野箆坊が丑の刻-中編-

野箆坊が丑の刻-中編-



注意:R18,R18G

未成年者の閲覧はご遠慮ください。

■人斬り鎌ぞう(キラー)×🥗ホーキンス

■キッド×🥗ホーキンス要素あり

■暴力

■性行為

■欠損

■その他、文章力・理解度不足の問題で起こるキャラ崩壊等ご理解いただき、皆様の閲覧と感想をお待ちしてます。





殺人鬼・人斬り鎌ぞう、北海の魔女・真打ちホーキンス。面を失い狂うまま、花を摘み取り花弁を千切り、愛憎渦巻く恋模様。

かつての友の変貌に、女は何を思う。

かつての友を恋慕し、男は何を笑う。

乱れてゆく波、床を濡らす涙……2人の目に映る運命の分かれ道。

「哀れね、人斬り鎌ぞう」


この作品は前・中・後編に分かれます。完結してから別テレグラに、後書きとして「丑の刻に噂話」を添付いたしますので、重ねて読んでいただければと思います。

また、この作品では、皆様の生み出した素晴らしい概念を誠に勝手ながら流用させていただいてます。素晴らしい供給、大大感謝です!

それではどうぞ。




 襖を閉める。襖を閉める。襖を閉める。襖を閉める。襖を閉める。襖を閉める。

「本日もよろしくお願いします」

夜の空を見上げ子供心に綺麗だと思った少女、太陽が眩しくてあまり好きではなかった少女、それから二十数年経った。女は、夜の終わりを待ち望む。

「酷いわねえ」

「よりにもよって」

「鎌ぞう」

「今日も指名だそうよ」

「私だったら嘘泣きでもして逃げ出しているわ」

「惚れてんじゃないの」

「鎌ぞうにぃ!?やだやだ」

違う……違う……違う……ホーキンスは足を引きずる。毎日、毎日、どれだけ涙を流したか。化粧をした姿しか見ていないあなた達にはわからないこと、と、喘ぎ声に塗れた襖の奥を睨みつける。ホーキンスは思う、私はあなた達とは違うわ、あなた達みたいな、お気楽な、金のためだけに、男みたいな汚い生き物に汚い目を注がれるためだけに、そんなものを求めているわけじゃないのよ。

「ぐふふふふ、なんと美しい女よ。噂は家臣の者から聞いていたが、相見えるといやはや……表せぬ!!ここまでの女がこのわしの傘下に、のうホーキンス」

黒炭オロチ……ワノ国の「将軍」であり、四皇カイドウと共に百獣海賊団を使役する男。ホーキンスにとっては上司と部下の関係である。扇子をバッと開き、舐めるようにホーキンスの姿を見る。そして、こう言うのだ。

「ちこうよれ」

体が冷えていく。何か嫌な予感がする。

「もっとじゃ」

……え?

「もっとちこうよれと言っておるのだ」

隣まで来い、と言うような目で、扇子を仰ぐ。もう、彼女とオロチの距離は目と鼻の先だ。そこまで来た時、オロチはニヤッと笑ったと思うと、ホーキンスの体を掴み、抱き寄せてきた。

「な、なにを……」

「わしの正妻になれ」

肩から腕にかけて撫でられる。

「なんと美しい金の髪よ」

そう言って、頭を撫で、彼女のふわりとカールのかかった毛髪を、自らの指に絡めてきた。ホーキンスの全身に鳥肌が立つ。体を触られること自体は問題ではなかった。船員達で手を繋いだり、髪の毛を櫛で解いてくれたり、抱きしめたり、機会はけして多くはないが、そういう触れ合い方はあった。だが、オロチの触り方は違う。不快そのものだった。ずっと、疲れてもいないのにはぁはぁと息をさせ、髪をゆっくりと持ち上げたかと思ったら、

「芳醇な……女の香りよ」

「やめなさい!」

匂いを嗅いできた。あまりの気色悪さに、つい、上司であることも忘れてホーキンスは叫んだ。髪に触れた手をパン、と叩き、撫でられた腕を払いのけて逃げようとする。

「……わしを誰と心得る」

扇子が閉じた。オロチの視線が苛立ちを帯びているのを見て、ホーキンスは自分の選択を後悔し始めた。

「すみません、ただ、慣れていなかったので」

「今から慣れれば良かろう!!……まあ良い。直々に教えてやろうではないか、このオロチ様に逆らうとどうなるか。手を出せ」

「はい」

出さなくてはいけない。次に断ったら、この者が直接手を下すにしろ、カイドウに有る事無い事伝えられるにしろ、どちらにせよ……自分は死ぬ。ガチャン、と、手錠がはめられた……体中から力が抜けていく。海楼石……!!

「お主も知っておろう、これのことは」

「!!」

「海楼石を産んだのはこのワノ国じゃ。さっきのようにされては困る」

対面する。何もできないまま、立ち上がったオロチの悦に入った卑しい笑顔を見る。

「そう怯えるでない、ちょいと仕置きをするだけよ」

オロチは、ホーキンスの服に、その上半身の胸の膨らみに触れた……最初から、これが。近づく半開きの口から、呼吸するのも億劫になる程の悪臭がする。

「有難く思うが良い、わしから直接触れられることなど、滅多な女でなければ機会すら設けられぬわ」

相手は将軍……逆らってはいけない。耐えねば……耐えなければ。

 その後のことは思い出したくない。

「まさか処女であったとは。姿こそ良いと思えど、下はまだまだ鍛えが足りんのう」

着崩れた服を、ホーキンスは無言で直した。

「花の都で客を取れ。経験にもなろう……ムハハハハハ!わしの手解きも、わしの体を受け入れたことも、忘れるでないぞ!!」

オロチの声は頭の中、何度も歪んで響いてくる。

「ホーキンス、誉れよ。誉れと思うのだ」

体が、動くまで……途方もない時間が、かかったように、感じる。

 此処にいるのは生きていくためだ。従わなければ首を刎ねられる、従えば生き延びられる。ただ、それだけの世界で、ホーキンスは今日も1人の男に体を売り込む。彼女は縋っていた。どれだけ汚されても、どれだけの傷を負っても忘れない。「真打ち」として、「船長」として、その誇りだけは絶対に、忘れない。荊棘の道を、濁った雲の中を、いつか陽の光の差すその日を夢見て歩き続ける、彼女は心に決めていた。

 今日も夜が来る。襖を閉ざす。心も、閉ざす……ホーキンスは自らの涙に語りかける。大丈夫よ、また会える。朝になるまで、少しお別れをするだけ……。

「お待たせしました」

カタン……。

 ホーキンスには気掛かりなことがあった。それは、人斬り鎌ぞうのことだ。鎌ぞうは毎日毎日、自分を指名し独占するようになった。最近はこの男しか相手していない。だが、気に入っているのかどうかも分からなかった。いつも、ずっと狂ったように笑って、笑っていると思ったら急に殴ったり蹴ったりしてくる。憂さ晴らしだろうか……。更に、鎌ぞうはいつも、髪結の方が作ってくれた髪型、それに飾り付けた簪といったものを乱暴に引っ張って外してしまう。せっかくしてくれたものに、と、すっかりぼさぼさになってくたびれた髪の毛を、いつもいたわっている。あゝ嫌なことばかり、こんなのでも今までの客達とトントンである故に自分の心はどうにか保っている。本当に、此処の人達は酷い。客からの暴力なんて当然みたいで、真打ちだからと無理強いも多い。他の芸者からは陰で妬まれ蔑まれ、やっかみで虐められることもある……でも、そんなこといつもだ。ホーキンスが最も気にしているのは、鎌ぞうのある行動。偶ではあるが、鎌ぞうはホーキンスの体を抱きしめる。そのその手つきが何故か、別の人のように優しくて……仲の良かった、あの人みたいで。その時だけ、顔にも口にも出さないけれど、少しばかり嬉しくなるのだ。何故だかわからない、わからないのが尚更気になった。ホーキンスは夜も更けた頃に、彼の名を心の中で呼ぶ。ねえ、キラー……。今、あなたは何処で何をしているの。生きているの、声だけでも聞かせてほしいわ……ねえ。

「キラー……」

「!!!」

鎌ぞうの体は跳ね上がった。切なく、懇願するような声、恐る恐るホーキンスを見ると、目は閉じている……ただの、寝言か。顔を少し触ってみると、濡れていた。苦しいだろう、辛いだろう……指で落ちる涙を拭くと、むず痒そうにホーキンスは寝返りをうった。鎌ぞうは、心を痛めた。そして、おれは一体なんなんだ、と頭を抱え、

「……ファッファッ」

自分も静かに涙を流すのだった。

 次の日の夜、ホーキンスが休んだことを伝えられた。どうやら百獣海賊団内での緊急の仕事が入ってきた、と急に飛び出していったようで、相手は違う女になった。なんとも味気なく、心にポッカリと穴が開いた。何もない顔に笑いの面だけかけて、丑の刻……哀れな男、人斬り鎌ぞう。

 一方、ホーキンスはある男の部屋を訪ねていた。

「……情報屋、話を始める前に。私はあなたを許していません。だから、体を渡すくらいならここで舌を噛み切って死んでやる。それだけは分かってくれるわね?」

「アッパッパッパ〜!!随分女になったなァ!何だ、そう言わないと狙われちまうのか!大変なことで〜」

情報屋と呼ばれた男は心底軽蔑したような顔で笑って、煙管を吹かしている。ホーキンスはギリリ、と唇を噛み、怒鳴った。

「あなたのせいよ……アプー!!!」

百獣海賊団情報屋スクラッチメン・アプーは得意げに笑った。

「アッパッパッパッパ〜!!!せっかく同僚になったってのにこれか!アッパッパ!!おもしれぇ、傑作だ!!立場は人を変える!!オラッチはずっと変わってねえがなァ!」

この男の全ての言動が癪に触る。全ての元凶、コイツさえいなければ、コイツさえいなければ……怒りを滾らせながら、しかし、今日はあくまで情報を聞く立場、矛を収める。

「私は人斬り鎌ぞうについて、聞きに来たの」

その名前を出した瞬間、アプーの顔色がサッと変わった。

「……真打ちが……お尋ね者なんか、気にして何だ?どうしたよぉ」

明らかに何か知っているかのような顔で、ぎこちなく笑みを作っている。

「そんな事情は良いでしょう。それよりも教えてちょうだい。あなたは情報屋、知っていてもおかしくないわ。あの男は……何者?」

「テメーはバカだな」

「……何?」

「情報屋舐めんじゃねえぞ?たかがいち幹部でしかない人間に、知ってること何でもかんでも教えられるかってんだ」

ホーキンスはその言葉の背後に、何か恐ろしい事実があることをひしひしと感じ取った。しかし、聞かずにはいられない。

「何かあるのね?お願い……教えてちょうだい、何故あの男は捕まらないの?何故あの男は辻斬りをするの?何故あの男は……ずっと、笑い声を上げているの」

アプーは煙管をひと吸いし、ぐい、と口角を上げて目を細めた。まるでその笑みは自らを闇に誘うようで……取り返しのつかないことになりつつあることは間違いなかった。しかし、ホーキンスは進む。契約を試みる、目の前の悪魔と。

「答えて、アプー。あの男は……キラーで間違いないわね」

「……オラッチから答えは出さないぜ??ただな……」

悪魔はホーキンスを睨む。そして、不気味なまでに静かな声で言った。

「その推測がくだらねぇ争いを産むことは間違いない、それだけ伝えておく」

ホーキンスは確信した。当たりだ、本当に……信じたくなかったけれど。

「絶対に他人に話すなよ?もちろん、お尋ね者にも何も聞くな。首絞まるのはテメーだ」

「わかってるわ」

「じゃ、これから女呼んでパーティだからよォ!!さっさと帰れ!これ以上機嫌悪くさせんなァ〜勘違いも甚だしいぜェ、オラッチは陰気な女が大嫌いなんだよ!!葬式まで取っとけその顔は!」

プレジャーズ……笑う者にしたのね、オロチ!!そうやって自分の支配下に置いて、許せない……許せない。

「……ねぇ」

八つ当たりだとは分かっていた。だが、かつて同盟関係にあった海賊団の船員、ただの船員ではない、自分だって親しくしていたはずの重要な戦闘員、それに対してここまで薄情な姿勢を取る男に躊躇いなど無い。

「あなた、血も涙もないのね……!憐れむ心なんて生まれてから持ったことないんでしょう!そうよ!!」

ホーキンスは怒鳴りながら涙を流し始める。

「同盟として少しは信用も、関わりもあったでしょう!?キラーが……プレジャーズになって、ずっと、嬉しくも楽しくもないのに笑い続けることしか出来なくて、将軍の命令に従い続けるしかないというのに!あなたは嘲って、罵ることしか知らないんだわ!!」

ホーキンスは崩れ落ち、髪を掴んで泣く。

「本当に……あなた、屑よ……」

「帰れって言ってんだろうがクソアマァ」

アプーは先程の明るい調子を一瞬で引っ込め、うざったげに言った。そして、ソファに座り直し、青筋を立ててホーキンスを睨め付けた。

「汁粉みてぇに甘ったるくて反吐が出るぜ、なぁオイ!?……テメェは今まで何やってきたよ」

「……っ」

「答えられねえか!!アッパッパッパッパ〜!!海賊だろォ??いつから安全地帯にいると思ってたんだよ!!クルーや男共に良くされてたからってなァ、そんなつまんねー感傷に浸ってんじゃねえ」

確かにそう。でも、そういう問題じゃないでしょう……!

「テメーは船長から戦闘員の1人になった、その違いは大きいかもしれねーな。こっちは何年も情報屋やってんだ!!テメーんとこの同盟がどうなろうが、知ったこっちゃねえんだよォ!!」

「……そうやって、そうやって私達を騙して何も悪びれもしないのね!!哀れな人!!人の感情を好き勝手利用するなら、あんたもきっと、利用されるだけになるわ!!それでもいいの!?」

アプーはその言葉を聞いて、しばし黙った。黙って、煙管に口をつけ、ため息と共に煙を吐くと、ギラギラとした目つきでホーキンスを見据え、歯を見せて笑った。

「それが嫌ならなァ、最初からこの道選ばねぇんだよ。Savvy?」

心が冷え切っていく……この人には何を言っても通じない。これ以上、会話を続けることはできない。ホーキンスは逃げるように扉を急いで閉め、おぼつかない足取りで歩く。心臓がどくん、どくん、と耳を塞ぎたくなるほど五月蝿く鳴っている。突然、扉が開いた。ホーキンスはヒュッと息を呑む。

「せいぜい夜道にゃ気をつけろ!おれ達はちゃあんと見てるからな?人斬り鎌ぞうの『お気に入り』よぉ」

「お生憎様、私はあなたの思い通りになんてならないわ!」

アプーの言葉を毅然と突っぱねたつもりでも、心はどうしようもなく、痛いくらいに揺れている。あゝどうして、どうして聞いてしまったのだろう。後悔が胸を突く中、ホーキンスは自室に戻る。

「ううっ……うっ……」

枕に涙を溜めていく……哀れな女、ホーキンス。どうしてこんなことに……。

 寝室で、暗い壁と目を合わせる。信じられなかった。隣で鎌ぞうが肩を震わせて泣いている。ホーキンスの頬の涙を拭い取った後、泣いている。間違えて口を滑らせてしまった、キラーの名前を出してしまった。鎌ぞうが起きていたから寝たふりをしたけれど、どうして、鎌ぞうは怒らなかったの?どうして撫でたの?どうして泣いているの?……あゝ空が暗い、どうしてこんなにドキドキしているの、どうして鎌ぞうの顔を見たい、としきりに思うの。この思いの正体は……?ホーキンスの中に濁流の如く流れ込む不可思議な思考の渦は、止めようと思えば思うほど益々増え続ける。

「ファ……ファッ……う……ぅ……」

鎌ぞう、悲しいの?いつも楽しそうに笑って殴って、そんなあなたにも辛いことがあったの?ホーキンスは慈しむ心を持つ女性だった。聞いてあげたい、誰であれ、困ってる人を放っておきたくない、と、背中だけ合わせた布団の中で鎌ぞうを気にかける。

 その日、何か突っかかったまま、真打ちとしての仕事をしていた。あの泣き声は何処かで自分が聴いた声、どうしてか頭から離れない……。

 事態が変わったのは、仕事を終わらせて自室にいた時、いつものように日課の占いをしていた彼女は、ふと、思った。人斬り鎌ぞうとキラーだ。何か関係があるのではないか、と。もしかして、同一人物だったら……何気なくそう思って、その男のことを占った。

「……え?」

自分の占いを疑う、人生で初めて。

「そ、そんなはず」

繰り返すが、同じ確率を叩き出す。

「どうして、変よ」

他の占いではまばらな確率、収束しているのはそれだけ。

「キラー……どうして」

鎌ぞうの正体がキラーである確率は、100パーセントを叩き続けた。何度やろうと、それは変わらない。

「キラー……あなた……あなた……そんなに笑う人じゃない……」

体中がガタガタ震え出す。ひとつの答えに辿り着く。

「まさか……」

『ファッファッファッファッ!!!』

頭の中であの笑い声が木霊する。

「いやよ、そんな、そんなはずない」

あゝ気づいてしまった、あの人、ずっと笑っていたわ。最初から笑う人だと思ってたの、よく笑う人としか思ってなかったの。

「まさか」

キラーが、鎌ぞうなのだとしたら……いや……いやよ……でも、そうじゃなきゃおかしいの!今まで笑わない人だったもの、あんなに大口を開けて笑ったりしないもの。キラーをあそこまで壊してしまったのは、恐らく……、

「SMILE……!」

どうして!!どうしてあんなになるまで気づかなかったの。寒い……寒いわ、怖くて、悲しくて、体が冷え切っていく。あの人はどんな思いで自分を相手にしていたの、暴力を振るっていたのは……気づいてほしかったから?飾りを乱暴に外したのも何もかも、そうだったの?

「キラー……あぁ……キラー……!」

寒いけど、燃える。心がジリジリと焦げていく。抱きしめた時の優しい感触も、思えばキラーそのものだった。あんなに優しく抱きしめてくれる人なんてそう居なかったはずよ……私、なんて酷い女……。でも、杞憂するにはまだ早い。ホーキンスは占いが全て、という考えまで、訳がわからなくなって初めて曲げる。誰かあの人のことを知っていそうな……そんな、頼れっていうの?頭を整理して出てきたのは、1人の裏切り者。積極的に同盟を組んでおきながら、自分は最初から四皇のカイドウの下、情報屋として働いていて同盟に関する情報は筒抜け。百獣海賊団においては、大看板だけでなく、カイドウやオロチといった最も上の人間ですら繋がりを持つことが出来ているこの人物……鎌ぞうのことだって、知ってておかしくないはず。彼女は決めた。今日、仕事のため一時帰国しているこの男に聞きに行くことを。この男はどうせふざけて嘘をつくかもしれない、懸念は沢山あるけれど、それでもホーキンスは、縋る思いで電伝虫を繋いだ。

 着物をはだけた男はいつも訊ねる。

「おれが怖いかホーキンス」

今のホーキンスはその質問の真意を知っている。ずっと気にかけてくれていた、心配していた、私は本当はただの女の子で、こんな仕打ちが耐えられないことくらい知っているのね、あなたはそう思っているのよね、だからそんなことをいつも……。嬉しい……キラー、

「あなたを愛しています」

毎日、そう言う。本当のことを言っているだけ、いつかその言葉が届くまで……。あゝなんと皮肉なことか、鎌ぞうは知らない、ホーキンスも知らない。2人は既に愛し合い、風の立つ夜の火の如く轟々と恋焦がれているというのに。

 ある日の非番の夜、ホーキンスは歩いていた。何か小競り合いのようなものが聴こえた。

「殺さないでくれぇぇ!!!」

何をしているのかしら、ホーキンスは相手次第でどちらかを奉行所に連れて行くことを考えていた。しかし、瞬間、思考は全て吹き飛ばされる。

「ファッファッファッファッ!お前はおれの女を馬鹿にした!命は無いと思え!!」

「ひいいいいい!!!誰か、誰かああああ!!」

キラー……!建物の後ろから一部始終を見る。立場上、自ら出張れば不自然に思われるだけだ。

「人斬り鎌ぞうだぁぁぁ!!鎌ぞうが現れたんだよおお!!ひえええお助けを!!!悪かった、悪かった、もう悪口言わねえ!!許してくれ!!」

「ファーッファッファッファッ!」

「ぎゃあ〜〜〜〜ッ!!!!」

ホーキンスは耳を塞ぐ。あまりにも壮絶な断末魔と共に、地面にばた、と、何かが落ちる音がする。

「ファッファッファッ……ファッファッファ……」

そして、乾いた笑い声が足音と一緒に少しずつ遠ざかって、聴こえなくなった。ホーキンスは、通りに出た。

「……」

血飛沫が広がっている。明らかに一般人の男が倒れている、即死だろう。顔を覗き込むと、目を開いたまま口からは血をボロッと流している。

「……良い気味ね」

死体を見下ろして、小さく呟く。

「鎌ぞう様の前で……そんなこと、言うからよ」

斬られた腹の部分を、ホーキンスは、がば、ぶちぶちぶち、と音を立てながらわざわざ手で開く。

「……フゥ……フゥ……」

鉄の臭いに塗れながら、ホーキンスは腹にぐにぐに、と触れる。

「……鎌ぞう様に逆らったらどうなるか」

思い知らせてやる。一思いにはらわたを体の外に向かって引っ張り、溢れ出させる。

「……フフ……私のもの……鎌ぞう様は私のもの……ずぅっと……」

べっとりと血のついた傷口を愛おしそうに、ゆっくりと撫でた。

「キラー……待ってて……私はあなたといつか、本当の意味で契りを交わすのよ」

掴んだ腸を腕に纏うように広げる。

「あなたと、心からのキスをするわ……とびっきり綺麗な着物を着るわ」

返り血で汚れていく服、綺麗好きなはずのホーキンスは気にも留めず、掌に、腕に、体に、内臓を纏っていく。

「素敵でしょう、ねえキラー」

そう、彼女はただ夢見心地だった。

♦︎

「許さぬ……わしの女を拐かしおって……!!!」

オロチは般若を思わせる形相、手の上の盃がぶるぶると震える。

「処遇はどのようにいたしましょう」

「今考えておる!!お前は黙っとれ!!」

従順にも仔細を伝えた部下に対して城の藤山が噴火した。

「ああもう目障りじゃ!!!貴様ら全員、去れ!わしが言うておるのだ!!去れェ!!」

「はっ」

部下達は去っていく。

「待て!!……彼奴に約束通り、これだけの褒美を渡すのじゃ。わかったな!毎度毎度、碌な話を吹き込まないとはいえ……頼れる情報屋よ」

1人がずしりと両手に重くのしかかるほどの金を受け取って、そそくさと部屋を後にした。

「おれの女、だと?鎌ぞうめぇ……次は無いぞ……せっかくお前を買っておるというに……」

オロチは扇子を閉じる。

「ホーキンスは……わしの女よ」

♦︎

 夜毎の愛は悲しいほどに2人をすれ違わせるも、少しずつ、血塗られた臓物の赤い糸が編まれていく。性交は少しずつ、お互いの立場を守るためではなく、お互いの愛を確かめ合うためへと、無意識の内に変わっていく。延長線でしかないと思われた接吻や愛撫も、ただ恋慕を加速させる。望まない肩書きを充てられた2人は面を探す。かつて自分達が持っていた姿の幻を追いかける。

 それから、日は経った。ワノ国に不法侵入者が現れ、対応に追われたホーキンスは遊郭での仕事を休止する。今までは望んでいたことだったかもしれない、だが、ひっそりとした寂しさに影を落とす。

「キラー……」

「顔色が悪いな。仕事に差し障るか」

ドレークが訊ねた。

「いいえ。それよりドレークは自分の心配をしなさいよ……?」

「何が言いたい」

任務を遂行する、余計なことは考えちゃダメよホーキンス。そう、自分を鼓舞するのだった。しかし、ホーキンスはその後、二度と鎌ぞうに会えない。

 一方で、鎌ぞうはオロチ城で起きた狼藉と小紫花魁の死亡により命を下され、禿の子供を追っていた。

「おれの狙いはその"笑い袋"の様なガキの命だけだ」

終わりの始まりを、2人は知らない。

 銀世界の中で倒れ伏す鎌ぞうの周りに赤い血が点々と並ぶ……ゾロ十郎……ロロノア・ゾロ……

「ファ……ファッファッ……」

何処へ消えた……!!まだ、勝負は終わっていない……。決死の思いで立ち上がって、途方もなく歩く。日が暮れても、夜になっても、ボタボタと血を垂らしながら、狭窄した視界でその男を探す。もう後が無い、このままでは……ホーキンスが……ホーキンス……。

「ひとつ、話が入った。貴様、わしが褒美にくれてやったホーキンスにうつつを抜かしておるのじゃな」

「ファッファッファ……何を仰る、おれはあの女のことはどうとも」

オロチはひざまづく鎌ぞうに近づく。

「毎日、毎日、指名しておると聞いた」

「あの女は逃げ出さないので、ファッファッ……都合が良い」

「ずっと目を瞑ってきたんじゃ」

肩にバシン、と扇子が打ち下ろされる。

「面を上げい」

目に映ったのは、憤怒しながら鎌ぞうを見下ろすオロチの姿だ。

「……ファッファッファッ」

「笑って見ておれ。わしがホーキンスと愛し合う様をのう」

「!!!」

クソ野郎が……怒りは口からは割れんばかりの笑い声となって溢れる。

「もっと早く聞いておくべきだったのう……貴様がホーキンスを、同盟を組んでいた頃から長らく愛しておったということも、貴様がホーキンスのことを『おれの女』などと生意気にも口にしたということも」

この情報の渡り具合、浮かぶのはただ1人だ……あの、裏切り者!!オロチは笑う鎌ぞうを鼻で笑い返す。そして御座にどっかり座り込み、水の中で溺れる蟻を鑑賞して楽しむような、悪辣極まりない笑顔を浮かべ、扇子をぱたぱたと仰ぐ。

「ホーキンスはのう、わしの妻となることが決まっておる」

笑う、笑われる自分を遠くから見ている。こんな仕打ちを受けてさえ、怒ることさえ出来ない。目の前の憎い男を1発でも殴ることさえ、鎌ぞうには叶わない。拳をギチギチと握りしめる。

「お前は強い男よ。あの女のことは諦めよ、それで許そう」

オロチに言ってやりたかった。諦めることで許されるというなら、許されずとも貫いてみせる、と。せめて思いだけでも持っておく。

「ただし、任務を失敗した時は……終わりじゃ。お前に限ってそんなことはないと、わしは信じておるがな……ムハハハハハ!!!これからも頼りにしておるぞ……"人斬り鎌ぞう"?」

オロチは、自分に課せられた偽りの名前を当てつけのようにゆっくりと発音した。

「御意」

「ファッファッファ……ゾロ十郎……出てこい……」

失敗は許されない。必ず、あんな男の物になる前にホーキンスを助け出さなければいけない、鎌ぞうは歩む。

「人斬り鎌ぞうだな」

追手が来た。

「捕まえろ!!」

攻撃をしようとする、しかし、満身創痍だ。歩くだけでも苦しい体は、本来こんな奴らなど薙ぎ倒せそうなものだが、思う様にいかなかった。

「動くな!!」

「離せェェェ!!!ファッファッファ!!!」

取り押さえられ手錠をはめられる、詰みを確信した、その時。

「そいつに触んじゃねえ!!!!」

「ぐわぁ!!!」

「あ……ファ……ファ……ぁぁ……な、ぜ……ファッファッ……」

昔からずっと、隣で聴いてきた。獰猛で、無骨なその声……キラーは笑ったまま、両目から涙を流した。

「テメェ……コイツが何したってんだよ!!言いやがれ!!!」

キッドの頭の中から、脱獄をする、という考えは最早存在しない。目の前にいるゴミを殺す、自分の「相棒」に手を出した奴は殺す、それだけだ。追手の胸ぐらを掴む。

「誰だか知らねえが、鎌ぞうは任務の失敗で死刑囚……ん!?こいつ、そうだ!!お前ら、ユースタス・キッドだぞ!脱獄はぐぶぁ!!!」

キッドは男を殴り倒した。

「ぶっ殺す」

「ファッファッ!!やめてくれ!!……ファッファッファッ!!」

鎌ぞうは笑いながらキッドに呼びかける。止める価値などないと叫ぶ。ホーキンスの顔が浮かぶ、ホーキンスとの出会い、思い出、その情景が少しずつ血に染められていく。たくさん酷いことをした、こんな自分を守らないでくれ、と、叫ぼうとする。

「ファッファッファッファッ!!」

止まれ、笑い声、止まってくれ!!キッドは……キッドはこの笑い声を……。

「お前」

キッドは言葉を詰まらせる。コンプレックスを剥き出しにされてそれでも笑っている時点で、その異様さは分かっていた。しかし、胸に刻まれた深い傷を見て……殺意が抑えられていく。その瞬間だった。キッドは追手達から次々と殴打され、土を舐めた。

「あんたもだ!!来い!!」

キッドは抵抗しなかった……出来なかった。額から落ちていく血にひたすら腹を立て、

「許さねェ」

と吐き捨てた。

「ファファファ……」

キラーは笑う。後ろにいるキッドは、自分に何も話しかけない。それが益々、苦しくて、ただ、歩きながらもひとりでに止まらない笑い、それを悔しく、辛く思う、だけだった。

 ホーキンスは独り、キラーを想う。

「船長……」

沈痛な表情を浮かべた部下が立ち尽くしている。ホーキンスさん、とは呼ばない。海賊団の時代からの長い付き合いだからだ。もう無いに等しいその肩書きを彼らは呼び続け、自覚させてくれる。

「どうしたの?」

「キラーさんが……兎丼に連行されたそうです」

「ええ、知ってるわ」

朝、占った。鎌ぞうが敵に敗北する確率は93パーセント、このような結末になることは、察していた。それでも尚、ホーキンスは祈り続ける。

「キラーとキッドに幸運を……どうか……」

その願いは届くか、否か。

♦︎

 アプーは、宴を前にして再び帰国していた。そこで、クイーンから話したいことがある、とサシで酒の席に誘われたのだが……。

「ブラザー酷いぜ!!おれ達の仲だろお!!!どうして今まで教えてくれなかったんだよおおお!!!」

クイーンは酒をがぶがぶと飲み、叫びながら強く肩を掴んで体重をかけてくる……すごく、重い。

「っても鎌ぞうがいる間は指名蹴り続けてたでしょ?そこどうにかするまでは話せねぇと思ったんだけどなァ……まさかこんなことになってるとは……」

ホーキンスが今も業務に追われていることは、アプーの耳にも入っている。

「だとしてもだよおおおお!!!外様のカワイコちゃんが花の都で客取り!!!一目見るだけでも良かったの!!あああホーキンスちゅわあああん!!真打ちの仕事代わったげるからおいでええええ!!!」

アプーは、せっかく問題を解決したのに、と溜息をついた。ホーキンスにあんなことを言われてしまえば、こちらとしては立場が厳しい。もしあの爆弾が、何かしらの形で起動した時を考えたのだ。隠蔽していた、肩を持っていた、などと言われるのはアプーになる。それをどうにか防ぐため、人斬り鎌ぞうの行動を部下に尾行させ、鎌ぞうがホーキンスをバカにした商人の男を斬り殺したことを、証拠付きで、事前に録音していたホーキンスと自分の会話も含めて全て、オロチに差し出したのだった。

「そんな良い女じゃねーけど」

「お前、今なんて言った?」

「同盟やってたから分かるんだよ。つまらん女です、アイツは」

クイーンの琴線に触れるも、事実を言っているだけだ、と、アプーは呆れて話す。

「……ホーキンスちゃんを馬鹿にする奴は、誰であろうとも許さねえぞ!!うおおおおおお死んじまええええ!!!ブラキオ蛇ウルス!!!!」

「えっはやっ……ぎゃあああああ!!」

流石にこれは予想していなかった。唐突に変身したクイーンを視認した瞬間、あっという間に締め上げられてしまった。

「は?なッんだよ!!ガチで殺しにきやがった!!誰か!!!クイーンさんがッ……」

ゴキン、という鈍い音が体に響く。

「やべ、肋骨……ッ……この……酔っぱらいがァ……」

「濃度の合計見りゃ分かるだろうがああああ!!おれは今酔ってる!!!ブラキオランチャアアアア!!!おわあああ!!」

部屋は滅茶苦茶になった。

 次の日とある病室では、汗を垂らしながら何かの紙を破り捨てるクイーンがいた。

「開催前日にDJを殺しかけるMCなんて、聞いたことねェ……!!」

アプーは、今にも人を殺しそうな目で、山型に積まれた辞表を一つずつ渡していた。

「ブラザー、機嫌直してくれよ……って、まだこんなにあるんかい!!後何枚?」

「95」

「いつ書いたんだよお前……」

♦︎

 キラーはキッドに未だ伝えていない、ホーキンスと自分の関係を。

『食えば船長を救う好機をやる』

チャンスは、確かに掴み取れた。だが、あれほどのことをした自分が此処に居ていいのか、迷ったままだ……。

「おい、キラー」

「……キッド」

キッドは悩むキラーの隣にどさ、と座り込んだ。

「これからだぜ」

きりっとした目つきで、その男は笑う。キラーの心は少し解れる。

「ファッファッファッ!そうだな」

「おれ達は誰も信じねェ」

「ああ」

「目の前にいる仲間達が全てだ。だからな」

そう言うと、キラーをじっと見た。マスクを付けた自分の、その先までじっと……いつもそうだ。だから、何もかも知ってるキッドの目の前でさえマスクを外さなくても良い。そうしなくたって、キッドにはおれの顔が見えているのだから。

「あの日……おれと、一緒に捕まった日までのこと、全部忘れろ」

「ファッファッ、全部か」

「ああ……!何ぞうだか知らねえが、あれはお前じゃねえ!!」

おれじゃ……ない?キラーはその言葉に驚く。目に光が宿る。

「同盟も、もううんざりだ!みんな忘れろ!!」

「ファッファッ、お前はそれで良いのか」

「良い」

キッドは真っ直ぐな奴だ。知っていたはずなのに、少し一緒にいない内に忘れてしまっていたかもしれない。そうだ……こういう奴だから、おれはキッドについて行くと決めたんじゃないか!

「わかった!ファッファッファッ!!忘れるよ」

「言われなくても忘れろ。お前はおれの海賊団の大事な船員!おれの、相棒だ!」

背中を強く、深く、叩かれる。その衝撃は体中から、心の奥底まで届いていく。色んなわだかまりが消されて……忘れる。もう、後ろは向かない。キラーは立ち上がった。

「ファッファッ!!ああ!よろしく頼む、キッド!!」

「おうよ!」

2人は手を握り合う。ホーキンスの顔がゆらりと浮かぶ……迷いなどあるものか。道は分たれた。次会う時、お前は、おれ達の敵だ!

 火祭りは、もう目の前まで迫っている。それぞれの思惑が交錯するその日、全てが始まり、全てが終わる。

「行くぞお前らァ!!」

「おおーーッ!!!」

「ファッファッファッ!」

♦︎

「キッド……キラー……無事でいて……お願い……」

鬼ヶ島で、「敵」は願う。

♦︎

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