都会だって田舎だって
デンジはレゼに誘われるがまま、夜の学校に足を踏み入れた。テレビで見た時はとても賑やかな印象だったが、人の気配がまるでない今の校舎は昼の印象を知っている分、余計に寒々しく感じられた。
「少し怖いから、手繋いでいい?」
連れ立って教室に入ると、レゼが黒板の前に立った。自然、デンジは生徒用机に座る流れになる。
「ではこの問題解ける人!」
「はいハイハイ!2!2!」
デンジは計算が得意だった。レゼが続けて黒板に英語を書くが、これはわからない。
「正解はデカケツです!」
「ばーか!」
デンジは座っている机から教室内を眺めた。昼間、生徒達が思い思いに過ごしている様子を想像するが、はっきりとした像は描けない。
「あのさー、デンジ君ってさ、本当に小学校も行かなかったの?」
「あー、うん」
レゼには身体を乗っ取ったデンジについて話したことがある。彼女には話しておきたかった。ヤクザの借金を返す為に、非正規ながら一緒にデビルハンターをやっていたこと。同じものを食べ、同じところで眠り、ある朝動かなくなってしまった事。そして交わした約束。
「それってさ…なんか…なんか…ダメじゃない?」
「それはー、俺もわかってるよ」
「前のデンジ君もだけどさ、今のデンジ君も普通の生き方をするために生きてるんだよね?…なら、おかしい」
レゼの話が腑に落ちない。デンジの眉間に刻まれるシワが深くなっていく。
「だったら受験勉強したり、部活頑張ったり、友達と遊びに行ったりしないと…それなのにデンジ君は悪魔を殺したり殺されそうになったり…」
今いる公安っていう場所は本当にいい場所なの?レゼに尋ねられたデンジは過去を思い返し、いい場所だと答えた。1日3回食事ができる、布団で眠れる。
「それって日本人として最低限の…当たり前の事だよ?」
「当たり前って言われてもよぉ〜、俺達はその下で生きてたんだぜ。だいたい俺、人間じゃないし」
デンジは視線を落とす。視界の端に映る腸のマフラー。彼が異類の生き物であると看破するのは難しくない。
「それより、もっと色々見たいよ。案内してくれるんだろ?」
「え?うん」
デンジはささくれた気分を変えるように勢いよく立ち上がり、レゼの手を引いた。せっかく学校に来たのだから、教室で座っているだけでは時間がもったいない。
「止みませんねえ」
音楽室、美術室と見て回り、理科室を出た頃になっても、雨はまだ降っていた。
「デンジ君はさ、田舎のネズミと都会のネズミ、どっちがいい?」
「…なにそれ?」
イソップ寓話の一つ、とレゼは降り止まない雨を眺めながら言った。田舎のネズミは安全に暮らせるが、おいしい食事はできない。都会のネズミはおいしい食事をできるけど人や猫に殺される危険が高い。
「俺、どっちでもいいけど。ひとりは嫌だな」
「答えになってないよ」
「あぁ、悪い…けど、う〜ん」
「田舎のネズミの方がい〜よ。平和が一番ですよ〜」
同じものを見て、同じものを食べて、同じところを歩いてくれる。そんな誰かが1人いれば。危険だって、食事がまずくったってデンジは満足だ。
「俺ぁ都会のネズミがいーな。出会いが多そうだ」
「最低だな、キミは」
「寂しがりなんだよ」
「じゃあ明日さ、近くでお祭りあるから一緒に行かない?きっと楽しいしおいしいよ」
レゼと一緒に向かった縁日は楽しかった。提灯の灯りは優しく、露店では様々な催し物、食べ物を楽しむことができた。一通り巡ると2人は、カフェのマスターに教えてもらったと言うマル秘スポットにやってきた。
「いろいろ考えたんだけどさ、やっぱり今のデンジ君の状況おかしいよ」
「やりたくもない悪魔との殺し合いを、魔人だからって国がやらせるなんて…」
レゼはそう言うとデンジの手を握り、「私と一緒に逃げない?」と誘ってきた。
「遠くに…逃げるって…どこに?」
「知り合いに頼めば絶対に公安から見つからない場所があるの。そこだったら…すぐは無理でもいつか学校に行けるよ」
レゼは熱っぽい表情で語る。しかし、デンジは彼女の話に対して、二の足を踏む。レゼにそこまでしてもらう謂れがない。
「だって私…デンジ君が好きだから」
デンジは唖然として目を丸くした。何も言えないでいると、レゼが尋ねてきた。
「なんでそんなに悩んでいるの?デンジ君は私の事嫌い?」
「そうじゃねえけどさ、最近は監視がなくても遠くへ行けるようになったんだ。周りとの距離感も掴めてきたし…だんだん楽しくなってんだ。ここで仕事続けながらレゼと…会うのじゃ駄目なの?」
「そっか、わかった」
デンジが恐る恐る尋ねると、レゼは悲しげに顔を伏せた。彼女はおもむろにデンジに口づけし…その舌を噛み切った。反射的にデンジは後方へ跳躍し、レゼの振るうナイフから逃れる。間断なくレゼは刺突からの薙ぎ払いを繰り出す。
遠くから聞こえる花火玉の発射音を、エンジン音が切り裂いた。
「ダッシュ!…おぉ、チェンソー様!!ヤヴァヤバいですヤバい!あいつ、ボムです!」
「おぉ、わかってるよ」
突如地面から飛び出してきたビームは、デンジの変身が完了しているのを確認すると抱えていたチェンソーマンを降ろして傍に立った。レゼは首のピンを引く。頭部と腕が吹き飛び、レゼは自由落下爆弾に顎をつけたような頭部と金属質の腕を持つ怪人と化した。

レゼとデンジの決着は一瞬でついた。デンジは爆発と共に踏み込んだ彼女をチェーンソーで迎え撃ち、その身体を斬り捨てる。レゼが沈黙した事を確認すると、デンジは分かたれた彼女の体を並べ、己の血液を与える。
「信じられない…どうして私を蘇らせたの…?」
「話がしたかったからなあ…。俺は…レゼと友達になりてえ」
目を覚ましたレゼへ、傍らで様子を見ていたデンジが言う。花火はもう終わっている。
「私はなりたくない。友達って…前のデンジ君と重ねてるだけでしょ」
「ま、流石にバレるか」
「今、私に殺されても同じこと言える?」
「俺は死なねえよ」
「もしかして…私がまだキミを本気で好きだと思ってるの?」
レゼはデンジを見下した態度で、会ってからの表情や頬の赤らめは全て訓練で身につけたものだと語った。
「友達に…ならねえの?」
「ならないって言ったつもりなんだけど。私は失敗した…戦力評価が甘過ぎた。じゃあ…私は逃げるから」
「なら、契約だけ済ませてってくれ」
立ち去ろうとしたレゼが面食らった表情で振り返った。
「お前は俺の血で生き返ったんだぜ〜?消える前に借りは精算しろよな」
「…勝手な事言わないでよ。何 要求する気か知らないけど」
「俺はさ、お前に始めて会った時…ちょっと悲しかったけど、嬉しかったんだ。"デンジ"もひょっとしたら、こんな風に生きられたんじゃないかってな」
しかしレゼと話すうち、何度か寂しそうに見えた。ひょっとしたら…学校が楽しくないのかもしれない。だから自分が友達になろうとしたのだ。
「友達になりたくないってんなら、しょうがねえ。契約だけだ。レゼが呼んだら1回だけ、会いにいく。だから明日からは、今日までより前向きに生きろよ」
デンジはビームと共にマル秘スポットから去っていった。ビームはレゼに宿ったボムの匂いを気にしているのか、何度も振り返っていたが、やがてその姿も見えなくなった。
(会うだけなら、きっと大丈夫だよね)
レゼには堂々とした態度を見せたデンジは、内心不安だった。チェンソーマンは助けを求めた悪魔を、加害者諸共殺してしまう。しかし、今のデンジは悪魔ではなく魔人だ。それでも不安だったから、会うまでを契約とした。