選定
糸の切れた人形よろしく崩れ落ちる。
たかだか一度の真名解放でここまで消耗するサーヴァントは、後にも先にも自分くらいだろう。
「だっ…大丈夫なのバーサーカー!?」
「えぇ…この程度、どうと言う事もありません」
駆け寄る主に虚勢で取り繕った声で応じる。虚勢で、とは言ったが半分事実であり、主の潤沢な魔力量によるものか、それとも別の要因によるものか、とにかく自身の魔力が徐々に回復していくのを感じる。
「それなら、良いけど…ほら、手を貸すわ。立てる?」
そう言って主は手を差し出す。主に手を差し伸べられる騎士がいるかと自嘲しながらもしかと握り、立ち上がる。
「…じゃ、取り敢えず帰りましょっか。本当…お疲れ様、バーサーカー」
満面の笑みで労う主の言葉に頷いて──────こちらへと向けられる殺意に察知するのが遅れてしまった。
風に吹かれた紙のように、身体が容易く吹き飛ぶ。木々を薙ぎ倒しながら、自らの身体が吹き飛ばされた事実を遅ればせながら認識する。
「貴方、は…なんで、ここに…」
「よぉ、アーチャーのマスター…いや、アイツは拾ったか同盟組んでる奴のサーヴァントか?まぁンな事ぁどうでも良い」
立ち上がりながら、その存在を睨みつける。
二振りの剣。自分と同時代、同地域に造られたと思わしき鎧。そして、隠し切れず漏れ出ている濃密な怒気。
「あんなド派手な宝具見せられたら気になって見に行くのが人情ってんだろ?なぁ、テメェ………」
剣を構える。最早疲労を忘れる程に、精神が戦場のそれへと置き換わっていた。
「テメェ…なんでその剣握ってんだ?」
怒気とともに漏れ出る言葉。木々の揺れが先程よりも激しさを増しているのは、おそらく気のせいではあるまい。
「『俺が』知りてぇんだよ……その剣から放たれていた光は一体なんだ?今のはどんな宝具だ?あの剣を持ってるって事ぁ、まさかテメェは……」
少しずつ距離を詰めながら喋り続けるその男に答えを返すように、剣を構える。
「……答えねぇなら…」
…来る。右か、左か。
「その口叩き割るッ!」
否、真中、蹴りの一撃。
先刻の天使の突進とは比較にならぬ、真に電光石火の槍が如き一閃。
その一撃を、辛うじて剣の腹で受け止める。しかし相手は狂気の武人。右足を蹴り込んだままに、身体はくるりと回転し、右の剣が首を撥ねんと迫る。
「く……っ!」
堪らず後方に飛び退く。狂喜を露わにしたその顔は、自身の攻撃が避けられた事実に歪む事はない。
「その剣を握ってんだ、この程度でくたばる訳ねぇよなぁ!?」
呼吸を整えながら、今一度剣を構える。次は打ち返すと睨みつければ、向こうも静かに此方を睨みつける。 互いの得物が構えられ─────動くのは同時。
されど一足、先に自身へと向けられた刃が閃き。正確無比の連撃に防御は無意味。されど攻勢へ至るも不能。
例え一度回避し得たとて、二撃、三撃の剣戟が命の灯火を掻き消さんと追随す。
「どうしたどうしたどうしたどうしたァ!?その剣握んならどんな強者かと期待したが、どうやらテメェにその剣を握る資格は───」
勝てない。
その肉体も、技も、剣戟に響く殺意さえもが、そう物語っていた。
純粋な実力差を、言葉以外の全てを以て理解させられる。
それでも尚、斃れる事はできなかった。
自分如きはこの剣に相応しくないのだ、と、誰よりも自分が理解していた。
なればこそ、自分が斃れる訳にはいかない。
自分が敗ければ、それこそかの王にも、彼女にも申し訳が立たぬ。
双剣乱舞の隙を見出し繰り出した渾身の一撃は容易く避けられ、返しの蹴りを浴びせられる。
「──────ねぇようだなァ!」
再び身体が空を舞い、地面を数度跳ねて止まり、立ち上がる。一連の動作を決定づけられた機械のように、ただ剣を構える。
「…くだらん」
男の表情は分からず、されどその感情は誰にでも理解できるように出力された。
「宝具を撃たせてやる。それで俺を殺しきれ。さもなきゃテメェを殺す」
生殺与奪は彼にあり。ならば、自分はソレに従おう。今ここで全霊を以て、眼前の強者を打ち破る以外に覆す道はないのだから…!
剣を握る手に力を籠め、全ての魔力を剣へと送り込む。最早勝ち負けなど関係ない。ただこの一瞬のみ、剣を扱える者でさえあれば良いと───
「貴方に捧げる(エクス)──────ッ」
魔力の奔流を前にして、男は何をするでもなく佇んでいた。何か策があるのか、それとも罠か。
その思考を捨て去り、ただ一撃を彼奴に見舞う事のみへと思考を切り替える。
「──────勝利の剣(カリバー)ァァッ!!」
迷いなく剣を振り上げて、闇の極光が放たれる。凡そ全てを灰燼に帰す絶技。
男はその闇に呑まれ、姿が消えて、そして。
「…破戒せし選定の剣(エクスブレイカー)」
闇に、歪みが産まれる。
その歪みは一筋の光へと変わり。
歪みから産まれた一筋の光は、闇を疾駆し、眩い軌跡と共に己の脳天を抉る。
兜は砕け、外気が頬と額に触れる。ヒートアップした脳は冷却され、天を仰ぐは己が地に伏しているからだ、と思考が巡るようになった。立つことはできない、戦えないと冴えた頭が教えてくれた。
剣は吹き飛び、元あったように大地へと突き刺さる。まるで、自分ではかの聖剣を使うに値せずと主張するように。