適性:追い込み 直線一気 〜中盤、失速〜

適性:追い込み 直線一気 〜中盤、失速〜

(長文すぎてエラーが出てしまったので分割してます。ちゃんとハッピーエンドで終わります)


お城の前で写真を撮り、ビッグカミナリ山やら蒸気機関車やらはちみつ採りやらを楽しみ、シアターに入った。

遊園地のキャラクターがコンサートをするアトラクションだ。


上映が終わったときには私の隣で彼が寝ていた。

いつの間に寝ちゃったんだろう。

結構な音量で音楽が鳴っていた上に、演出でときどき風が起きたり水が飛んだり臭いが漂ったりもしていたのに、よく寝られたな。

それだけ日頃の疲れが溜まってるんだろう。

おつかれさま。

寝てもいいけどもうちょっと付き合ってね。


「起きて。終わったよ」


かわいい寝顔を見るともう少し寝かせてあげたくなってしまうが、ここはシアターの座席だ。

早く私たちが立たなくては退席する人の流れが詰まってしまう。

ゆさゆさと肩を揺するとすぐ飛び起きた彼の手を引っ張り、出るよと言った。

そして周りの人たちに謝ってシアターを出た。


「ごめんね。寝ちゃって」

「ううん。すぐ起きてくれたおかげであんまり迷惑かけてなかったはずだから」


彼が私に謝りたいのはそういうことではないのだろう。

申し訳なさそうにしているのがわかって、私は彼の手を引いた。


「次は何乗ろっか?ホラーで怖いやつ?速くて怖いやつ?高くて怖いやつ?」

「……じゃあゆっくりしたのにしようかな」


彼は私の提案に苦笑いして答えた。


「それ乗ったらおやつにチュロス食べて、お土産見ようね」


彼が元気だったら絶叫系を選ぶ筈なんだけど、今日はやっぱり疲れているみたい。

私はプランを練り直した。

一番近いチュロス売り場から一番大きいお土産ショップを目指して、来たルートを戻って行けば途中に観劇系のアトラクションが二つある。

あまり並ばないし、座って休める筈だ。


私は彼に無理をさせたいわけでも謝らせたいわけでもない。

特別な今日という日を二人が楽しかった思い出だけで埋めたい。

楽しい思い出だけ残っていれば行きたいところ全部に連れて行ってもらえなくても、ならまた行こうって、いつになるか分からない次の遊園地デートを楽しみに待てるでしょう?




「はい、どうぞ」

「ありがとう」


チュロスを二本買ってきてテラス席で待っていた彼に渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。

マスコットの形をしたチュロスの断面と笑顔をとらえてカメラをパシャリ。


「なんかごめん。気を遣わせてるよね」


彼は食べかけのチュロスを片手にしょんぼりとした。


「そんなことないよ。席とっててくれたでしょ」

「でも……」

「私がやりたいからやってるだけだよ。楽しいよ。すごく」


貴重なお休みをまるまる一日、私に使ってくれたのが嬉しい。

広い園内を歩き回って長い行列に並ぶ、疲れるのが分かりきってる遊園地にわざわざ誘ってくれるとは思ってもみなかった。

一緒にテレビ番組を見たときに口にした些細な一言を覚えてくれていて、それを叶えようとしてくれた。

そんな彼が隣にいてくれるのが本当に嬉しい。


「そっか」


彼はほっとしたように笑った。


「それに私たちももう大人だしね。テンションだけで一日はしゃぎ回れた学生とは違うんだから」

「あはは。そうだなぁ」


彼は私の言葉に同意するように笑った。


「よし。じゃあ今日は大人のペースで楽しもう」


チュロスを食べ終わると彼はそう宣言して立ち上がった。




その後に入ったシアターの二つともを彼は眠らずに最後まで見届けた。

ちょっと危ない瞬間もあったけど、彼はどうにか持ちこたえてくれた。

心配と申し訳なさよりも、彼が私と楽しもうと頑張っているという嬉しさが勝る。

私はその横顔を、視線だけでこっそり確認しては微笑んだ。


「うん。しばらく座ってたから回復した。今から乗り物三つくらい並べそう」

「流石にそこまで無理しないでいいよ」

「いや、本当だよ。こんなに歩きやすく……毎回思うけど、ここって地面柔らかいよね」

「なんか歩行のショックを吸収する特殊な加工がされてるらしいよ?」


私の豆知識に感心しながら足踏みしていた彼がそのときふと閃いた!という顔をした。

ずっと彼女をやっているからなんとなくわかる。

こういうときの彼はまた担当ウマ娘のトレーニングのことで頭が一杯になっているに違いなかった。


「さっ、次はお土産見ようね!」


私は彼の左腕に抱きついてそのまま引っ張っていくことにした。


「わ、ちょ、待って。自分で歩くって」


なんだか心が落ち着かなくて、疲れてる彼を気遣うことも忘れて私は大股で歩き出した。

何かに追いつかれてしまう胸騒ぎがしたのだ。それが何なのかはわからないけど。




ショップの前まで来たときだった。

彼のスマホが鳴って、私は嫌な予感がした。


「あ、ごめん。ちょっと待って」

「うん。わかった」


私は腕を解いて、彼の左腕から離れる。

スマホを確認した彼が少し困ったような顔をして私に言った。

多分、急用ではない。だったらもっと違う顔をしている筈。


「ごめんね。担当からだ。少し電話してくる。お土産見ててよ」

「うん。行ってらっしゃい」

「すぐ戻るから」


彼が通行の邪魔にならない場所に移動していくのを見て、私はため息をつきながらショップに入った。

家族や職場のことを考えながらお菓子の缶を見比べる。


「まあ、私だって今デートなのに仕事のこと思い出したけどさ」


独り言を呟いて、一人で笑う。

そっか。日常に捕まっちゃうのが怖かったんだ。

夢の中に二人でいたのに現実に引き戻されてしまった。

今日くらいは仕事を忘れて楽しんで欲しいのに。

激務の彼にやっととれた休みを一日まるごと潰してもらって、遊園地に誘ってもらって、疲れてるのに人混みの中をたくさん歩かせて。

なのにこんなちょっとのことも許せないなんて私は心が狭いんだろうな。


「大人にならなきゃな」


楽しそうな人たちに聞かれないように小さく呟いた。

彼が誠実な人だなんて初めて会ったときから分かってる。私は彼を信じたいし信じてるつもりだ。

私もウマ娘レースが好きだ。勝負には感動するし、ウマ娘のライブでは全力で盛り上がる。

彼がトレーナーとして身を削って頑張りたい気持ちもわかる。いつも一生懸命な彼が好きだ。

気持ちよく応援して、頑張ったねと拍手をしてあげたい。


でも、今日くらいは私のことだけ考えて欲しかったな。

遊園地で隣で寝ててもいいし、一緒に夕食を食べに行ったときにスマホを気にしていてもいい。既読スルーで二日遅れてLANEが返ってきても平気だ。

でも、それでも……今日だけは。


「浮かれてたから、きついな」


私はへらりと笑った。

クッキー。チョコ。チョコクランチ。おせんべい……。かわいいデザインのお菓子缶。

私は目の前のお菓子に集中して、時間をかけてお土産を選んだ。

ショップを出て彼を探すと、変わらない姿勢で電話をしている後ろ姿があった。

どれだけ話をしているんだろう。


「もうちょっと見てよう」


何もせずにじっと彼氏の電話が終わるまで待っているのは嫌だから私はショップに戻って商品を眺めた。

特に欲しいものはないんだけど、自分用に何か買おうか。

そう思って商品棚を見ていた私の目に、あるものが留まった。

ペアのストラップだ。

この遊園地のマスコットの男の子と女の子がお互いに手を伸ばしていて、二つ並べると二人の手でハートが完成するデザインになっている。


「こういうの懐かしいな」


学生時代は私たちも似たようなペアの物を持っていた。あれはペアが揃うと半分だったハートが一つになるもので、別々に持っているとハートが割れて失恋しちゃうと言いながらも二人でスマホにつけていた。


「あれはどこにやったっけ」


確か……ずっとつけていたから色が褪せて、塗装も剥がれかけて、実家の机の引き出しにしまったままだったと思う。

スマホから外したときにひどく落ち込んだのを覚えている。


「……欲しいな」


彼は私という恋人がいると担当の子には言っていないらしい。というより、私生活のことをほとんど話さないらしい。

年頃の女の子たちにとって先生の恋人なんて格好のネタだし、公私を混同したくないというのもあるのだろう。

でも……プライベートの私との時間に仕事を持ち込むなら、私が彼の仕事に割って入ってもよくない?

なんて、社会人失格なことを思ってしまう自分がいる。


このラブラブなカップルが選ぶようなストラップを彼のスマホにつけさせて、私の存在をアピールできたらどんなにいいだろうか。

それはとっても魅力的で効果的な方法に見えた。

どろり、と私の中にあった黒いものがこれを買って、無理矢理押しつけてしまえと囁く。

私はストラップに手を伸ばそうとして……。


「……そんな歳じゃないよね」


何年も付き合ってる社会人の恋人がこんなものをつけているのは流石におかしい。

あげても断られてしまうだろうし、つけてくれたとしてもお互い恥ずかしい思いをするだろう。

他に置かれているペアの商品を流し見ても、大人がつけるには恥ずかしいものや、一見ペアだと気づけないさりげないデザインのものばかりだった。

考えてみれば楽しい楽しい遊園地にこんな目印をつけてマウントとりたがる、私のような汚い大人に向けたニッチなものはないのだろう。


私はこのコーナーから離れて、店内をぐるりと一周することにした。

そしてぬいぐるみが並んだ棚の前に来たとき、彼に肩を叩かれた。


「ごめん。待たせたね」

「うん。おかえり。大丈夫だった?」

「ああ……うん、大丈夫」


大丈夫じゃなさそうな顔だ。


「何を買ったの?」

「チョコクランチとクッキーの缶」

「じゃあ僕も同じのを家族と担当に買っていこうかな」

「あれ、いつもは職場にお土産持って行かないよね」


彼が苦笑した。


「電話してたら音楽で遊園地に来てるってバレちゃってね……連れて行ってってねだられて、とりあえずお土産だけで我慢してもらった」

「そうなんだ」


お菓子の缶を持ってレジに向かう彼が来月は財布がピンチだなと呟いたのが聞こえた。

その言葉で来月、担当ウマ娘ともここに来るんだなと分かった。


トレーナーの彼とたった一人の担当ウマ娘。いつも一対一でつきっきり。

平日のトレーニングも休日の息抜きも、一緒にいないときだって育成や出走レースの計画で彼の頭の中にいる。

大人として学生に自腹を切らせたくないのは分かるけど仕事の交際費でピンチになるほど出すものなの?


……やっぱり、あのペアストラップを買っておけばよかった。

きっと担当のあの子と一緒なら本当に行きたいところを全部回らせてあげるんだろう。

私とだって、彼はお願いしたら無理してでも叶えてくれたけど。


あの子が乗りたかったアトラクションに乗れなかったら、また来ようと言ってリベンジのため遊園地に行くんだろう。

私よりも先に。


そして彼の遊園地での思い出が彼女のものになっていく。

そんなことを想像してしまったら、特別だと思っていた今日が急に色褪せていくような気がした。


「大丈夫?買い忘れはない?」

「うん。平気。あと一つどこか行ったら帰ろうか。もうすぐ日も落ちてくるし、明日から仕事だしね」


ショップを出たとき、私はそう言った。

帰りたいと思った。

今から二人でどこへ行ったとしても、ここにも来月に彼と担当のウマ娘と来るのかな?という考えがきっと頭から離れない。

私が楽しくないのに彼の時間と体力を消費させるのは無駄なことだと思った。


もうこれでいい。

だって今日、彼はたくさん歩いてくれて、たくさん笑ってくれた。

最後はちょっとケチがついたけど、私が楽しい一日だったと思えるうちに今日を終わらせてしまいたい。


「ええっ。夜ご飯は?パレードは?家に帰って一人で食べるの寂しくない?ガラスの靴のフロートまた見ようよ」


彼は驚いて聞き返す。

気を遣って言っているのだろうか。


この遊園地のパレードにそんなフロートはない。

同じ物語をモチーフにしたフロートはあるけど、それは妖精とかぼちゃの馬車だ。

前に二人でこの遊園地に来たときに一緒にパレードを見たのだけど、多分彼はあまり覚えてないのだろう。


寂しい。苦しい。

この場で泣いて縋りついて、今すぐあの子に電話してやっぱり遊園地には連れて行かないって断ってと言いたい。

私以外とここに来ないでと叫びたい。

この狂いそうな気持ちを顔にも声にも出さないためには、私は明るく振る舞うしかなかった。


「じゃあ、次のアトラクションに並びながらお夕飯なに食べるか決めよ!」

「うん!何に乗ろうか」

「じゃあねぇ」


私は歩き始めて間もなく、大通りの真ん中で足を止めた。

いたずら心というには少々暴力的なアイディアが浮かんだのだ。


「ねぇ、キスしてよ」


彼は顔を赤くした。


「えっ…はっ!?い、いや、ここ人がすごく多いし!十字路の真ん中でみんながこっちの方見てるし!」


だから言ってみたんだよ。今すぐ私のこの嵐を鎮めてよ。

遊園地に入るときと帰るとき、このガラス張りの屋根の下を二回は必ず通る。

来月、彼が担当とここを通るときに私のことを思い出せばいい。

この人の彼女は私なんだからこれは被害妄想なのだけど、私もあの子から、彼の何かを奪ってやりたかった。


「無理っ……恥ずかしいって!」


あわあわしている彼の腕をとって私は満面の笑みを浮かべた。


「えへへ……冗談だよ!行こっか!」


残念。失敗だ。まあ当然か。

でもこのお願いはそこそこインパクトあっただろうし、もしかしたら思い出してくれるかもしれない。これで我慢しておく。


「じゃあ、あっちの宇宙旅行とかどうかな?」


私たちは乗り物に乗ったあと、パレードを待ちながら夕食をとった。

レジャーシートを取り出した私に、彼は分かってたよという顔をして笑った。


「やっぱりパレードが見たかったんじゃないか」

「思ったより足が痛くなるのが早かったんだよ」


私は曖昧に笑った。

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