邂逅Ⅴ→Ⅵ:あたしだけの輝き(Chapter.Ⅲ)
名無しの気ぶり🦊「山道ダッシュ4本、巨大タイヤ引きダッシュ10本、インターバル走1000mを10本、瓦割り100枚、崖登り10本……!?」
「今回の合宿の目標は」
「僕たちが組んだこのメニューを2021年天皇賞春までに三時間以内でこなせるようになってもらうことです」
「3時間か…」
「できるものなんですか…?」
「でも僕の計算によれば理論上不可能ではありません」
「よって、出来ます」
「…!!」
できるのか疑問な2人に独自理論で倫太郎が太鼓判を押す。過程がだいぶ省かれているがこういう時はこの勢いが頼もしい
(トレーニングと同じかと思ってたけど…地面がガタガタ!)
(傾斜も一定じゃないし走りにくい! 脚への負荷が全然違う!)
「ッ…うおおおおおお!!」
山道は足への負荷が大きい
傾斜、舗装されてないので路面も一定じゃない悪魔の二重殺である
怪我しないかヒヤヒヤしますわ
「くっ、んぐうぐッ⁉︎」
「んうっうっ…!」
(重心落として力込めないと、全然進まない!?)
「全身の筋肉をしっかり使ってください!」
「はっはい!」
だからこそ全身のトレーニングになると
進むことさえ難しい。
「ハッハッハッハッ!」
「キタさん、フォームが崩れていますよ!」
「はいッ!」
インターバル走とは緩急を交互に繰り返すもの
速いダッシュ(急速)、ゆっくり流すレスト(休憩)を交互に繰り返し負荷をかける運動である
今回唯一のまともに走る練習だが、これも充分にキツい
「押忍ッ! やああッ!」
「意識が乱れています!」
「おっ押忍ッ!」
「⁉︎ んうゆゆにゅにゃあ…!」
次は瓦割りだが
意外というか一発目はキタサンは普通にに割った。
が、二発目は上手く行かず。
「次に掴む場所は…あっち? いやでもこっちのほうが、いやそれより…」
「ってうわあああぁッ⁉︎」
「集中力を切らさずルートを探す! 状況判断を素早く!!」
「迷っていれば貴方が怪我をしますよ!」
「⁉︎ はっ、はいッ!」
最後は断崖絶壁に近い地形のロッククライミング。
最適なルートの選択
登る為の手がかりを足掛かりを、"短時間で見極める"事が役立つということかもしれない。
しかし見極めないとすぐ崩れる
すでにキタサンは一度落下してしまった。
なかなかにというか今回最難関ではなかろうか?
そして初回のタイムは
「んふうっ、ふうっ…タイムはっ⁉︎」
「…六時間だ」
「! んうう…ッ!」
「計算通りですね。まだ一月あります。それまでには必ず3時間に」
「はいッ! はあっはあっ…」
グゥゥ
「あっ…」
「ひとまず食事にしましょうか」
時間はまだまだなもののかくてキタサンは初回をやり遂げた
というか結果は倫太郎とブルボン的には想定通りらしい。
なんなら結局、キタサンはほぼツッコミなしでやり遂げてしまった。
この目標に対して一度覚悟を決めたら、どんな難易度だろうが迷いなく熟せるのがキタサンの長所の一つ
英寿はそう改めて感じたのだった。
「ご飯できたよ~♪ さぁ召し上がれっ」
「皆疲れたろうから特盛だ!」
「いただきますっ!」
飛羽真が購入していた土釜を持ち込み炊き上げた米を、ライスが例によって爆盛りする
この量を飯盒でと思われるかもしれないがこれはウマ娘のブートキャンプにおいては適正量である。
「おかわり、たくさんあるからね!」
「たくさん炭水化物、弾いては澱粉を摂取しておいてください!」
「ありがとうございまふ、美味しいぃ〜♪」
美味しそうに食している
ちなみにおかずは缶詰、一人一缶のみ
自衛隊もかくやなメニューだが今回はご飯のほうが主食みたいなものなので実は問題なかったりする
付き合って同じ量の飯をかっくらうトレーナーさん何者でしょうか
「食事の後は温泉に入って疲れをとってください」
「温泉!? ひゃっはあ(やったあ)♪」
元々戦前に軍部が有していたものを湯治用に改良したものなので特殊な形状な風呂となっている。
決してメタい事情が絡んでいるとかでは断じてない。
「はあっ、ふぁ、ふぁああァ〜…! 生き返るぅ〜♪」
「ッ、いっててっ! こんなに疲れたの初めてか」も……」
今までと比べれば理不尽なレベルのトレーニングだったものの
思えば日常的に人間目線なら無茶苦茶な特訓量を熟すウマ娘、中でも頑丈なキタサンは人一倍
朝も走って夜も走っていた。
(あいつを心身共に追い込むならこれくらい必要だったのかもしれん)
「──でも、乗り越えられたらきっと強くなれる! よぉし…、明日も頑張るぞっ」
「早く寝ろよ〜」
「あっはいっ⁉︎」
かくて夜は一人一つのテントで睡眠
校舎やベッドではない。
キタサンはダイヤから託されたブローチを見て安眠を貪っていた
離れていても心は一つということである。
なおトレーナー陣はテント外で寝袋生活
機能・使いやすさを目指した最新製なので実はあまり問題なかったりする。
そこから数日
キタサンは三時間以内を目指して
着実にタイムを縮めつつ数日間特訓
入浴は途中から直立不動になっていった。
(…ダイヤちゃん、あたし頑張ってるよ!)
虚空ではなくダイヤに思いを馳せた、この自らの心境のように澄み切った夜空をどこかで見ていることを信じながら。
対照的なキタサンとダイヤ
同じ星の下 特訓中のダイヤ
「────やあああああああああああッ!!」
「うん、慣れてきたねダイヤちゃん!」
「目標タイム、安定して到達するようになりましたね!」
「ありがとうございます!」
その頃ダイヤもまた、こちらは景和とカペラのトレーナーと一緒にトレーニングを敢行していた。
「体重もベストをキープ」
「体調も万全」
「「仕上がりは上々(です)!」」
「はい、後は勝つだけですっ」
(……キタちゃん、勝ってくるからね…!!)
(…ダイヤちゃん、順調すぎるほどに上手く行ってるよね。自分で言っといてなんだけど)
(皐月賞では何もありませんよう…!)
そう、ダイヤのトレーニングは恐ろしいほどに順風満帆だった。
まるで本番でハプニングが待ち構えているかのように
そしてそんなことは無いようにと景和は胸中で祈りを捧げるのだった。
(なんか…、身体が重い…?)
「うわっ⁉︎ いててて…」
「…キタ?」
(まさかな…)
しかし数日後、それまでの自分やってダイヤに対して、キタサンは調子を落とし始めたのだった。
「意識が乱れています、呼吸を整えて!」
「押忍…ッ⁉︎」
(つううう…⁉︎)
瓦割りでは何度も手の皮が裂けそうになり。
代わりにしっぽは爆裂四散である。
「んくっ、次はこっちで…ええとぉってうわあああああ⁉︎」
「……」
(ダメか…)
クライミングでは何度も反応や判断が遅れ、
と絶不調だった。
「それじゃあ、おやすみなさい…」
「んあっ、ああ…。ゆっくり休めよ」
「…このままで大丈夫なのか」
「というと?」
「ここ数日、タイムはほとんど縮んでないし、疲労も相まってモチベーションはどんどん低下してるように見えてな……」
「…俺はあまりこういうことは他人にも当人にも言わないんだが、正直心配だ…」
「英寿…」
疲れた様子でキタサンは床に入っていったが、英寿としてはその後ろ姿が酷く萎れたように見えてしまい思わず飛羽真に胸の内を晒すのだった。
(ただ伸び悩んでいる以上、一応タイムは縮んでではいる)
(平均速度が猛烈に伸びてるということだろうか)
「ここからです」
「ん?」
「ここを乗り越える事こそが、マスターと私によるトレーニングの本当の目的」
「これは元々僕が、復帰後のブルボンさんの為に考えていたものでした……」
「お前が?」
「ええ」
どうやら今回のトレーニングは倫太郎が本来ブルボンに課すためのものとして組んでいたようだ。
「"拮抗した勝負を決するのは精神力"」
「"極限状態でも勝利を掴もうと、あがき続ける強い意志"」
「これはレースに限らず勝負事であれば須く通じる持論だと僕は考えています」
「要は極限の負けず嫌いさか…キタの根底にあるやつだな」
「そうですね。彼女はああ見えて凄く勝つという意思は強そうですから」
「そしてマスターの言うそれを手に出来るかどうかは、ここからのキタさんにかかっています」
精神は肉体を越えられる
大事なのは意志
春の天皇賞当時、ライスが意図せず全く同じことを言ったのでブルボンは驚いていたが今回はそれの再現というか、キタサンを精神的な極限状態に置くこと自体が狙いだったのか
そりゃ一見すれば理不尽に見えるトレーニングばかりなわけである。
「私は、マスターの願いに応えることができませんでした…」
「ブルボンさん…」
「──だからこそ私と似ている彼女には、これを乗り越えてほしい……」
「キタさんの頑強さに優れたバ体はブルボンさんに似ているものがあるというのが僕たちが英寿くんの依頼を引き受けた最たる理由ですからね」
「ふふ。ちなみにブルボンさん、現役時代の君はむしろ僕の予想を軽々と超えていってくれていましたよ」
「マスター…ありがとうございます」
かつてブルボンは三冠を逃し敗北。
脚部不安から、そのまま再起できていない。
だからこのメニューは、使われないままお蔵入りしていた。だからこそ理論上と言ったわけである。
期待は、応えられなかった当人が一番辛い。
「…ありがとう、2人とも」
「礼なら彼女が天皇賞春に勝ったときに改めて言ってください、僕たちはあくまで助力」
「私やマスターのサポートが正しく機能するかどうかはこのトレーニングもそうですが、本番にやはり掛かっていますので」
「そうか…」
(自分で作った人脈だが、案外馬鹿にできないもんだ。長生きの冥利かね)
(というかもう深夜か…ん?)
我知らず先輩の想いも託されたキタサン
大筋としてテイオーが、菊花賞ではネイチャが20有馬ではゴルシから、そして今回はブルボンから。皆に託されて伸びていく。
そしてそんな2人を見て思わず礼を言う英寿だったが、同時にどうやらそれとは別の何かを思いだしてもいた。
「ブレイズ、ブルボン」
「「何でしょう?」」
「ぴったりだな…今日って2021皐月賞当日だよな?」
「「はい、そうですが」」
「やっぱりな…サンキュー」
(じゃあたぶんキタのやつが明け方には…ゴン助の出番だな)
今日は皐月賞当日だが、どうやらそれに関してキタサンが起こすだろう行動やそれに対する対策を思いついたらしい。
「…もうダメかも」
「…ってえ⁉︎ っダメダメ、こんな弱気じゃダメ!」
(ダイヤちゃんだったらきっとすぐにこなせちゃうんだろうな……)
「…あれ? もしかして明日って!!」
他方、キタサン当人は絶不調と羨望していた。
自身より圧倒的に速かったダイヤを思いだして卑屈にもなり。
が、それがヒントになったのか何やら思いついたようだ。
「よいしょっ…わぁっ♪」
「キタさんキタさん! パン焼けた…、よ?」
「ってええええええッ⁉︎」
「お兄さま、ブルボンさん!」
「どうしたの?」
「⁉︎ どうしましたか、ライス?」
「この二つの書き置きがキタさんのテントにぃ…」
ライスが朝はパン派というのは置いておいて、キタサンと英寿が何やらとんでもない行動を起こしたらしい。
『元気を貰ってきます』
『キタがこうなると昨晩踏んだんで、早起きして付き合うことにした』
「「ええッ⁉︎」」
「と、とりあえず連絡です!」
つまり皐月賞に向けて旅立ったということだが、知った側からすれば困惑するしかなく。
とりあえず倫太郎は2人に電話を掛けるのだった。
「あっ新堂トレーナー!」
「今無事なんですね⁉︎」「なぜこうなったかの事実説明を効率良くお願いします」
「わ、分かりましたから2人同時に喋らないでくださいぃ〜…」
「あたし、昔から悩んだ時はよくダイヤちゃんに相談してたんです。だから一方的ですけど、今回もあの子の走りから今のあたしを変えられる何かを得られるかもしれないって…」
やはりキタサンはダイヤの走りに何かしらヒントを得たいと願って今回こんな行動に出たようだ。
「トレーニング放り出して申し訳ないと思ってます。…けど、どうしても見たいんです!」
「凄まじい熱源反応を計測…貴方の言い分は分かりました」
「ではマスター」
その熱意は受け取ったのか、ではトレーナーはどうなんだと英寿にも白羽の矢が立つ。
「はい、英寿くんの訳を次は聞かせてもらえますか?」
「走らせてる状況だからあたしが繋げますね、トレーナーさん!」
(若干大声)
「こいつのことだから、たぶんこの停滞した状況をブレイクスルーするためにダイヤモンドの走りに智慧や勇気を求めるだろうってのは想像に容易かった」
「ただ少し悩んだが…付き合ってやるかってなったのさ。考えるよりまずやってみる、分からない答えを探すより挑戦してみるってのがうちの担当の行動原理だからな」
「よ、横で言われると照れますね…」
そう、昨晩の時点でキタサンがこうした行動に出るだろうと踏みゴン助を用意してキタサンが起きてくるのを待ち構えていたのである。
「…分かりました、が…やっぱり君たちだけというのは心配です!今からでも変身して追いかけたほうがいいのでは!」
ただ倫太郎としてはやはり心配になってしまう。とりわけ無断で外出されたならなおのこと。
「まあ待ちなって倫太郎。英寿、君はキタちゃんが凄く大切なんだな」
「…柄じゃないとは思うけどな。バッファがクラウンをなんだかんだで目に入れても痛くないぐらい可愛がってるのと似た理屈だ」
「ああ確かに。彼、凄くクラウンちゃんに甘々なところはあるし」
「倫太郎もブルボンちゃんにはそうだろ? 俺だってライスのことは凄く大切だし」
「うっ、それを言いますか飛羽真…」
と、ここで先程から話を聞くことに徹していた飛羽真が援護射撃を出してくれる。的確なそれで倫太郎の不安を解きほぐす。
「……分かりました! ただし英寿くん、キタさん。必ず無事に何かを学んで帰ってきてください」
「君たちの悩みもよく分かりますから」
「新堂トレーナー(ブレイズ)…」
「恩に切ります(切る)!」
「じゃあ改めてよろしくお願いね、ゴン助ちゃん!」
「キューン!」
飼い主ではないが、面倒見がいい彼女に応えるようにブーストライカーに化けたゴン助も強く嘶いたのだった。
トレーニング先であるいわき市を出発し、しばらくの距離にいる現在。中山レース場まで180キロ、ここからなら約100キロある道のりを法定速度ギリギリな速さでブッ飛ばしていくのだろう