邂逅Ⅲ.Ⅴ:夢は終わらない(Chapter.Ⅲ)
名無しの気ぶり🦊
「うおおおおおおッ!!」
「────はっ、はっ、へぇ〜ッ…しゃあっ! どうだ、完璧なスタートだったろぉ⁉︎ 飛彩ちゃん?」
「ああ、これなら問題ないだろう」
「どんなもんよ!これでジャパンカップはいただきだぜっ」
「まったく、油断は大敵ですわよ?」
「おお、あんがとなマックちゃん!」
珍しくゴルシがずっと練習に打ち込んでいるゴルシ
またこちらも珍しくマックイーンがゴルシをひどいめに遭わせていない。
いつも意図せず、本当に意図せずマックイーンがゴルシを痛い目に合わせていたと考えると甲斐甲斐しい場面ではある。
恐らくジャパンカップに向けた追い込みなのだろうが。
「だああああああああああああッッ!!!!」
「これでラストだ、行けキター!」
「頑張ってキタちゃん!」
「っだあああああーーーッ!!」
「おお!! キタちゃん、最後の最後で今日一のタイムだよっ!!」
「いい感じに仕上がってきたなキタ、有馬が楽しみだ」
「! やったあッ!!」
「はいキタちゃん、どうぞ!」
「ありがとうございますっ!」
「おお、お前も練習終わりか?」
「はい、でももう一本行ってきます!」
「「うぇ⁉︎」」
「キタちゃ〜ん、ボトルー!」
「うおおおおおおおおおおーーーーー!!!!」
そしてそんなゴルシはキタサンの奮闘に目を奪われる事に。
ちなみに彼女は知らないことではあるが、ドゥラメンテに囚われていたダービー敗北後のキタサンに今のゴルシは似ている。
彼女がドゥラメンテに動揺し、練習に身が入らなかったように、彼女に意識を削がれたゴルシが集中を乱してしまうとは皮肉なもの。
「…まだ走れンのか、アイツ……!?」
「伸び盛りだからね、正直羨ましいよ」(タイシン)
またキタサンはこれで最後かと思いきや、まだまだわき目も降らずに走っていく。
元来そういう性格だったが最近は封じられていた練習魔の側面が復活したようである。つまり調子がかつてのそれにどんどん戻ってきているということ。
どうやら伸び悩み、克服に励んでいるらしいゴルシと対照的で眩しさと物悲しさが漂っていた。
そしてさらに季節は流れ2020年12月
『今年も残すところあと1か月となりました!』
『皆さん、クリスマスプレゼントはもう決まりましたか?』
「こいつでっ、ハイライトだな!」
「よいしょっ!」
「助かったぜ英寿さんにキタちゃんっ」
英寿とキタサンはというと商店街でちょっとした人助けの最中だった。
「気にしないでくれ、人間助け合いも大切だ」
「はい、これぐらいぜーんぜん!」
「そうだ。キタちゃんに投票したからな有馬記念!」
「! そ、そうなんですか⁉︎」
「良かったな、キタ」
「はい、えへへ♪」
渦高く積まれたバナナ箱のタワーを見れば分かるが、大半をキタサンが積み上げている
軽トラを引いて爆走していたこともそうだが
人間より身体的に優れた都合上、人間が持てない物を朝飯前で持てる生物である、ウマ娘は。
横目に見ていて英寿は改めてそう感じているのだった。
「私もだよ〜。はいこれ! 2人とも応援してるから頑張ってね♪」
「豪勢な差し入れだ…ありがとう女将さん」
「わぁ、ありがとうございますっ!」
「ん?」「…あっ」
そして八百屋の女将さんからもらった差し入れのニンジン十数本が新聞で包まれていたのだが
が、その一面にゴルシ敗退が載っているのが2人の目に留まる。
内容は
ゴールドシップ10着 大まくり不発
しかもジャパンカップで、というようなものでつまりあれほど意気込んだジャパンカップで惨敗してしまったということになる。
(シュヴァルちゃんも目指してるあのジャパンカップ、テイオーさんが踏破したあのジャパンカップ、その今年のもので大敗…)
(ゴルシのやつ、思い詰めてなきゃいいが)


それを察してか、英寿とキタサンはどこか神妙な面持ちになったのであった。
「…」
そして同じ頃ゴルシは、自室でURAからの手紙の封を切っていたのだった。
ちなみに部屋は同室の誰かはいる気配はなく雀聖などゲームポスターばかり、ある意味多才だがこの状況だと寂しさを感じさせるものばかりだった。
翌朝 ゴールドシップの記者会見
「ほら、キタちゃん起きて〜」
「ふわぁ〜むにゃむにゃ…お布団が恋しい…」
「今朝はキタちゃんの大好きなニンジンご飯とバナナステーキ、牛乳とは別にオロナミンCも付くんだって♪」
どうやらキタサンはニンジンもそうだがバナナやオロナミンCも好物なようである。
絶好調カクテルを美味しそうに味わっていたのもそういうことなのかもしれない。
「ほんと⁉︎ よぉし、今日も一杯食べて一杯練習しよーっ!!」
「…あれ? ゴルシさん?」
が、食堂はそんなキタサンの雰囲気と裏腹にざわ…、ざわざわ……と不穏な空気である。
まるで時間停止のようで、みな一様にテレビにくぎ付け。
『本日はお集まりいただき感謝する』
『この会見はあたしのある決断を発表する為に無理言って開かせてもらった』
『────私、ゴールドシップは有馬記念を以ってドリームトロフィーリーグに移籍します』
「ええ!?」

画面に映ったのは珍しく真剣そのもの、記者会見を開いているゴルシであった。
事実上の引退宣言である。
『ドリームトロフィーリーグに移籍すればトゥインクルシリーズではもう走れなくなりますが!?』
キタサンの動揺をよそに淡々と告げられていく。
ドリームトロフィーリーグとは、野球でいう引退リーグに近いものである。つまり同じく野球に照らせば位置付け上は昇格に等しいもの。
ある種の名球会とも言えるのやも。
「────あたしのトゥインクルシリーズは有馬記念がラストランだ!」
『『『『おお~~……』』』』

「ラスト…、ラン…!?」
キタサンが驚くのも無理はなく。
ゴルシのトゥインクル・シリーズからの引退。それはいわゆる青天の霹靂、降ってわいた大先輩の引退劇、本当にあまりに意外な展開で。
言葉なく、その場は呆然としていたのだった。
「ゴルシさん、あの…、本当なんですか? ラストランって……」
「ニュースは見たぜ。…思い切ったな、ゴルシ」

「…おう」
「…」
「皐月賞に菊花賞、初めて出た有馬記念でも皆捩じ伏せてやった」
あの後どうしても気になったキタサンは1人ゴルシの元へ、すると同じくニュースを見ていたのか英寿が一足先に来ていたのだった。
ゴルシ本人はというと大樹のウロに腰かけており、もう叫んだあとにも見てとれた。
いつも自由で、ここに限らずゴルシが叫ぶ姿はあまり想像のつかない。ゆえに今の彼女はキタサンから見ても当然珍しく思えた。
「…皐月賞に菊花賞、初めて出た有馬記念でも皆ねじ伏せてやった!」
「最後尾からぐーっと上がって、まとめてぶっちぎる!」
「それが、あたしのレースだった」
そう、本当にアスリートとして強いウマ娘なのである。
脚質こそ違えど終盤に強いという意味では、第一話曰くキタサンの得意とする局面と同じ。
しかしそれが出来なくなった、新聞にもあったように。
実のところ幼い頃からレースだけは思うままに行った試しがないと本人が英寿に言っていたことがあるのだが、だからとてこんな形の思うままならなさはただただ悔しい以外の何物でもないだろう。
「──なのに、いつ頃からか捲りきれなくなってきた」
「感情をうまく抑えられなくなってきたし……」
「それはいつもの事だろ」
「いや、今さらじゃないです?」
そう語りながらかつてに思いを馳せるゴルシの中の本人は、まさに「周囲が知るゴルシ」そのものな自由っぷりだった。
だからこそゴルシはこうだとも言えるのかもしれないが。
ちなみに夢の中でもジョーダンはゴルシに蹴られまくっているのがなんとも哀れ。
英寿とキタサンからすれば何今さらなことを言っているんだとなったが。
「ゲートを出るのも下手になった」
「色々と集中できなくなっちまった……」
((麻雀で)どれを切ればいいんだ……)
「なるほどな」
(その極致が宝塚の失敗、だからこいつは気にしていたのか…)
(ただそれでも頑張って克服しようとしたが今年のジャパンカップ敗戦が悪い意味で追い風になり、いい区切りだとばかりに引退を決意してしまった…そんなところか)
「いやトレーナーさん、たぶんそれも前からだ「あァ⁉︎」うひぃッ⁉︎」
「…まあ、そういうこった」
「後悔は…無さそうだな」
「だから、だから…ラストランなんですか?」
またキタサンに突っ込まれつつ今の自分が引退を決めた理由をゴルシは端的に語り終えた。
本当にいろいろ突っ込みどころはあるが、自由奔放に見えてその実確かな物悲しさに溢れた数分だった。
「2人ともシケたっつうかしんみりした顔してんじゃねーよっ、あたしの夢はまだ終わってねえ!」
「前々回の有馬はオルフォーヴルに、前回はジェンティルドンナに持ってかれたからな?」
「今年の有馬はあたしがとって、GⅠ七勝、有終の美って奴だ!!」

実はゴルシは3年前に一度有馬にて勝利しているのだが、続く二回は彼女が語った2人に敗れている。ちなみにジェンティルドンナのほうは彼女の同期である。なお二人は引退済み。
「…前から思っていたが、覇者でありチャレンジャーなんだなお前は」
「へっ、止せやい♪」
「ゴルシさん…!!」
「お、泣いてくれるのか?」
「…ゴルシさんのラストラン! あたしとトレーナーさんが勝っちゃうせいで、有終の美飾れなくなっちゃうぅ〜!!」
「ぷっ⁉︎ い、言うようになったなキタサン!」
「!? てめえら!! ふざけんなーっ!」
「おっと危ない」
「⁉︎ なぁうぐにゅにゅふがぐぐぐげ(以下略)⁉︎」
「んむぐぐぐ…「観念しろ、そこの転生トレーナーに似やがったのか生意気な後輩めえ!」ぐぐ?」
「あたしのラストラン、手ぇ抜くんじゃねえぞこの伸び盛りィ!!」
「ん?」
(今ゴルシのやつがとんでもないことを口走ったような…気のせいか)

キタサンのこの畜生じみたクソ度胸は彼女が思ったことはわりとすぐ口にする素直な性格、またダービー→菊花賞終了までのあれこれな積み重ねでがっつり立ち直ったおかげもあろうが、生来煽り好きな英寿に指導され憧れる中で多少なりとも似てきたというのが1番可能性があるだろう。
そして、かくて互いに手を抜かず、チーム世界スター所属メンバー同士の全力対決と相成った。
あんなことを言いあって恨みっこなしとは気風がよく、二人らしい関係性である。
「あっ…ふふっ♪ ゴルシさんこそゲート、出遅れないでくださいね!!」
「あたしのハイライトに間に合わなくなっちゃわないように!」
「似たもの同士ってわけじゃないがサプライズムーヴに期待してるよ」
「…! 任しとけ!と言いつつ、キタサ〜ン? さっきからおバカなことを口走っちゃうのはこのお口かな~? うりうり〜」
(…あんがとな、英寿、キタサン)
「「…」」

そして、それはもう可愛がった。数分程度だが
そして見守るテイオーとマックイーン、共にキタサンとゴルシに肩入れする者同士
思えば、今年の有馬記念はこの二人の間接対決みたいなものでもあるのかもしれない
有馬前日 キタサンとダイヤの自室
「それでは!ダイヤちゃんの二勝目にぃ…
「「かんぱぁい!!」」
今回は絶好調カクテルではなく、なまはげビールを飲んでいた。流石に寮では自室で食材を加工したり調理することはできないので仕方ない。
また自室の写真にはダイヤちゃんのデビュー戦の一枚も加わった様子。
それにしてもパジャマが浴衣とは、今すぐ祭りに行けそうな格好である。
「ぷはぁ♪ …今日の勝利が、明日のキタちゃんの勝利に繋がれば嬉しいな♪」
「なるなる! すっごい勇気と元気を…ンクッンクッぷはぁ、もらったもん!」
「いよいよだね…」
「うん、いよいよ有馬記念…」
「! キタちゃん?」
「トゥインクル・シリーズ引退…ラストランって、どんな気持ちなんだろう……」
「……分からない。でも、今は解らなくていいと思う」
「えっ…?」
「だって、今そこまでは分からない私たちは、だからこそ目の前のレースを全力で走るしかないんだからっ!」
「ダイヤちゃん…」
「浮世トレーナーと一緒にゴルシさんに引導渡すんでしょっ? 頑張ってね!」
「うん…絶対勝つよ!」
皐月賞前も、メイクデビューでもその後もダイヤは揺ぎなく前向き、たびたび揺らぐキタサンと対照的である
幼馴染だから、ということを除けば魂の姉妹や相棒とでもいうのか、英寿とはまた別な意味で生まれながらキタサンを励ます為の意識的なものでも無自覚に持っているのかもしれない
「英寿…今の気持ちは?」
「デザイアグランプリの新シーズンという新しい始まりがあれば、今回みたいなお別れもやってくる」
「まあ寂しくなるなってとこだ」
「…ゴルシちゃんへの花向けだけど、頑張んなよ」
「ああ、まあ明日頑張るのはキタサンだがな」
