邂逅

邂逅


その日もいつも通り無差別催眠で遊ぶつもりだった。

だが今日は、CRの力を借りず催眠を解いてみせた奴がいた。聖都では見ない顔だが、仕立てのいいスーツを着た紳士だ。紳士は今にも倒れそうだが、いつの間にか手の中にあったUSBメモリを俺に突きつける。妙なフォントで『B』と記されたメモリは、よく見ればコンピュータ用とは微妙に異なる形状のコネクタだった。

「あの程度の侵入で私を操れると思うなよ……若造がァ……!」

興味を持った俺は、そいつに「お茶でもしよう」と持ちかけた。



移動したのは個室完備のカフェ。男はメニューを一瞥してブラックコーヒーを注文する。

「それ奢るから俺の質問に答えろ。どうやって催眠を解いた?」

「若者はせっかちでいけない。コーヒーが届くまで待ちたまえ」

「……じゃあ、名前は?」

「イヴァン・ドゥ」

どう考えても偽名だがそこはどうでもいい。俺は「檀生鏡太郎だ、よろしく」とこれまた偽名を告げた。そこにコーヒーが届く。一口飲んで、イヴァンとやらは俺を見つめた。赤い瞳が不気味に輝く。

「掛かったときの感覚で、君の催眠は大脳皮質……言語野へ作用するものだと推測した」

「感覚って……」

脳に感染したウイルスを生身で察知するなんて人間業じゃない。

するとイヴァンの指が俺の額に触れる。

「私は君よりも深いところへ触れられる」

瞬間、俺の中から何かを引き摺り出されるような悪寒が襲った。慌てて防御プログラムを作動させるが、男の手にはまたも『B』と書かれたUSBメモリ。銀色のコネクタをペロリと舐める。

「……ふん、不味いね。上等なフルコースを全部ミキサーに入れて混ぜたようだ」

「はあ?」

無愛想に返事をしながらも私は嫌な感じがしていた。

俺をつくるものが欠けている。

あのUSBメモリに、俺の一部が入っているという直感だ。

「感情だよ、感情。医学的に言うなら大脳辺縁系? そこへ接続して感情を抽出するのが私の力だ。その過程で異物を取り除いただけさ」

言葉で納得がいった。常に私を苛む多くの絶望、改竄される前の退廃的で真っ暗な思い出が、イヴァンに触れられてからわずかに薄くなっている。忘れたのではなく一時的に遠ざけられているだけだが、おそらく彼は俺を構成する複数の感情や願いを奪ったのだ。

「話は済んだかい。私も暇じゃあないんだ」

 いつの間にかコーヒーを飲み干したイヴァンが立ち上がる。イヴァンの足元はふらついているが、隠すように壁へもたれた。

「待て、イヴァン・ドゥ」

「……ああ私の名前か。まだ用事が? 支払いは君がもってくれるんだろ?」

「用事がある。謝罪だ。俺はお前に謝らなきゃならない」

俺は素早くゲームエリアを展開した。洒落たカフェがだだっ広い山へ変わる。

「あそこのコーヒーは正直美味くないだろ?」

「さあね。」

「アレが最後の晩餐になっちまうのを、心から謝罪するよ!」

こいつの力は平和な世界に必要ない。矯正しなければ。

踏み出した足は、突如現れた絨毯で思い切り滑った。


『お父さんどこにいるの? 私がホットケーキ焼くから帰ってきてって言ったじゃない』


急な電話でゲームエリアが解除されたようだ。紗衣子の連絡を逃さないための設定が今回は仇となった。

『面白そうな実験体も道端で見つけたの。不思議なUSBメモリを持ってて。だから早く帰ってきて。おやつ食べたら実験よ!』

「わかった、すぐ戻るよ。……USBメモリ?」

『ええ。コネクタがどの規格にも合わないの。お父さんなら内部に直接アクセスできないかしら』

「……そのメモリ、もしかしてアルファベットが書かれていないか?」

『確認するわ。それ貸して……ちょっと暴れないでよ。ええと、アルファベットのUかな』

俺は電話を保留にしてイヴァンを見た。

「『U』だって⁉︎ 間違いない、私はその子を探しにこんな街まで来たんだヨ! 君の娘さんが保護してくれてたんだネ。是非ともこちらへ──」

瞬間移動でカフェから出る。支払いを済ませていなかったが別にいいだろう。食い逃げで捕まろうと知ったこっちゃない。

あいつには二度と会いたくないなあと珍しく思った。


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