遣らずの雨と手

遣らずの雨と手


一人で書類を読んでいたドレークはふと背中に重みを感じて振り返った。ホーキンスが眠ってしまったようだ。ドレークがホーキンスを布団の上にに横たえさせ、さて帰るかと立ち上がろうとするとマントを引っ張られる感覚がした。その原因をさぐろうと目をむけるとホーキンスがマントを掴んだままであった。どうしようと悩んでいるドレークの耳にポツ…ポツ…という音と湿ったあの独特の匂いが鼻に運ばれてきた。窓を見ると雨が降り始めたようで下のほうでは慌てる町人の声が聞こえてきた。ドレークは傘を持って来ていなかった。それに加えて湯屋はもう行ってきた。わざわざ濡れ鼠になるようなマネはしたくなかったし何より、と隣で眠る男をちらりと見た。

最初にこの部屋に入って来たとき、ホーキンスが泣いていたことに驚愕した。あのホーキンスが!いつも冷静で動揺のどの字も見せないようなあのホーキンスが!それと同時にドレークは見とれていた。相変わらずの能面のような表情だったが、彫りの深い顔に筋の通った鼻。血のように赤く妖しくされど美しい瞳。そこから流れる涙。絵画や彫刻に残したいほどに美しくあった。ドレークはハッと我にかえりホーキンスに駆け寄った。

あのあと幾つか質問をして恐らく精神的なものであろうと見当をつけた。この男はマイペースで何を考えているかわかりづらいところもあるが真面目で責任感が強い所がある。真打ちに昇格してその称号に伴う新たな責任と多忙な仕事にストレスを抱えていることは何となく感じていた。もちろんそれだけではないことはこいつの百獣海賊団傘下入りの経緯を考えれば容易に想像がついた。生憎ドレークはハンカチを持っていなかったのでホーキンスの涙を拭ってやる術を持ち合わせていなかった。そこで思い付いたのは背中を貸してやるという方法だ。背中にはマントがあるから、涙はそこで受け止められる。

そう思いホーキンスに声をかけたが反応がない。ふとこういう場合は胸を貸してやるのが正しかったんだろうかと思い、再び提案した。が、やっと反応を示したかと思えば後ずさりされてしまった。ドン引きしたのだろうか。そうか、いくらハンカチを持ってないからと言ってこういうことをするのはやはり良くなかったか。いやもしかしたら私だから警戒されているのだろうか。そうに違いない。と自分の軽率な行動に急速に頭が冷えていく感覚がした。これ以上迷惑にならない内にと、立ち上がろうとするとホーキンスがマントを掴んだ。

驚いているうちにホーキンスが顔を埋めて、その反動で二人とも布団の上に腰を落とした。ようやく振り返ると彼は顔を私の背中にぴったりとくっつけていた。マントを両手でつかんだままのその様子に子供っぽさを感じて思わず小さな笑みがこぼれた。そのまま手持ち無沙汰の解消に持ってきた書類に目を通すことにした。明後日の任務について相談したかったのだ。明日はドレークが任務があるため今日のうちに相談したかったのだ。と、言ってはいるがさっきから書類の内容は一ミリも頭に入っていない。次から次へと滑って出て行ってしまう。原因はわかっている。後ろのこの男だ。

実はドレークはホーキンスに惚れていた。きっかけはわからないがシャボンディ諸島の時点では確実に好きになっていた。彫りの深い顔に筋の通った鼻。血のように赤く妖しくされど美しい瞳。艶のある絹のように細く滑らかな金髪。魔術師の名にふさわしいミステリアスな雰囲気。かと思えば海賊らしい荒っぽいところと綺麗に割れた腹筋。

ドレークは気付けば恋に落ちていた。

ホーキンスが鼻をすん、と鳴らしドレークは顔に熱が集まるのを感じた。湯屋に入ったから臭くはないはずだと自分に言い聞かせながら赤くなっているであろう顔とうるさすぎる鼓動がどうかばれないようにと願った。とっくに湯冷めしている体が熱い。こいつは海賊で私は海兵、許されない恋だ、結局は破滅が待っているだけだと、何度も言い聞かせる。


それでも、今日遅くまでこいつの帰りを待っていたのは。

湯屋に行ったのにわざわざ書類を持ってここに来たのは。

明後日には顔を合わせられるのに、たった数日の会えない日を心苦しくさみしく思ったのは。


ドレークはホーキンスにどうしようもなく恋をしている。


冒頭に戻る。

ぶるりと雨の寒さに身震いした。何とか掛け布団を手繰り寄せ自分たちにかける。ドレークも横になり指で目元をなぞった。とっくに乾いた涙の跡を優しくなぞりながらホーキンスの寝顔を観察した。生白い顔とふざけてんのか言いたくなる眉毛。瞼はしっかりと閉じられている。微かな寝息に伴い上下する体がこいつが眠っていることを証明していた。

ドレークは何となくこいつは天蓋付きのベッドが似合うだろうと想像した。ベッドの上で手を組み仰向けに寝ている姿を思い浮かべ余りにもしっくりしたため、また笑みをこぼした。眠り姫のように美しいのだろうなと。いや姫は失礼か。眠り王子だ。いいな王子様か。こいつの上品な雰囲気ならさぞ似合うことだろう。だってこんなに格好いいのだから狛鹿に乗っているときなど凄く様になっている。いいなこいつが王子様か。ならお姫様は……

と、ドレークはここまで妄想して我に帰った。呆れと自嘲の混ざった乾いた笑いがこぼれた。

さっきも言ったがこいつは海賊で私は海兵。決して相容れることはない。もし、仮に万が一両想いになったとしても私は絶対に使命を投げ出せはしない。最後に待っているのは破滅であり私はこいつを裏切ることとなる。

そんなことはしたくない。したくないんだ。と、再び言い聞かせる。

幸運なことはこいつは私を好きではないだろうといこと。じっとこちらを見ていたかと思えば、目を合わすと全力で逸らされる。先ほどのやり取りもそうだ。警戒されているのかもしれないとドレークはそれに少しの安堵と悲しみを覚えた。それでも仕事をすれば息が合うし、話も合う。同僚のブラックマリアとうるティからはお似合いだといわれ、嬉しいはずなのに複雑な気持ちになった。

ドレークは再びホーキンスを見た。相変わらず美しい彫刻のような顔だと思った。いつかこの百獣海賊団を裏切る日が来る。その時こいつはどうするのだろうか。私のことをどう思うのだろうか。きっと罵られるのだろうな。能面のようで意外と喜怒哀楽がうかがえるあの顔で、裏切り者めと。

いつか来る別れを想起しながらドレークはウトウトとし始めた。どうせ雨なのだから仕方がない。こいつが起きる前に布団から出ていけばいいだろう。だから今だけ、今だけはとドレークはもう一度、愛おし気に目元をなぞり自身も眠りの世界に旅立った。


ホーキンスの手がとっくに離れていることには気付かないふりをして。


まさか翌朝、奇怪な叫び声と破壊音に目を覚ませばホーキンスが天井に突き刺さっている光景を目にして自身が絹を裂くような叫び声をあげ半べそをかき任務に遅刻することになるとは思いもよらなかった。




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