醜態

醜態


ある日、夜のアビドス校舎。

小鳥遊ホシノは、珍しく一人で物思いに耽っていた。

「…」

ただただ無言で、ソファーに寝そべりながら思案を続ける。

答えは、出ない。

「…はぁ」

若干苛立ち交じりにソファーから起き上がった、その次の瞬間。

「…え?」

突如、目の前の空間に空洞が生まれた。

その中から現れたのは、黒いドレスに身を包んだ、ホシノも良く知る人物。

シロコ・テラー。

現れた彼女は、ただホシノを見つめている。

呆然とするホシノ。脳裏に様々な思いが巡り

「…それ、今もできるんだ」

口を突いて出たのは、そんな問いだった。

「今の私に、A.R.O.N,Aのサポートはない。いける場所は限られてる」

だけど。そうシロコは前置きし

「ここになら、何時だって来れる。当たり前でしょう?」

「…そうだね」

しばしの沈黙が、その場を支配する。

やがてそれを破ったのは、ホシノの方だった。

「…それで、何しに来たの?」

「…分からない?」

「…うん。だから———ッ!?」

その瞬間ホシノの眼に映ったのは、拳を自分に向かって振り抜くシロコだった

「グッ…」

反射的に頭は腕で守った。だが

次の瞬間、がら空きになった腹をシロコの脚が踏み付けた

「かっ、はっ、………」

勢いよくホシノの体が床に叩きつけられ、たまらず息を吐き出した。

「ねぇ、聞かせて」

「私が生かされたのは、こんな醜態を見せられるためだったの?」

「…ッ」

辛くも立ち上がろうとするホシノ。

それを押さえつけるかのように、シロコは脚の力を強めた。

「ガッッ…!?」

「答えて」

シロコに踏み付けられたホシノは、息も絶え絶え。しかし。

「キ…」

荒い息を吐き出しながらも、ホシノはシロコを確かと見つめる。

「キミにだけは…言われたくない…」

「………」

シロコは暫し目を瞑り、その言葉を受け止めた。

「…そうだね…」

目を開いたシロコもまたホシノを見つめ、再び問う。

「それでも、私は言うよ」

「”私”や皆が目指したアビドスは、こんなものだったの?」

「薬の為なら学校も友達も捨てる中毒者の群れが、貴女の言うアビドスなの?」

「ここがアビドスなら、何で皆はここにいないの?」

「………」

言葉は帰らず、静寂がしばしその場を支配する。

しかし

「…分かってるよ」

ホシノは俯きながらも

「………分かってるんだよ…」

弱弱しく、呟くようにそう答えた。

「…なら、まだいいかな」

不意に、ホシノの腹から脚がどけられる。

「え…?」

驚いてシロコを見たホシノの視界に映ったのは、微笑んでホシノに手を差し伸べるシロコだった。

「…なんで、蹴ったのさ」

ホシノはシロコの手を取った。

「分からない?」

「…分かってるよ」

「ん、ならいい」

満足そうに言うと、シロコはホシノを引き上げた。

「最後に、これだけは言っておく」

「…何?」

引き上げたホシノを見つめ、シロコは告げる。

「貴女は貴女の背負うべき責任を履き違えているし、その履き違えた責任すら満足に果たしていない」

「…」

「最初に貴女が拾い上げて巻き込んだのは、誰?」

「…分かってるよ」

「ん」

返事を聞いて、シロコはホシノに背を向けた。

「…これは警告、忘れないで。もし履き違えたままなら。もし堕ちたなら」

「———私が貴女を連れていく———」

そう告げて、彼女はその場から消え去った。



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