適性:追い込み 直線一気 〜仕掛ける〜

適性:追い込み 直線一気 〜仕掛ける〜

(彼のヒミツ①実は、彼はマイホーム購入を夢見て毎月積み立てている)



電子音のファンファーレが鳴って、機械的なアナウンスの後にパレードが始まった。

カラフルな光をまとったフロートが暗闇の中を幻想的に進んでいく。

キャラクターが手を振ったり、ダンスをしたり、電飾がついたり、消えたり、色を変えたり。

色彩豊かなフロートがわくわくする音楽と共に途切れることなくやってきては過ぎていく。


今はレジャーシートに二人で座って見てるけど、前に来たときは手を繋いでチュロスを食べながら見たっけ。

何度見ても素敵な光景だ。

初めて見たときは感動して泣いてしまった自分に驚いたくらい。

パレードの中盤、金色とオレンジと紫の、キラキラしたお花とランタンのフロートがお姫様を乗せて近づいてきたときだった。


「…ちゃん」


彼に名前を呼ばれて隣に顔を向けた瞬間、唇に柔らかい感触。


「……っ」


びっくりして目を見開いたまま固まってしまう。

ゆっくりと離れる彼の顔が見えた。


「ごめん。急に」


申し訳なさそうに謝る彼に、私は混乱と恥ずかしさですぐに返事ができなかった。

せっかくの綺麗なパレードが顔を上げたら目の前にあるのに、膝の上を見てしまう。

だけどバクバクとうるさい心臓が静かになるまで、こうして俯いているならその時間も惜しくはなかった。


「ううん。ありがとう。……してくれたんだね」


キス。

彼にだけ聞こえるように小声で、お願いごとを叶えてくれたお礼を言った。


「えっと、あのとき応えてあげられなかったっていうのもあるんだけど。その、今なら暗いし、皆パレード見てるし」


彼はしどろもどろになりながら伝えようとする。


「うん」

「あと……なんか、したくなったから」


私は俯いていた顔をバッとあげて隣にいる彼の顔を見た。

暗くて顔色は分からないけど口をへにゃりとさせて、多分照れている。


「そっか。したくなってくれたんだ」


私はなんて言おうか迷ったけど、オウム返しのような確認しか口にできなかった。

私も今は彼の顔を見つめているのは恥ずかしくて、代わりにパレードのきらめきに視線を移した。

そうすると、彼は優しく手を握ってくれる。


痛いくらい胸を叩いていた鼓動は、パレードが終わっても高鳴ったままだった。

賑やかな行列の最後の夢の光が遠ざかっていくのを見送った。

心が踊るような音楽も沿道を立ち去る人々のざわめきに変わり、私は今日の終わりを感じていた。




「今日、楽しかった?」


隣を歩いている彼が私の顔を覗き込む。

ぞろぞろと帰るためゲートを目指す人々の中で、私は微笑んだ。

少し寂しい顔をしたかもしれない。


「うん。楽しかったよ。ありがとう」

「そう。よかった。ぼくも楽しかったよ」


遊園地のエントランスの前にきたとき彼が立ち止まった。


「待って」


鞄を探りながらそう言って、何かを取り出す。

疑問に思っていると彼は私の手にそれを握らせた。

手のひらの中で何か細いものと小さくて平べったいような冷たい金属の感触がした。


「これ。プレゼント」


私はゆっくりと指を開く。

彼が私に握らせたのはストラップだった。

銀色のプレートが一枚ぶら下がっているシンプルなものだ。

プレートには遊園地のお城の絵が半分だけ書かれていて……。


「えっ。えっ。なんで」


なんで。どうして。あなたがこんなものを。


「お土産屋さんで合流したときに様子が少し違ったから、何か気になることがあるのかなって思って。買い忘れはないって言うからそのときはお店出ちゃったけど」


彼がもう一つのストラップを取り出し、私が持っているそれとぴったりくっつけた。

すると予想通りに遊園地のお城の絵が完成する。


「バラバラになって夜ご飯買いに行ったでしょ?気になって、ぼくがお菓子を買う間、きみが見てた方向に何があるかを確かめに行ったんだ。それでこれかなって」


彼が得意げに魔法の種明かしをする。

パレードから立て続けにこんなのは反則だ。胸が熱い。目を涙が覆ってくる。


「え、ごめん!これじゃなかった?」

「違う。そうだけど。これがいい。嬉しい」


涙声で言った私に彼が心底ほっとしたような顔をする。


「ああ、よかった」


頼んでないし何も言ってないのに私が欲しがってたものを探し当てて。

遠目からはシンプルで大人が持っていても恥ずかしくなくて、よく見ると絶対にペアだとわかるデザインで。

これも棚に一緒に並んでいたはずなのに私は見つけられなくて。

あなたが自分で買って、渡してくれて。あなたもこれをつけてくれるんだ。


「なんで、こんな完璧なプレゼントできるのっ」


もう訳が分からなくてなってしまって私が泣きながら怒ると彼はギョッとする。


「え、ええっ?ずっと彼氏やってるからかなぁ?」

「もぉっ、私はあなたが好きすぎて困ってるのに。こんなことされたら、私もっとあなたを好きになっちゃうじゃんっ」

「これ、ぼく褒められてるんだよね?」

「ありがとぉ……!」


感情がぐしゃぐしゃになりながらも感謝を伝える。


「うん。どういたしまして。そんなに喜んでくれて嬉しい」


彼は私の頭を撫でながら困ったように笑っている。

髪が乱れるのは……もう、帰るだけだからいいか。

私は大人しく彼の手が頭をなぞる心地を味わった。


「ごめんね。私ばっかりあなたのこと考えてると思ってた」

「そうなの?それは、ちょっと耳が痛いな」


普段、忙しくて私に構えない罪悪感があるのだろう。

彼は苦々しい顔をした。


「……ちゃんときみとの時間がとれるように頑張るよ。時間はかかるかもしれないけど、いつまでもこんな働き方じゃ駄目だよな」


そうだね。

私との時間がとれなくても、あなたがゆっくり休める時間はすぐにでも作ってほしい。

私がやきもちを焼くだけで済めばいいけど、そのうちあなたの寿命が縮みそう。


「ごめんね。めんどくさくて。今日はあなたからしてもらってばっかり」

「そんなことはないよ」


彼は再び帰り道を歩き始める。


「…ちゃんは、さ」


私より少し先を歩きながら彼は言葉を続けた。


「楽しいものや素敵なものを前にきらきらした目をしてるときが一番かわいいと思う。だから今日もかわいかった」


彼は振り返って私に謝った。


「それでキスしたくなっちゃった。パレード見てたのに邪魔してごめんね」


カアア…と顔に血が昇っていくのを自覚して、私はほっぺたを手で覆った。


「私、かわいい?」

「そうだよ」

「そっか……」


熱いままの頬にぺたぺたと手を触れ直して、まともに彼の顔を見られるようになるのを待った。


「あなたがパレード見ようって言ってくれたおかげだよ。ありがとう。綺麗だったよね」

「うん。綺麗だったね。ガラスの靴とかマスコットとか」


私は胸のあふれそうな温もりに水を差すその単語に顔を顰めた。


「もう。あのお伽話のフロートはガラスの靴のじゃなくて、かぼちゃの馬車と妖精だよ。さっき見たばっかりでしょ?」


一度は怖くて触れられなかった彼の勘違い。

今度はそれに真正面から触れてみた。

本当はパレードには興味がなかったと言われても怖くないと思った。


「……あー、ええと。ごめんなさい。実はあんまり見てなかったです」


彼は気まずそうな顔で白状する。


「やっぱり。まあ今日は私もずっとは見てなかったけど、前回見たときのことも忘れちゃった?」

「……いや、前回もあんまり、見てなくて」


ゴニョゴニョと呟き続ける彼に私はなるべく優しい声で叱った。


「わざわざフロートの特徴をあげなくてもいいのに。なんで知ったかぶりしたの?適当なんだから」

「いや、だって、こう……ちゃんと何があったか言った方が、見てたって思ってもらえるかなって。よく覚えてないなんて言ったら変でしょ」

「まあ変かもね。見てたはずなのに一個もちゃんと覚えてないのは」


歯切れが悪い彼を見て、もうこれくらいで許してあげようと思った。

考えてみれば今日だけでなく、学生時代だって、夜になったら疲れが出てもしょうがないんだ。

私はあの光の洪水にすごく感動して目がそらせなくなったけど、誰もがそうなる訳じゃない。

ぼーっと光を眺めているうちにパレードが終わってしまったりすることもあるだろう。

それに気がついたら気持ちが晴れ晴れとしてきた。


「でも、パレードに集中できなくなるほど遊び回ったってことでしょ」


私はにっこりと笑った。


「集中できなかったのはそうなんだけど。……うん、バレちゃったなら仕方ないか」


何かを決意した彼の様子に私は首を傾げた。


「パレードより、きみの顔を見てる方が楽しかったから」


そう言って照れ臭そうに笑う彼に私はぽかんとした。

そして今まで胸に刺さっていたものが杞憂だという実感が湧いてくるのと同時に、込み上げるものに堪えきれず吹き出した。


「えっ!?笑うとこ!?」

「ふ、ふふ……ごめ、なさ……!だって、そんな理由だと思わなくて」


私はおかしくって、彼が拗ねるまで止まらない笑いに苦労した。


「ふふ……あー、苦しい。くすっ……ばかみたい。私」


笑いすぎて出た涙を指で拭う。

不安になることなんてなかったんだ。


「私、すごく愛されてるんだね」

「……なんだよ」

「あ、ごめんってば。機嫌なおして」


悪いことをした。

長々と笑ったうえに調子に乗った発言をしてしまい反省する。

もう嬉しいことを教えてもらえなかったら困る。


「別に怒ってないよ。ただちょっと恥ずかしいだけ」


そっぽを向いてしまった彼氏の背中に向かって話しかける。


「ねえ、また来ようよ。次はちゃんと一緒にパレード見たいな。感動するんだから」

「……そうだね。いつ時間が作れるかは分からないけど必ず連れて来るから待ってて。今度はちゃんと元気を溜めておくから」


優しく返事をしてくれるけど彼は私に振り向かない。

どんな顔をしているんだろう。

私は彼の左手に指で触れた。


「来年でも再来年でも、もっと先でもいいよ。それで、今日みたいにお城の前で同じポーズで写真を撮ろう?なんなら間隔が空いてた方が見た目の変化が面白いかも」

「それはいいね」


彼はいつもの安心する笑顔を浮かべて、私の手をとった。


「ずっと一緒だね」

「うん。そうだね」


駅の改札の前まで行けば現実感が押し寄せてくることだろう。

あの駅は私が普段通勤に使う駅のホームとよく似ていて、今みたいな夜にホームに上がったら残業を終えて帰宅する瞬間を思い起こさせるかもしれない。

今日別れたら次はいつ会えるか分からないし、LANEでやりとりしようにも返信がなかなかこなくてやきもきする日常が待っている。


寂しいと思う。でも怖くはない。へっちゃらだ。

だって、ここに残ってるもんね。

私はポケット越しに彼からのプレゼントに触れた。彼からもらった特別な幸せを輪郭を指先に感じた。

今日は良い一日だった。


もうすぐ別れの時間が来て、繋いだ手を離さないといけない。

やっぱり名残惜しくはあるけど、きっと明日は彼からのプレゼントを見つめて笑ってるだろう。


ありがとう。大好き。

気持ちが伝わるように私がぎゅーっと手を握ると彼に強く握り返された。


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