都市伝説と戦争
下校時間、開かれた正門から授業を終えた生徒達が吐き出され、街に消えていく。部活動がある者は残って、これから練習に励むのだ。
「今日ボウリング行かない?」
「え〜…どうしよ」
友達と遊びに行く者もいれば、真っ直ぐ家に帰る者、学習塾やスポーツクラブに通う者もいた。
「ウチのクラスのモエっているじゃん?陸上部の…」
「いる…昨日から休んでるよね」
2人連れの女子高生がのんびりと歩きながら雑談している。
「サチのお姉ちゃん、病院で働いててさ〜、サチのお姉ちゃんがいる病院に入院してるんだって…」
「え〜、マジで?聞いてないんだけど」
「それでさ〜、モエ、顔に大怪我してたらしくて…口がこう、耳まで裂けてたんだって…」
「うわ……そういえば隣のクラスにもいなかったっけ…」
「ワニに噛まれたってやつ?あれ、結局なんにも出なかった事ない?」
彼女達の住む街は殆どの建物が違法建築で、市長は飲酒運転で捕まった人物。そして時折、怪しげな噂話が人々の間で囁かれる。
そんな街の一角に、三船フミコは足を運んでいた。彼女は最近、公安所属のデビルハンターになった女性である。今彼女がいるのは、ある悪魔の被害報告が集中している区域であり、彼女もバディと共にここで目標の捜索を行う。
「未来の悪魔さ〜ん…」
フミコはバディに聞こえない程度の声量で呟いた。呼びかけた悪魔は応える気配すら見せない。
『オマエの未来をこの目で見たくなったから』
右目に住まわせる、という望外に安い対価でフミコは未来の悪魔と契約した。未来が見える力をもってすれば、目標と会う未来を予知できると思ったのだが、力を使わせるかどうかは、未来の悪魔の機嫌次第らしい。
『オマエはこれから魔と混沌の嵐の中を歩いていく!その中心にいるのは、チェンソーマン!』
フミコはチェンソーマンに会わねばならない。未来の悪魔の予言が的中する事を期待して、彼女は今日も厳しい任務に就いている。
「私…キレイ?」
周囲を捜索中、フミコ達は唐突に声をかけられる。女の声が発せられた方向に身体を向けると、黒い髪にロングコート、そして目元より下を隠す大きなマスクを身につけた長身の人物がフミコを見ていた。
(口裂け女…)
昭和の頃に流行った都市伝説である。恐怖を招くとして政府は火消しに動いたが、完全に忘却させるには至らなかった。韓国にも同様の都市伝説が存在するそうだ。さらに数年前に起きた連続殺傷事件の容疑者の風貌をきっかけに、再び注目が集まってしまった。
「ポマード!ポマード!ポマード!」
「…!先輩!」
フミコはバディである先輩デビルハンター、久保田の死を予知。口裂け女の首を狙った横薙ぎを、タックルで久保田の姿勢を崩させて回避。
「効かないか…」
「駄目ですよ〜、久保田先輩。逃げられたら、お給料減らされちゃいますよ〜」
「わかっているが、分析は必要だろう。どう思う?」
「見た目通りでいいんじゃないすっかあ?」
長身の女は横薙ぎを外すと、2人にゆっくりと向き直る。
「私、キレイ?」
「はい、お綺麗です」
「…これでも?」
ロングコートの人物は顔のマスクをとった。素顔を見た2人は現れた怪人を「口裂け女の悪魔」と断定。伝承には幾つか対処法が語られているが、それは使えない。フミコ達は悪魔を駆除する為にこの場にいる。
俊敏な身のこなしに加え、浮遊能力も備える口裂け女相手に近接戦闘は避けたい。久保田は契約している狐の悪魔を呼び出すが、口裂け女は現れた巨大な足を蹴って跳躍、フミコを間合いに捉えた。
未来が見えるといっても、それに反応できるかはわからない。
(結構呆気なかったな)
口裂け女は鎌を器用に振り回し、フミコの頭部を両断する。ぬてりと食い込んできた刃は熱いと錯覚するほどの存在感を、フミコに刻み込む。身体から力が抜け、生から解放される寸前、フミコは高所から彼女を見下ろしている鳥のようなものと目が合った。
「生きたいなら、体を貰うぞ」
誰…?それだけ思考して、フミコの意識は深淵に落ちた。
「三船!」
久保田は思わず絶叫した。3年先輩のデビルハンターとして任務を共にし、先日やっと2人で飲みに行くことができた。こんなに早く殉職してしまうなんて。
(切り換えろ!)
フミコの殉職は無念だが、後を追う気は久保田には無い。対処法を試して逃げようとした矢先、口裂け女がフミコが倒れている辺りに視線を注いでいる。
「三船…?」
フミコが起き上がっていた。困惑する久保田だったが、この状況に彼は既知の感覚を抱く。既知感がその輪郭をはっきりさせるより早く、フミコは久保田に触れた。
「久保田脊髄剣」
頭頂部から柄が突き出し、久保田の脊髄が彼の悲鳴と共に刀身へと形を変える。ならば身体は鞘といった所か。口裂け女に誰何されたフミコは名乗りを上げる。
「我が名は戦争の悪魔!腕鳴らしに殺されてくれ!」