都市伝説と戦争
貴方は聞いた?電ノコ男のうわさ。悪魔を殺して回る悪魔なの。
「ねぇ、電ノコ男って知ってる?」
「テレビに出てたやつ?」
「そうそれ。私の友達が見たって」
「マジで?何回目?」
「2回目だって」
「あ〜、ならまだ大丈夫か…」
「何が大丈夫なん?」
会話している生徒達の中に、新しい顔が入っていく。
「4回会ったら、4本腕でソイツを食っちゃうんだって!」
生徒達は屈託なく笑い合う。まもなく担任教師がやってきた為、噂話は打ち切られた。担任は生徒達の前に、教室の新しい仲間を紹介する。
「ボクの名前はコケピーだコケ!みんなと友達になりたいコケよー!」
「皆には3か月後にコケピーを殺して食べてもらう!先生はな!皆に命の大切さを知って欲しいんだ!」
担任教師の発表に、コケピーが絶叫した。その日から、鶏の悪魔が三鷹アサの教室に出入りするようになった。興味津々の生徒達に囲まれているコケピーが座っているのが自分の机と気付くと、アサは音を立てて戸を閉めて、教室を出ていった。
様々な生徒がアサの目についた。談笑する男子達。
(横に並んで歩くな。抜かせないでしょ)
トイレで喋っている女子達。
(トイレを溜まり場にするな。邪魔)
いちゃついているカップル。
(死ね!)
屋上。一人でパンを食べるアサに委員長が声をかける。屋上から見下ろすアサから見ると、この街は腐っているとしか思えない。ほとんどの建物が違法建築で、市長をやっているのは飲酒運転で捕まったやつ。さらに電ノコ男なる都市伝説を話題に、学生達が盛り上がっている。
「教室では鶏の悪魔が飼われてる……」
「コケピーの事は我慢してあげなよ。100日後には死んでるんだからさ」
「電ノコ男もコケピーも早く死なないかな…」
コケピーはすっかりクラスに受け入れられてしまった。挙手したコケピーが問題に答えられないでいると教室は笑いに包まれた。コケピーの発言やリアクションを温かく見守るクラスの輪の中に、アサだけは入らない。
そして3か月経ち、コケピーが死ぬ日がやってきたのだがアサにとってアクシデントが起きた。アサ以外の生徒がコケピーを殺す事に反対したのである。担任教師はこの展開を期待していたらしく、コケピーはクラスの一員としてアサと同じ教室で生活することになった。
大はしゃぎの担任は数学の授業をやめて生徒達をサッカーに誘うがアサだけは混ざらない。
「皆に混ざらないのか?」
「…はい」
「…友達作った方が高校生活は楽しいぞ?」
「勉強しに学校きてるので」
周囲に壁を作るアサに、クラスは優しかった。コケピーですら彼女に歩み寄ってくれる。
コケピーに名前を呼ばれた事で、周囲を見下していた自分が、青春を謳歌できている彼らを羨ましく思っていた事を自覚する。
しかし、アサがクラスメイトの輪に入る事はなかった。サッカーに混ざろうとした彼女は転倒して、抱きかかえていたコケピーを潰してしまったのだ。悲しみが広がるその中心にいたアサは、クラスに自分の居場所が無くなったことを理解した。
「あ〜〜、ア〜〜っ、死ィイイイィイイイ…!」
そしてアサの居場所は学校だけでなく、現世からも失われようとしていた。委員長が提案した墓参りに、担任も含めた3人で向かっている途中、怒りを露わにした委員長が襲いかかってきたのだ。
「田中先生ね!私とセックスしてるのに三鷹ちゃん好きなの知ってた!?」
正義の悪魔と契約した委員長は、アサに足をかけて転ばせた事を自白。アサだけでなく、コケピーすら嘲笑する委員長に殺される寸前、アサの心は穏やかだった。
(なんだ。私のせいでコケピー死んだんじゃなかったんだ)
クラスの委員長が、隅で不貞腐れているアサを羨ましがったように、みんな誰かに嫉妬しているのだろう。もっと早くわかっていたら、もっと上手く生きられたのに。友達だって彼氏だって作れたかもしれない。
(もうちょっとだけ、自分勝手に生きてみればよかった)
「生きたいなら体を貰うぞ」
アサの後悔に応えるものがあった。
「なんだテメぇだぁ〜!?我が名は戦争の悪魔!腕鳴らしに殺されてくれ!」
アサの身体を乗っ取った悪魔は、正義の契約者へ自らの名を高らかに告げる。田中の脊髄から作った剣を振るい、委員長の手から生み出した手榴弾を生み出す。怒涛の攻撃によって委員長と担任教師を殺害した戦争の悪魔は、何処かへ潜むチェンソーマンへの戦意を燃やす。
「待ってろ、チェンソーマン…!核兵器を吐き出させてやる…!」