ。豪勢な装飾としよう」

オルフェーヴルが少し力を込めて握ったかと思うと、ガラスが簡単に割られてしまった。そしてシルクハットを脱ぎ、何故か頭に乗っけていた新たなガラスをはめようとした。


「二次会の始まりだぁぁぁぁぁ!!!」

その叫びとともに、ゴールドシップが角砂糖をガラスの割れた時計へ思い切り叩きつけた。

「ああああああああ!?」

時計の針も中の歯車も四散し、悲嘆の叫びを上げてしまう。邪魔されたはずのオルフェーヴルも何故か満足そうに時計『だったモノ』を見つめていた。


「わ…私の時計…」

もはや言葉が出ない。混沌とし過ぎている。現代アートに感心の表情を向けるオルフェーヴル、角砂糖でお手玉するゴールドシップ、つゆ知らずとコーヒーを飲み続けるジェンティルドンナ。もう耐えられない。


「小娘」

「へっ」

今度は何かとオルフェーヴルに目を向ける。差し出されたのは、1枚の紙切れだった。

「この刻、この場にて、待つ」

「……もしかして……並走、したかったの?」

これを頼むだけのために謎のお茶会で振り回し、そして腕時計が壊されたのかと思うと心が抜けたような気分になる。

「おう!ちゃんとタオルも用意してくれよな!スポドリとかのオマケについてるタオルで頼むぜ!」

「え、ちょ、ちょっと!?後片付けは!?」

呼び止める暇もなく、オルフェーヴルとゴールドシップは去っていった。残されたのは虚空を見つめる自分と、悠々とコーヒーを飲むジェンティルドンナだった。


「まあ、そうでしょうね」

「分かってたの!?分かってて誘ったの!?」

タガが外れたようにジェンティルドンナに思わず問い詰めてしまう。

「落ち着きなさい。……貴女、本当に微笑ましい人ね」

「……はははっ」

どうやら自分が困っている状況を楽しんでいたらしく、もはや渇いた笑いしか出てこなかった。


「それでこそ、私を追う資格があるのよ」

「!」

自分を試していたのか、それとも哀れみで励ましたのか……それでも嬉しさを感じて目を見開いてしまう。そう、ジェンティルドンナを支えると誓ってから、彼女に認められるために努力してきた。それが少し、報われた気がした。

「私、頑張るから!」

「何を仰っているの?まあいいわ。行きましょう」

「え!?ちょっと!片付けようよ!」

マグカップを置いて一瞥もなく後にするジェンティルドンナを追いかけんと、急いでマグカップ諸々を片付けた。

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